終わりの始まり

「……良かったの? あの女を逃して」

「ああ。あれはまた俺の前に現れる。自らの意志でな」



 場所は迷宮街最後の人類生存圏。城砦都市エノク。その城砦の上で、俺とルカヌスは不死種アンデッドによる蹂躙を眺めていた。

 女子供も老人も殺戮の限りを尽くし、不死種アンデッドとなって蘇生させる。



「皆、すべからく俺の色に染まれ」

「……まるで世界の終わりみたい」



 ルカヌスが言う。俺はそれを、首を振って否定した。



「いいや、これは救済だ」



 俺の支配に置かれること。人間という種から逸脱し、永遠を生きる俺の眷属となることこそが、至高の至福。



「しかし、新世界の創造にあたり、一度終わらせる必要があるのなら……」



 何かの始まりには、終わりがある。その逆もまた然り。

 ならば、



「世界を終わらせよう。完膚なきまでに。そして、やがては新世界へ——」



 空の向こうから、朝日の気配を感じる。

 ちょうど城砦都市の制圧を終えた配下たちが、不死種に転んだ住民たちを集め、俺の前で跪かせていた。



「その世界に、おまえはついて来てくれるか?」

「ふふ。何を今さら。そんなの、問う価値もないでしょう」



 言って、ルカヌスは俺の首を引き寄せて、口付けをした。

 触れるだけの優しいキス。

 妖しい笑みを浮かべたルカヌスは、唇を舌で濡らす。



「私は、あなたの第一王妃。これから朝も晩もずっと、相手をしてもらうからそのつもりで」

「素敵だ」



 本心からの言葉を彼女に湛えて、俺は視線を下に移した。

 数千の不死種が膝をつき、俺を見上げている。

 その先頭、全ての不死者をまとめたジュリアス・メアリィが表情を崩した。



「エル様。わたくしの愛おしい御方。我ら不死種アンデッドの王。明けぬ夜の王ノー・ライフ・キング。どうか、わたくしたちにお言葉を」

「いいだろう」



 一歩踏み出す。この言葉をもって、真に俺の復活を世界に告げよう。

 そして、終わりの始まりへ。



「エル・マクシミリアンが命じる。——世界を、我の手に」





 あれから、どうやって帰って来たのか覚えていない。

 気がつくとわたしは、教会の施療院にいた。

 そばにはリュドミラ先生がいて、目覚めたことを喜んだ後、なぜか頭を叩かれた。



「まったく、おまえというバカは……。無事に帰って来てくれて、ありがとう」

「先生……わたしは」

「何も喋るな。まずはしっかり休め」

「いえ、でも……ぅ!」

「ルリア!?」



 脳の奥でずきりと痛みが走る。

 光が暗闇を一直線に駆け巡るように、さまざまな記憶がよみがえってきた。



『おまえに時間をやる。考える時間と、準備をする時間だ』



『この女を返して欲しければ、迷宮街にある迷宮の一つ「オルフェウスの冥路」に来い』



『いつでもいいぞ。しかし、あまり遅くなると、転ぶぞ?』



 そんな悪魔の囁きが鼓膜を撫でる。同時に、淫らな表情で声を上げるカルラの……。



「わたし……行かなきゃ」

「……。何が起きたのか、ある程度のことは猊下から聞いた」



 猊下には、千里を見通す眼が備わっている。

 その眼であの地獄を見渡したのだろう。

 なら、



「今のおまえが行ったところで、返り討ちは目に見えている。それならまだいい。下手こけば奴らの仲間入りだぞ」

「……!」



 戦闘力の差は歴然。それは、対峙したわたしが一番よくわかっている。

 けれど、それでも、行かないと。



「カルラが……わたしが、助けないと」

「そのことなんだが……いや、今はいいか」



 何かを言いかけて、リュドミラ先生は真剣な表情を作り直す。



「ともかく、今は体を休めろ」

「ですが、あの不死種アンデッドたちは……! 不死王リッチに匹敵するであろう不死者や、悪魔もいて、それに……!」

「デュランダルが出撃した」

「——!」



 デュランダル。

 その名に、ルリアは眉根を寄せる。



「デュランダル……教皇十三隊の……?」

「不死王に匹敵する、と言ったな? それは違うぞ、ルリア」



 リュドミラ先生が、険しい顔で言った。



「あれは紛れもなく不死王リッチだ。猊下自らが鑑定、すでに魔王認定し各国の教会にも協力要請を行っている」

「……っ、やはり、あれは」

「ああ。だから、十三隊の中でも最強の部隊を送った」

「それが、七番隊のデュランダル……」



 血の気の多いS級聖騎士パラディンを筆頭に、戦好きで集まった戦闘部隊。

 確かに、戦闘能力でいえば群を抜いて優れていると聞いたことがある。ただでさえ、教皇直属の部隊にいるのだ。全員がS級に匹敵するであろう実力の持ち主なのは間違いないだろう。隊長を務める聖騎士は、もしかしたらあの不死王にも届くかもしれない。



「……しかし、それでもたったの一隊だけでどうにかなる規模では」

「それも承知の上だ。だから、ひとまずは時間稼ぎ。上位の不死種及び不死王の足止めを行い、その間に総攻撃の準備を整える。確実に仕留めるための、準備だ」

「足止め……」



 どうにかなる規模ではないと、自分で言っておきながらなんだが。

 最強の部隊を投入して尚、命令は殲滅ではなく、足止め。そこに、窺い知れぬほどの脅威を肌身に感じた。



「足止めとは……どれくらいの間なんですか?」

「一週間だ」



 一週間……その間、ずっと戦いっぱなしというわけか。

 なんて、過酷な任務だろう。



「……勝てるんでしょうか。わたしたち、人間は」

「勝てるさ」 



 リュドミラ先生は、ニヒルに笑う。



「あまり舐めてやるな。デュランダルの連中は強いぞ。何せ、隊長を務めている無骨女は妾が鍛えてやったからな。実力は保証してやるし、装備も極上のモノを用意したそうだ。他にも……。まあいい。ともかく」



 椅子から立ち上がり、先生は出口に向かいながら言った。



「その総力戦にはおまえの力も必要だ。だから、きょうは休め。

 何か間違って、妾の弟子が不死王もろとも殲滅してくれるやもしれんしな」

「できれば、そうなることを祈っておきます」

「ああ。祈れ。祈りの力はバカにできんぞ」



 引き戸が閉まる。

 部屋に取り残されたわたしは、拳を硬く握りしめた。



「……絶対に助けに行くから……カルラ」



 だから、わたしが行くまでどうか、無事でいて。



「お願いします、神様」



 祈る。

 今のわたしには、それしかできないから。

 色々と考えたいこと、知りたいことは多い。やらなくてはいけないことも。

 でも、今は。今日だけは。

 カルラのために、祈りを捧げたい。



「どうか、あの子を助けてあげてください」


 

 

『教皇代筆:B級聖騎士、20名。A級聖騎士、10名。特A級聖騎士、1名。計31名の死亡を確認。

 また、負傷者は重軽傷合わせ14名。行方不明者は1名。

 死体の回収はできず、殉職者のうち女性である25名が不死種アンデッドに転じた可能性が非常に大きい。

 また、B級聖騎士であるテオドール・シュガーマンのみ、生死が不明——

 ——よって、城砦都市エノク含めた迷宮街は、聖騎士パラディンの防衛も虚しく、不死王リッチエル・マクシミリアンの手に堕ちた』


 

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