迷宮街砦の闇堕ち防衛戦③

「皆様、こちらがクアシャスラ支部聖導教会です。そしてこちらの像は、愛と正義を司る女神ウーラニアー。最高の美神でありながら戦の女神としての側面をもっており、対立する悪神パンデモスを討ち滅ぼす尖兵である聖騎士パラディンたちの守護神でもあります。私たちがこうして日々、幸せに生きていられるのは常に前線で魔と戦う聖騎士、そして彼らを支える女神ウーラニアーが在ってこそ。せめてもの感謝として、信徒たちはこの教会で毎日、決まった時間にお祈りを捧げているのです」



 たくさんの子どもを引き連れた修道女シスターが、恍惚とした表情を浮かべて教会内部へ入っていく。



「懐かしいわ。わたしたちも幼い頃は、ああやって教会内を見学したものね」

「うんうん。隣の修練場で聖騎士の姿を見て、ルリアちんは目ぇギンギンに輝かせてたのおぼえてる!」

「それはあなたもでしょう」



 わたしとカルラは支給された霊装を身にまとい、集合場所である教会前まで来ていた。



「集合時間はちょうど……なのに、聖騎士が一人もいないわ」

「場所まちがえたのかねえ」

「教会って言ったらここしかないでしょう」



 クアシャスラ王国に教会は一つしかない。子どもでも知っている常識だ。



「でもでも、誰もいないよん?」

「……中に入ってみましょうか。一人くらいなら聖騎士がいるでしょ」

「そうしよっか。――あ、テオドールも来たよ?」



 カルラが指を差した方向からテオドールがやってきた。



「おまえたちが来たってことは、やはり集合場所をまちがえていたわけではなさそうだな」



 聞くに、どうやらテオドールは一足先に到着しており、聖騎士の影がないことから周囲を見てまわっていたらしい。

 言うまでもなく、収穫はなし。どこにも殲滅隊の姿はなかった。



「んー。どうする?」

「一旦帰りましょう。リュドミラ先生にもう一度聞いてみるしかないと思うけど」

「そうだな。時間を無駄に浪費するよりはいい」

「んじゃ、帰りますかー」



 意見が一致して、わたしたちは踵を返した。その時。



「あー、ごめんちょっと待ってえ!」

「?」



 教会の方からそんな声が聞こえてきた。振り返ると、幼く華奢な聖騎士が慌てた様子でこちらに向かってくる。



「遅くなって申し訳ないわ。ちょっとママ――ごほん。母がお弁当とか色々持って来てくれて、その対応に追われていたの。

 まったく困っちゃうわ。あたしだってもう立派な聖騎士になったってのに、ママは――じゃなくて、母」



 別に言い直さなくてもいいと思うのだが、何かこだわりがあるらしい。あるいは、背伸びをしているのか。目の前のちいさな聖騎士は、満更でもなさそうに言い訳を続ける。それを遮って、カルラが彼女に指を差した。



「このちっこいのなぁに?」

「ちっこ――!?」

「ルリアちん、知り合い?」



 惚けたその物言いに、わたしはこめかみを抑えた。



「カルラ、そのお方は――」

「見習い騎士かな? ちょっと聞きたいことがあったんだけど」

「テオドール……あなた」



 カルラのノリに合わせ始めたテオドール。至って真剣な表情から察するに、本気で彼女を見習い騎士だと思っているようだ。



「こんなちっこいのにお仕事えらいねえ♡ お姉さんがよしよししてあげる♡」

「あ、ちょ、バカ、このっ!? あたしは先輩だぞ!? 撫でるなぁっ」

「はいはい、先輩暴れないでねぇ♡」

「むっきぃぃぃっ!」

「ところで、ここに集合するはずだった聖騎士たちはどこに行ったのか、知らないか?」

「知ってるわよ! 教えてあげるから離れなさいっ!」

「あんぅ」

「いい加減にしなさい、カルラ」



 首根っこを掴み、無理やり引き剥がす。ようやく解放された彼女は、メガネ越しからこちらを睨みつけてきた。肩を上下に揺らし、今にも倒れてしまいそうなほど体力を消耗している。



「はぁ、はぁ、っ、たくもう……なんなのよ、あなたたちは……!」

「カルラ、テオドール。このお方はA級騎士のマルティーヌ様よ」

「な……」

「ほえええぇぇ~」



 対照的な反応を浮かべる二人。テオドールはすぐさま膝をつき、無礼を詫びた。カルラはというと、ニタニタした表情でマルティーヌ様を見ている。



「な……なによ? 本当のことよ?」

「かわいいねえ、マルちゃん♡」

「あ、アンタぶっ殺すわよ……!」



 本当にぶっ殺されそうなので、カルラの頬を引っ張り戒める。



「謝りなさい」

「ほい……ごめんなひゃい」

「い、いいわよ、別に。あたし、寛大だし? 心広いし? こっちも遅れちゃったし、おあいこってことにしてあげるわ」



 ボサボサになった三つ編みを結び直しつつ、マルティーヌ様はふふんと鼻を鳴らした。



「ところで、ルリアちん。マルちゃんのことどうして知ってるん? 知り合い?」

「その呼び方やめなさいよ!」

「いいじゃん、こっちの方がかわええぞ?」

「そ、そう……? なら、まあ仕方ないわ。特別に呼ぶことを許可してあげる」

「ニタァ」



 カルラが、おもしろい玩具を見つけたと喜んでいる。

 程々にしないと、本当に殺されるわよ。あなた。



「それで、知り合い?」

「ええ、一度だけマルティーヌ様と組んだことがあるの」

「だいたい半年前ね。廃村の墓で下位不死種アンデッドが湧いたから、その浄化に行ったのよ」



 B級になった聖騎士は、教会から任務を賜ることがある。去年、十五歳でB級に昇級したわたしは、すでに何度も教会からの任務を成し遂げていた。

 そこで数人のA級聖騎士と顔見知りとなり、その繋がりでルカヌス様とも出会ったのだ。



「あたし的に、アンタはもうA級になっていてもおかしくはないと思ったけど? なんでまだそこにいるのよ。もしかして試験すっぽかした?」

「実はその通りでして」

「はあ?」



 ちいさな体でマルティーヌが詰め寄ってくる。



「どういうことよ、すっぽかしたって?」

「ルリアちん、試験当日に暴漢に拉致られた修道女を追いかけて、隣国まで行ってたのよんね~」

「目の前で攫われて……。放っておくわけにも行きませんし、聖騎士を呼ぶ時間もなかったのでわたしが」

「そ、それで隣国までって……B級は単独行動は原則禁止じゃなかったっけ?」

「はい。なのでリュドミラ先生にこれでもかと叱られました」

「学園長に叱られるなんて、恐ろしいわ……」



 ぶるぶるとウサギのように体を震わせるマルティーヌ様。聖騎士で、学園長の恐ろしさを知らぬ者はいない。ただ一人を除いては。



「ん? なぁに、ルリアちん?」

「いえ……お喋りはこれくらいにして、マルティーヌ様」



 かなり脱線してしまったが、話を戻す。

 マルティーヌ様は慌てた様子で言った。



「とりあえず着いてきて。結構時間くっちゃったし、移動しながら説明するわ」



 歩き始めるマルティーヌ様。その背を追って、わたしたちも移動をはじめた。

 教会の裏手に馬車が一台停まっている。中には一ヶ月分の食料や予備の装備が置かれていた。これを引きずって歩く馬に少しばかり同情する。いや、そもそもこの重さで動くことが可能なのかしら?



「なに他人事みたいな顔で見てるの? これ全部、アンタが持ち運ぶ物資よ」

「え?」

「今回の総指揮を務めるマティルダ様が、アンタが来るなら全部持たせろって」

「マティルダ様……相変わらず、人使いが荒いですね」



 つい一ヶ月前に特A級になられたマティルダ様は、わたしを荷物持ちとしてしか認知していないのだろうか。この前だって、引っ越しの手伝いをしろとわたしに……。



「どうしたの? 大丈夫?」

「いえ、なんでもありません」

「ルリア、おまえはあのマティルダ様とも知り合いなのか?」



 テオドールが食いついてくる。



「ええ……あの人は、酷い人です」

「ルリアちんが遠い目をしておる……よしよし、あーしが慰めてあげるぞい」



 カルラが頭を撫でてくる。わたしは、あの人の理不尽を振り払うようにして手のひらを合わせた。瞬間、わたしの背後で歪な音が鳴った。



「これは……!?」

「テオドールは見るのはじめて? ドーテーじゃん(笑)」



 まるで漆黒の巨人が顎門を開くかのように、空間が上下に裂ける。大体三メートルほどの高さまで開いたその暗闇は、覗けば永遠に下へ落ちていくような感覚を味わえる。



空掌くうしょう――わたしの家に代々伝わる魔術よ」

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