迷宮街砦の闇堕ち防衛戦①

「A級聖騎士パラディンのルカヌス様が……消息不明?」



 その衝撃的な内容に、わたしは眉を潜めた。

 聖導学園教会の学園長室。

 相手はもちろん、学園長という座に君臨するリュドミラ・エンゲルマン女史。

 人間種ヒューマン長耳種エルフのハーフである彼女は、よわい百をとうに超えているにも関わらず、美しい容姿を咲き誇っていた。



「ただ単に、定時連絡に遅れているとかそういう問題ではないのですか?」

「私が与太話にハマる思うか?」

「まあ、確かに……そうですね。けれど、信じられません。あのルカヌス様が……」



 ルカヌス様とは一度しかお会いしたことがない。だが、その実力は知っている。決して凡才などではなく、堅実な修練を重ねA級にまで成り上がったお方だ。並の者ではまず太刀打ちできず、それは同級の者でも同じ。

 そんな実力者が、任務中に消息不明になるとは相当な事件だった。



「リュドミラ先生。ルカヌス様はどういった任務を?」

「迷宮街の一つに、近頃不死種アンデッドが出没しているという情報の精査だ。迷宮の攻略が場合によっては必要になるからと、五人のB級聖騎士も与えていた」

「まさか、その五人も……」



 リュドミラ先生は唇に挟めていたキセルを抜く。紫煙と同時に吐き出したため息が、結果を如実に物語っていた。



「全滅……そう考えてもおかしくはない」

「そんな……A級聖騎士のルカヌス様に、五人のB級聖騎士ですよ? そう簡単に全滅なんて、それこそ不死王リッチや伝説級の不死種が出てこない限りは」

 そこまで言って、背筋に冷たいものが走った。リュドミラ先生が、呑気に笑う。

「おまえを呼び出すってことは、相当上も焦っているらしい。すでに被害は出ている。これを読め」

「これは……」



 机の上を滑る数枚の書類。それはどれも偵察に向かった聖騎士による報告書だった。一枚を取って目線を走らせる。



「迷宮街近辺の町が一夜にしてゴーストタウンに? 周辺の町、集落も同様って……なんですか、これ」



 次々と読み上げていく報告書。荒唐無稽、到底信じられない情報が次々と載せられていた。



「この一週間で被害者は約五千」

「ごせ……!?」

「どれも迷宮街近辺の町々だ。それに、吸血鬼ヴァンパイアらしき痕跡も見つかっている。下位か上位か、あるいは真祖か」



 あの冗談が嫌いなリュドミラ先生が、キセルをふかしながら真顔で言っている。

 首の後ろにワイシャツの襟がくっつく嫌な感じ。一体この場所で、何が起きているのだろうか。続く先生の言葉が、さらに衝撃を煽る。



「ともかく、猊下げいかが千里眼で不死種の存在を確認している。正確な数までは把握していないが、恐らく五千か、それ以上か」

「吸血鬼がいるのであれば、当然屍食鬼グールも……。それなら被害にあった五千が、不死種に転んだ可能性がありますね」

「ああ。だからこそ、殲滅戦が得意なおまえも呼ばれたわけだ。大掛かりな不死種殲滅隊が発足されることになった。それにおまえも参加しろとの命だよ」



 なるほど。状況が状況だが、そういうことならわたしは適任だろう。数は甚大だが、屍食鬼程度ならわたしの力で一掃することは容易い。それに、これは昇級のチャンス。屍食鬼を残らず殲滅してみせれば、A級に上がることができるかもしれない。

 自身の得意分野でライバルたちから抜きん出ることができる、またとない機会。

 ……ところで、



「おまえも、ということは、ほかにも学生から?」

「ああ。おまえは必須枠として、残り二人は経験を積ませるために参加させるそうだ。同じ班かどうかは知らんが」

「ちなみに、その二人は――」



 訊くよりも早く、背後の扉が鳴った。リュドミラ先生のゆるしを得て、扉が開く。



「――やったぁ、ルリアちんと一緒ぉ♡ テンション爆上げだわぁ☆」

「失礼します」

「カルラ、テオドール……まさか、あなたたちが」



 部屋に這入ってきた面子に、私は驚く。

 二人はそれぞれの反応を抱えながら、わたしの隣に立った。



「テオドール・シュガーマン。常におまえと首席を争い、学生の身ですでにA級に迫る実力者だ。入学前に冒険者として活動していたこいつは、実戦経験ならおまえを軽く上回るだろう。そして何より、今回の戦に懸ける想いが強い」



 リュドミラ先生が憐れみを込めた双眸でテオドールを見遣った。彼は、わずかに目を細めて言う。



「ルカヌスは、おれの許嫁なんだ」

「ほえええぇぇ~」



 変な声を上げたのは、わたしの左に立つカルラだった。シリアスな雰囲気をぶち壊しつつ彼女はテオドールに質問を投げる。



「どこまでやったの? あのルカヌス様とどこまで?」

「……口を慎めよ。こっちは傷心中なんだ」

「死んだって確定してないじゃん。かれぴなら最後まで諦めんなよーう」

「……そうだな。その通りだ。ありがとう」

「いや、礼はいいのよぉ。んで、どこまでやったん? 口? 手? もしかして腋ぃ?!」

「キスどころか、手すら繋いでない。ところで、腋ってなんだ?」



 カルラもカルラだが、どうしてテオドールも真剣に受け止めているのだろう。ほら、リュドミラ先生も眉間に皺を寄せている。



「せ、先生? テオドールはわかりました。しかしカルラはなぜ……」



 テオドールは説明されるまでもなく理解できる。しかし、カルラは違う。成績の上位にもかすらない彼女が、なぜ?



「それはおまえが一番知っているだろう。確かに成績は芳しくないが、尖りにとがった資質には目を見張るものがある」

「いやだなあ、学園長ぅ。ほめても男の連絡先なんて出てきませんよーう?」

「………」



 比喩ではなく、室内の温度が数度下がった。それほどまでに冷たい殺気がリュドミラ先生から漏れていた。カルラは呑気に舌を出して笑う始末。



「はぁ……」

「ルリアちん☆ 安心してよ、あーしがちゃんと守ってあげるから♡」

「……ええ。期待してる」

「にゃははんぅ! ちな、きょうのパンツ何色? ――赤……いいねっ」

「―――」



 めくれ上がるスカート。注がれる三人の視線。わたしは、十年来の幼馴染を蹴り飛ばした。もちろん顔面。容赦なく闘気で強化した蹴りだ。一介の魔術師ではひとたまりもないはず。



「……まあ、なんだ。これから三時間後に教会へ向かってくれ。そこが集合場所になっている」

「わかりました」

「無事に生きて帰って来い。貴様らに神の加護があらんことを」



 最後にそう十字を切って、わたしたちは学園長室を後にした。

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