迷宮街砦の闇堕ち防衛戦⑦
扇情を激しく煽り立てる妖姿媚態。満月に充てられた肌は艶かしく透き通り、同色の下着だけを身につけたその女の背には、漆黒の三対六翼と槍のように鋭い尻尾。そして、首を刈り取ることだけに長けた半円の鎌。
悪魔――ああ、確かに。目前の女には、その言葉が適任だと言えた。
事実、
彼女の言葉を鵜呑みにする気はないが、悪魔の類なのは間違い無いだろう。
「さぁ、必死に踊りなさい。我こそはご主人様に抱かれる価値のある女だと、びぃびぃ
微笑む。目を細め、淫美に嗤う。その周囲で、さまざまな体制で浮いていた
まるで惑星に付き従う衛星のように、円環を描く。
マズい――その光景を見て、わたしはつい先ほど、何が起きたのか理解した。
あの悪魔は、屍食鬼を射出したのだ。
わたしが先ほど、空掌でそうしたように。
どういった力が働いているのかはわからない。だが、奴は屍食鬼の群れを上空へ避難させ、その一体をこちらに飛ばしたのだ。
「なんて……!」
なんで、非道な。
千言万語を費やしても表現し得ない外道の行いを、奴は性欲を満たすかのように再び行おうとしていた。
と、その時。驚愕に打ち震える声が鼓膜に届いた。
「ジュリアス……メアリィ……! なぜ、キミがここに」
呟いたのは、テオドールだった。
ヤツのことを知っているのか、テオドールは目を見開いてわなわなと震えている。
そんな彼へ、悪魔が指先を向けた。
いけない――そう思った瞬間、砂塵と共に屍食鬼が地上に突き刺さった。
「テオドール!?」
「無事、大丈夫! なんとか間に合った、けど……!」
体中に紫電を纏わせたカルラが、わたしの隣に着地した。両脇にはテオドールとマルティーヌ様を抱えている。
どうやら標的にされていたテオドールは無事のようだが、彼の周囲にいた冒険者たちは無事では済まなかった。
今の攻撃で何人死んだ?
わからない。けれど、
「あいつら、なんで動かないの!?」
声を荒げるマルティーヌ様。わたしも同じ気持ちだった。
運良く生き残った冒険者たちは、皆揃って動こうとしなかった。上空にいる悪魔を見上げて、その場から動かない。
隣で仲間が殺されているというのに、戦いもしなければ逃げもしない。
ただ、見惚れているかのように。
それは冒険者だけでなく、男性の聖騎士も似たような状況に陥っていた。
何が起きている?
混乱する思考を冷ますように、轟音が弾けた。
あの悪魔によって放たれたものではない。これは……赤魔術?
「魅了か……つくづく、舐めてくれる」
迸る炎。壁の上、マティルダ様の背後でまわる円環から、超高温の炎が吹き荒れた。
その一撃で宙をまわる屍食鬼の半数以上が焼失。
第四位界、赤魔術『
魔術師として天才的な素質がなければ届くことがないとされる第四位界。我が国クアシャスラにおいて、第四位界を習得しているのはマティルダ様含めて四人。
しかも隠蔽魔術によって悟らせず、完全詠唱で必殺を放つのがマティルダ様の常套手段。
あの悪魔とてひとたまりもないだろうと思われたが……
「人間にしては、なかなかにお下品な喘ぎですね」
上述した通り、成果は屍食鬼を半数以上焼き落としただけ。
あれだけの威力を孕む魔術を、奴は秋風にでも吹かれたかのように受けて、大鎌で払ってみせた。
撫でるような一振りで、第四位階の魔術を相殺するなんて……。
冷汗が、頬を伝う。
「ふふ。ええ、そういうのはきっと、ご主人様もお喜びになられますわ。ゲテモノ、というのでしょうか。見た目が麗しければ、まあ中身なんてあのお方には関係ありませんから」
「おい貴様、どこの誰に勝ったつもりでいる?」
「ほぅ?」
葉巻に火を着ける。それと同時に、先の比ではない炎が天空を覆った。
「な……」
まるで黄昏。
夜が明け、太陽が打ち上がったのかと錯覚するほどの輝き。
そして、その熱は地上をも焼き滅ぼさんと霊装の表面を燃やす。仮に霊装を身につけていなければ、先の屍食鬼のようにわたしたちも燃え尽きていただろう。
事実、呆けていた冒険者たちは皆、正気を失うほどに燃えていた。
「……第五位界ですか。さすがに、笑えないですね。擬似的にとはいえ、かの炎獄を再現するとは」
貼り付けていた嘲笑がなくなる。上空に浮いていた屍食鬼が跡形もなく焼失し、灼熱だけが空を彩る。
味方も敵も構わず燃やし尽くす、炎の世界。
第五位界に相当する赤魔術の顕現に、わたしたちは畏怖を覚えた。
「
「笑止」
マティルダ様の放つ殺気と炎を、手に持つ大鎌で振り払い、奴は言った。
「その程度の位界で、誰に勝ったつもりでいるのでしょう?」
意趣返しのつもりだろうか。マティルダ様の言葉を引用した悪魔が不敵に笑う。
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