百女鬼 柳來は堕ちたくない①

 ——オルフェウス冥路、最終階層・玉座の間。


 数十年前になんとなく創り、それ以来埃をかぶっていた玉座の間だが、この日——ようやく日の目を浴びることとなった。


 豪奢に彩られた骸の王座。見渡す限りの黄金色。楽器を振るい、音楽を奏でるスケルトン。それを指揮するのは、高位不死種アンデッドにして悪魔種デビル真祖アーキタイプ、七つの大罪の一柱を起源とした罪色欲之淫魔アスモデウス

 荘厳でいて激しい音楽に、終焉を告げるスケルトンのコーラス。

 もはや一種の呪い染みた音の羅列は、生者が聴けばそれだけで発狂しかねないだろう。



「ジュリアは多才ね。これも『転生者』たる力の一端かしら」

「どうだろうな。他にも色々と嗜んでいるみたいだし、実力的にも彼女を仲間にできたのは大きい」



 王座にふんぞりかえる俺の膝の上で、ルカヌスは首元に埋めていた顔を離した。

 現在は呪装——霊装が魔に転じたモノ——ではなく、鎖骨ラインから胸元までを大胆に露出させたベビードールを着飾っている。

 とても目のやり場に困る下着だ。つい数十分前まで、捕らえた聖騎士パラディンをつまみながらルカヌスと、日が落ちて昇るまで愛し合っていたというのに、俺の性槍がまたもや反応しかけている。



「いずれ、生前のジュリアが住んでいた地球とやらにも、エル様の名声を——エル様? ここ、どうして大きくしてるのかしら?」

「……おまえの魅力は飽きないな」

「んっ……ふふ。本当に、どれだけ抜いても際限なく湧き続けるんだから」



 ルカヌスの燃えるようなあか髪を撫でる。目を細め、気持ちよさそうに顔を綻ばしながら、ルカヌスはその箇所に触れた。



「この節操のないダメダメ棒に、おしきおきが必要ね」



 曲調が変わる。ゆったりと流れ奏でられる魔音。

 静かだが、その深奥には獣のような熱を孕ませたコーラスと旋律が玉座の間を満たす。



「全員、見ているぞ?」

「今さらよ。それに、そっちの方が気持ちいいでしょう?」



 視線だけを玉座の下に移す。

 そこには、不死種と化した聖騎士パラディン修道女シスター、未亡人、人妻、村娘といった女性たちが、男を欲情させる過激な服装でそこに立っていた。

 左右の壁際に一列と並び、チラチラと顔を赤くしながら、あるものはもの惜しげにこちらを見ている。

 その全員が、体の一箇所に数字を持っていた。



「たくさん気持ちよくしてあげる。もう、他の女じゃ抜けないくらいに」

 上唇を舐めるルカヌス。彼女の大きく開かれた胸元には、《1》の数字が描かれていた。

「それは……」

「それは困りますよん、殿下ぁ♡」



 艶かしく、けれどどこか飄々とした声音が響いた。

 カツ、カツと踵を鳴らして、開かれた道をその女は歩く。

 左眼に眼帯。ツーサイドアップに結われた絹のような金髪。童顔に似合わぬ、肉欲をそそらせる体にフィットした紫色のボンテージ。

 この場にいる全員の視線を受け止めた彼女は、玉座の下で膝を折る。



「カルラ・ローガン。あなた様の忠実なる奴隷が、今ここに帰ってきましたわん♡」

「早かったな」

「あなた様に抱かれるために、巻いてきましたわん♡」



 言って、カルラは左眼の眼帯を外した。紫色の瞳、その奥には《9》という文字。



「ふふ、あなた様の愛を賜る優先順位一桁代……♡ あなた様のやんちゃな暴れん棒を九番目に受け入れられると想像しただけで、もうこの雌穴はじゅぼじゅぼですぅ♡ ——ということで、殿下」

「なぁに?」



 ルカヌスとカルラの視線が交差する。



「次はあーしの番だと思うんですよー?」

「ふふ。序列一位の私は、いついかなる時であっても優先順位一位。つまり、いつでも抱かれる権利があるの」

「殿下ぁ? それだと数字を拳で取り合った意味がないと思いますがぁ?」

「文句があるなら奪い取ってみせなさい。きっと、陛下もそれを望んでおられるから」

「チッ……」



 かたや傲慢に、肉食獣のごとく蒸れた視線を突きつけ。

 かたや余裕綽々と、見せつけるように俺へ舌を這わせる。

 見えない火花が散っていた。

 非常に関わりたくない女同士の抗争に、さてどうしたものかと憂いたそのとき。



「——あ?」

「エル様?」

「あなた様?」



 急に発した俺の声に、不安気な表情をみせるルカヌスとカルラ。遠くの方で、ジュリアス・メアリィも様子をうかがっていた。

 別に、俺は彼女たちの喧嘩に腹を立たせたわけではない。



「迷宮の外で警備にあたっていたスケルトンが殺された」

「それは……」

「はっ——随分とまあ、行動が早いじゃないか」



 瞬間、迷宮全体が悲鳴を上げた。

 体が、いや魂が熱い。

 次いでのしかかる倦怠感は、まるで重力が数十倍にも膨れ上がったかのようで。



「こ、これ——は?」



 それは俺だけではなく、膝の上のルカヌスも苦しそうに息を吐いた。

 カルラも、ジュリアス・メアリィも、玉座にいる不死種全員が膝をついて、苦しさに喘いでいる。



「——第七位階大儀式白魔術『聖異界・救世主の巡礼、約束の地サン・サルヴァドーレ・シオン』」

「第、七位界……!?」



 魔術の最高峰。全魔術師が到達を目指す頂点であり、単身そこ至った者は誰一人としていない。

 神の御業、人間には到達不可能。

 そう言われ、存在しないものとして語られる幻の第七位界が、今……俺たちを襲っていた。



「教会の切り札の一つ。高位聖職者千人による大規模儀式だ。発動までに半日休むことなく詠唱を続け、溢れる膨大な魔力は人目につきやすい。発動すれば発狂ものだが、発動は困難を極め実戦では基本使えない……はずが、こうも簡単に発動されてしまうとは。

 この百年の間で、教会側も進歩したということか」

「我が君、関心なさっている場合ではありません」



 いつの間にかすぐそばまで来ていたジュリアス・メアリィ。

 彼女も例外ではなく、苦しそうに息を吐いている、のだが……なぜか、顔が赤い。

 それどころか、辛苦に吐く息はどこか湿っぽく、イジイジと股を擦り寄せている。



「まったく……辛そう、には見えないな」

「いえ、辛いです。が、なんだかこう、気持ちよくもなってきました」

「……そ、そうか」

「はい、我が君」



 やっぱり彼女は、ずば抜けて変態だ。



「我が君より賜ったオーケストラが全滅してしまいました。おそらく、他の低位の不死種も同様に滅されたかと」

「ああ。スケルトンやせっかく集めた屍食鬼グールは全滅だろうな。デュラハンあたりは生きてそうだが、この結界の中では使い物にならないだろう」



 不死種には大幅な能力低下デバフを、聖騎士には大幅な能力上昇バフを与える結界だ。並のモノでは耐えきれず消失し、耐えられてもまともに動けない。

 ジュリアス・メアリィのように高位の不死種でなくては、この状態を受けての戦闘は厳しい。



「仕方がない。迎撃は俺とジュリアで行くとしよう」

「はい、我が君」

「ま、待って。私も行けるわ」

「あーしも戦えるよ!」



 ルカヌスとカルラも同行を求めるが、俺は首を横に振った。



「いや、おまえたちはしばらく待機だ」

「そんな……エル様!」



 悲しそうに懇願するルカヌス。彼女の頬に手を添えて、俺は笑いかけた。



「そんな顔をするな。安心しろよ。おまえたちにはしっかり出番を用意してやる。だから、それまで待機だ。無駄に体力を消費せず、俺の命令に迅速で応えろ」

「……わかったわ」



 頷いたルカヌスと口付けを交わす。



「ぶー、ぶー」

「おまえもこっちに来い、カルラ」

「わぁい♡」



 カルラにも同様に口付けを交わしてから、俺は杖を地面にあてた。瞬間、足元より黄金色の何かが膨れ上がるように這い出した。

 それは、〝大きい〟などとちんけな言葉では言い表せないほどの巨大な、黄金のスケルトン。



黄金の巨大骨兵スケルトン・ゴールデン——研究の合間に、億を越えるスケルトンを配合して作った新種の魔物だ。体長は測ったことがないからわからないが、この迷宮よりもデカい」



 ジュリアス・メアリィを抱き寄せながら跳躍し、黄金の巨大骨兵スケルトン・ゴールデンの右肩に乗る。



「これは……なるほど。起き上がるだけで、わたくしたちは迷宮の外へ出られるのですね。まるでエレベーターのようです」

「転移してもいいが、それだと登場に味気がないだろ?」

「はい、さすがは我が君。しかし、よかったのですか? 迷宮が崩壊しておりますよ」

「……。…………まあ、俺の緑魔術は第五位界だから」

「さすがです。我が君」

「お、おう」



 そうこうしているうちに、黄金の巨大骨兵スケルトン・ゴールデンの頭蓋骨が地上にさらされた。



「あと数十秒もすれば、襲撃をかけてきた聖騎士の顔を拝めるぞ」

「はい。その前に、我が君」

「なんだ?」



 唇を窄めるように開けて、そこから触手のように舌を這い出すジュリアス・メアリィ。

 熱い吐息。下品な顔。両膝を折ったジュリアス・メアリィは、懇願するように言った。



「あの二人には接吻をして、わたくしには何もないのですか?」

「あ、え、いや……でも、それは流石に」

「大丈夫です。我が君は、我慢できない良い子ですから……♡ すぐにビュッビュしましょうね♡」



 俺の許可を得る前に、ジュリアス・メアリィはズボンのチャックを下ろした。

 

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