終わりの始まり
「……良かったの? あの女を逃して」
「ああ。あれはまた俺の前に現れる。自らの意志でな」
場所は迷宮街最後の人類生存圏。城砦都市エノク。その城砦の上で、俺とルカヌスは
女子供も老人も殺戮の限りを尽くし、
「皆、すべからく俺の色に染まれ」
「……まるで世界の終わりみたい」
ルカヌスが言う。俺はそれを、首を振って否定した。
「いいや、これは救済だ」
俺の支配に置かれること。人間という種から逸脱し、永遠を生きる俺の眷属となることこそが、至高の至福。
「しかし、新世界の創造にあたり、一度終わらせる必要があるのなら……」
何かの始まりには、終わりがある。その逆もまた然り。
ならば、
「世界を終わらせよう。完膚なきまでに。そして、やがては新世界へ——」
空の向こうから、朝日の気配を感じる。
ちょうど城砦都市の制圧を終えた配下たちが、不死種に転んだ住民たちを集め、俺の前で跪かせていた。
「その世界に、おまえはついて来てくれるか?」
「ふふ。何を今さら。そんなの、問う価値もないでしょう」
言って、ルカヌスは俺の首を引き寄せて、口付けをした。
触れるだけの優しいキス。
妖しい笑みを浮かべたルカヌスは、唇を舌で濡らす。
「私は、あなたの第一王妃。これから朝も晩もずっと、相手をしてもらうからそのつもりで」
「素敵だ」
本心からの言葉を彼女に湛えて、俺は視線を下に移した。
数千の不死種が膝をつき、俺を見上げている。
その先頭、全ての不死者をまとめたジュリアス・メアリィが表情を崩した。
「エル様。わたくしの愛おしい御方。我ら
「いいだろう」
一歩踏み出す。この言葉をもって、真に俺の復活を世界に告げよう。
そして、終わりの始まりへ。
「エル・マクシミリアンが命じる。——世界を、我の手に」
*
あれから、どうやって帰って来たのか覚えていない。
気がつくとわたしは、教会の施療院にいた。
そばにはリュドミラ先生がいて、目覚めたことを喜んだ後、なぜか頭を叩かれた。
「まったく、おまえというバカは……。無事に帰って来てくれて、ありがとう」
「先生……わたしは」
「何も喋るな。まずはしっかり休め」
「いえ、でも……ぅ!」
「ルリア!?」
脳の奥でずきりと痛みが走る。
光が暗闇を一直線に駆け巡るように、さまざまな記憶がよみがえってきた。
『おまえに時間をやる。考える時間と、準備をする時間だ』
『この女を返して欲しければ、迷宮街にある迷宮の一つ「オルフェウスの冥路」に来い』
『いつでもいいぞ。しかし、あまり遅くなると、転ぶぞ?』
そんな悪魔の囁きが鼓膜を撫でる。同時に、淫らな表情で声を上げるカルラの……。
「わたし……行かなきゃ」
「……。何が起きたのか、ある程度のことは猊下から聞いた」
猊下には、千里を見通す眼が備わっている。
その眼であの地獄を見渡したのだろう。
なら、
「今のおまえが行ったところで、返り討ちは目に見えている。それならまだいい。下手こけば奴らの仲間入りだぞ」
「……!」
戦闘力の差は歴然。それは、対峙したわたしが一番よくわかっている。
けれど、それでも、行かないと。
「カルラが……わたしが、助けないと」
「そのことなんだが……いや、今はいいか」
何かを言いかけて、リュドミラ先生は真剣な表情を作り直す。
「ともかく、今は体を休めろ」
「ですが、あの
「デュランダルが出撃した」
「——!」
デュランダル。
その名に、ルリアは眉根を寄せる。
「デュランダル……教皇十三隊の……?」
「不死王に匹敵する、と言ったな? それは違うぞ、ルリア」
リュドミラ先生が、険しい顔で言った。
「あれは紛れもなく
「……っ、やはり、あれは」
「ああ。だから、十三隊の中でも最強の部隊を送った」
「それが、七番隊のデュランダル……」
血の気の多いS級
確かに、戦闘能力でいえば群を抜いて優れていると聞いたことがある。ただでさえ、教皇直属の部隊にいるのだ。全員がS級に匹敵するであろう実力の持ち主なのは間違いないだろう。隊長を務める聖騎士は、もしかしたらあの不死王にも届くかもしれない。
「……しかし、それでもたったの一隊だけでどうにかなる規模では」
「それも承知の上だ。だから、ひとまずは時間稼ぎ。上位の不死種及び不死王の足止めを行い、その間に総攻撃の準備を整える。確実に仕留めるための、準備だ」
「足止め……」
どうにかなる規模ではないと、自分で言っておきながらなんだが。
最強の部隊を投入して尚、命令は殲滅ではなく、足止め。そこに、窺い知れぬほどの脅威を肌身に感じた。
「足止めとは……どれくらいの間なんですか?」
「一週間だ」
一週間……その間、ずっと戦いっぱなしというわけか。
なんて、過酷な任務だろう。
「……勝てるんでしょうか。わたしたち、人間は」
「勝てるさ」
リュドミラ先生は、ニヒルに笑う。
「あまり舐めてやるな。デュランダルの連中は強いぞ。何せ、隊長を務めている無骨女は妾が鍛えてやったからな。実力は保証してやるし、装備も極上のモノを用意したそうだ。他にも……。まあいい。ともかく」
椅子から立ち上がり、先生は出口に向かいながら言った。
「その総力戦にはおまえの力も必要だ。だから、きょうは休め。
何か間違って、妾の弟子が不死王もろとも殲滅してくれるやもしれんしな」
「できれば、そうなることを祈っておきます」
「ああ。祈れ。祈りの力はバカにできんぞ」
引き戸が閉まる。
部屋に取り残されたわたしは、拳を硬く握りしめた。
「……絶対に助けに行くから……カルラ」
だから、わたしが行くまでどうか、無事でいて。
「お願いします、神様」
祈る。
今のわたしには、それしかできないから。
色々と考えたいこと、知りたいことは多い。やらなくてはいけないことも。
でも、今は。今日だけは。
カルラのために、祈りを捧げたい。
「どうか、あの子を助けてあげてください」
『教皇代筆:B級聖騎士、20名。A級聖騎士、10名。特A級聖騎士、1名。計31名の死亡を確認。
また、負傷者は重軽傷合わせ14名。行方不明者は1名。
死体の回収はできず、殉職者のうち女性である25名が
また、B級聖騎士であるテオドール・シュガーマンのみ、生死が不明——
——よって、城砦都市エノク含めた迷宮街は、
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