迷宮街砦の闇堕ち防衛戦②

「いやあ、まったくもって容赦のない蹴りありがとうございましたぁ♡ それにしても誘ってんのかって具合のどエロい下着、あいかわらずだねえ♡」

「ちょっと黙って」

「………」



 カルラと合流する。久しぶりのセクハラに、わたしは若干涙目だった。



「いやいや、三ヶ月ぶりの再会だしぃ? これくらいサービスしてくれなきゃ困るよん☆」

「……。教育は楽しかった?」

「楽しくないよーぅ。でも無事、B級に昇級しましたぁ♡」



 言って、カルラは胸元をばっさりと開いた。あらわになる肌色のおおきな谷間と、それを包み込む黒い下着。

 この子は、いったい何をしているのだろうか。

 テオドールが気恥ずかしそうにそっぽを向いた。周囲の学生たちも同様に、見ないふりをしつつ胸への興味に関心だ。



「……わたしたち、聖職者なのよ?」

「やーね。あーしはこれを見てほしいのよん?」



 谷間に埋もれる十字架のアクセサリー。色はシルバー。それは彼女が晴れて、B級になったことの証だった。



「ネックレスにしてみたのよー。あーし、ずぼらだからさあ。肌身離さずってのむりっぽいし? ポッケのなかだと無くしちゃうしぃ? これなら安心でしょーう☆」

「まあ……あなたなりに考えたのね」

「うんっ☆ えらい?」



 顔を近づけてくるカルラ。彼女の金色の髪が頬を撫でた。腰を抱かれ、胸を押し付けられる。懐かしい匂いがした。この甘えてくる猫のような表情。彼女は、何も変わっていなかった。

 三ヶ月前、B級聖騎士になるための試験を突破し、教育を受けに総本山へ向かったカルラ。それですこしは聖騎士らしくなってくれればよかったのだが、どうやら並の教官では彼女を更生させるには至らなかったようだ。



「イチャついているところ悪いが、出発の準備はしなくていいのか? さほど時間は残されていないが」

「テオドールの言う通りよ、カルラ。離れて」

「んーぅ? しょうがないなあ。じゃさ、手ぇつないでよ。それくらいならいいでしょ?」

「……仕方ないわね」

「やった☆」



 どうせ最後にはわたしが折れるのだ。早いところで彼女の言う通りにしておけば、時間を無駄にしなくて済む。



「……甘くないか、その対応は。昔からそうなのか?」

「なんの話?」

「彼女……ローガンにだよ」

「カルラでええぞ☆」



 指先を絡め、ご満悦な様子のカルラ。



「カルラとは幼馴染なの」

「一般的な幼馴染というヤツは、そうも距離感が近いのか?」

「さあ。知らないけど、カルラはこうでもしないと大人しくならないから」

「わんわん♡ ルリアちんのペットなり♡ くぅ~ん♡」

「はいはい」

「………」



 すり寄ってくるカルラの頭を撫でる。こうしないと彼女はいつまで経っても離れてくれないのだ。そんなことなど露も知らないテオドールは、口角を引き攣らせていた。



「歪な関係だな」

「………」



 それには答えない。カルラも、表情を崩すことなく無視していた。



「それよりも、あなたは大丈夫なの?」

「なにがだ?」

「恋人なんでしょう。ルカヌス様とは」



 つい先ほども、カルラに突っ込まれていた件を振り返す。



「ローガン……カルラの言う通りだと思う。彼女は強い。だから信じることにした。また会えると」

「そう。わたしもそう思うわ。ルカヌス様とは一度しかお会いしたことがないけれど、彼女はとても強いお方。精神面においても。だからきっと、たとえ相手が不死王リッチだったとしても、屈することはない」

「……そうだな。ありがとう」



 いささか明るさを取り戻したテオドールは、次にカルラに視線を向けた。



「なぁに? あーしのおっぱいみたい? 飛ぶよ?」

「いや、カルラは教育から帰ってきたばかりだと聞いたが、すぐ任務とは災難だな」



 確かに、いつ帰ってきたのかは知らないが、総本山からこの国まで約三日もかかる。長旅の疲労が癒えないうちに、さらに長距離移動だ。肉体面も精神面も、迷宮街に到着した頃には疲弊し切っているだろう。



「心配してくれるの?」

「当たり前だ。同じ聖騎士であり、仲間だ。心配するのは当然だし、健康状態の把握も仕事のうちだ」

「把握って、あーしの上司にでもなるつもりぃ?」

「おれの方が先にB級だからな。同期とはいえ、B級としてなら先輩だ」

「なにそれ、ちょー生意気ぃ! あーしの胸に釘付けだったドーテーのくせにぃ!」

「どう……!?」



 少なからずダメージを受けた様子のテオドール。勝ち誇った笑みを浮かべたカルラの頬を、わたしは摘んだ。



「あん」

「変な声出さないで」

「にゃはは……どうしたん?」

「疲れてない? クマはないわね。血行もいいし、みたところ問題ないみたいだけど」



 顔色や外傷に目立ったものはない。外見だけならば良好だ。



「だいじょぶだいじょぶ、これでも結構体力には自信あるし? 行きも帰りも爆睡だったし? カルラちゃん、いつでも出撃できるよん☆」

「なら、いいのだけれど」



 思えば、彼女は昔から頑丈だった。魔術師のはずなのに、打たれ強さは戦士のそれ。わたしが本気で蹴りを入れても、すぐにケロッと抱きついてくる。まったくもって効いていないのだ。



「あなたのその頑丈さは、父親譲りなのかしらね」

「……。……そうかもね」

「カルラ?」



 気のせい、だろうか。

 一瞬、彼女の表情から光が消えた……気がした。



「どうしたん、ルリアちん?」

「いえ……」



 満面の笑みを浮かべるカルラ。そこに少しだけ、恐ろしさを感じた。



「そ、そういえば、すこし痩せた?」

「え、あ、うん。やっぱりわかるぅ?」

「うん。お腹なんて、三ヶ月前はぽっこりしてたし」

「あ、あー……うん、そうだったね」

「吐くほど食べてたしね。あの時はびっくりした。突然嘔吐するんだから」

「……ごめんね」



 表情を落とすカルラ。そのらしからぬ気配に、わたしの不安は増した。



「カルラ、やっぱり疲れてるんじゃ……」

「大丈夫。心配しないでよ、ルリアちん」



 言って、カルラはわたしの頬にキスをした。音を立てて唇が離れる。なぜか、テオドールが顔を赤くしていた。



「お、おまえら……できてるのか?」

「そうそう、あーしらもう赤ちゃんいるぜーい?」

「なわけないでしょ……!」

「と、ともかく、一旦解散して準備を整えよう。集合場所は……直接教会でいいか?」

「そうね。編成は向こうで教えてくれるのかしら?」

「んー? あーしは、学生はみんな一緒だって聞いたけどぉ?」

「どこ情報よ、それ。リュドミラ先生も知らないって言ってたわよ」

「ギャル友ネットワーク☆」



 わたしの知らない単語が出てきた。しかもギャルって、死語じゃない。百年ほど前に流行っていたらしいけど、今でそんな言葉を使うのはカルラくらい。……あ、でもリュドミラ先生も言っていた気が。



「まあいいわ。本当に時間もないし、一旦家にも帰りたいし」

「おれはここで失礼する。またな」



 学舎の方へ消えていくテオドール。わたしは手を繋いだままのカルラに視線を向けた。



「あなたはどうするの?」

「んー」



 歯切れの悪いカルラ。どうやら家に帰りたくないらしい。



「……暇ならちょっと付き合ってよ。いつ帰って来られるかわからないんだから、買い物しておきましょう」

「うむ、荷物持ちならまかせいやっ!」



 無駄に張り切るカルラを伴って、わたしは準備に取り掛かった。

 

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