新生のルカヌス⑧

「——!」



 そんなことが、できるというの?

 言葉も出ぬほどの衝撃が体を駆ける。



「俺は不死種に嘘は吐かん。本当に戻すことができる」

「なら……!」

「ああ。俺に一太刀、浴びせることができたなら人間に戻してやろう。なんなら教会の前まで送迎もしてやるぞ。破格の条件だろう?」



 確かに、破格と言って申し分ないだろう。ただ、理解に困る。



「……あなたにメリットがない」

「いや、十分メリットはあった。おまえと、おまえが作った眷属たちだ。俺は真祖を創り出すことができる……その証明が成された以上、おまえにこだわることはない」



 なるほど。元から私は、ある種実験めいたことに巻き込まれていたわけだ。

 真祖の創造。正気を疑う話だが、彼は私の体を使ってやってみせたのだ。ならほかに、忠実な真祖を創り出せばいいだけの話。



「……信じてもいいのね?」

「ああ。重ねて、おまえが俺に一太刀でも浴びせることができたなら」

「………」



 腰を落とす。周囲への警戒は断ち切り、意識をすべて正面の不死王に向ける。

 まさか棒立ちのまま、というわけではないだろう。何かしらの術は使ってくるに違いない。

 不死王は魔術師だ。偉大な魔術師が死後、転じるとされる化け物だ。ならばその戦闘スタイルは後衛からの波状攻撃や前衛の支援。あるいは、幻術? 誘惑がどうこう言っていた。なら意識を一つに絞るのは危険だ。しかし、わからないのは……なぜ、服を脱いだのか。



「……ふ」



 戦うのに肉体を披露する魔術師などいない。



「いや、まさか……しかし」



 性的興奮を高め戦闘力を上げる、という技法は噂程度になら聞いたことがある。確かに、名高い武芸者は露出を好む傾向がある。むかし、S級聖騎士パラディンの講演で、魔力切れで霊装が解かれた際に、裸の状態で振るった剣が空を割ったと話していたが、羞恥から来るエネルギーは計り知れない。

 まさか、彼はそれを?

 いや、そんな技法を使わなくとも、私を打倒するのは容易なはず。

 ならば、これはブラフ?



「……!」



 いや、彼は百年の時を生きた不死王だ。ある程度、近接戦闘に心得があってもおかしくはない。魔術師だと油断させ、肉薄するのと同時に強烈な拳撃が放たれるかもしれない。

 とはいえ、この距離はすでに私の射程内。邪魔者が入らない次こそ、一太刀浴びせるのは赤子の手を捻るよりも簡単なこと。



「色々と考えている様だが、俺がしようとしていることは単純だぞ」



 こちらの考えを見透かしたように嗤い、不死王は虚空に手を入れた。やがて取り出したのは、一本のナイフ。



「まさか、そんなもので私と……」

「勘違いするなよ。おまえ程度、刃を交える必要すらない」

「な――!?」



 その腹立たしい言葉に、私は自分を抑えきれなかった。

 我慢の限界。蓄積された怒りが、頂点に達した。

 全身の血液が沸騰するような怒りに身を任せて、私は剣を振るう。

 真上からの一閃。一秒にも満たぬ速さで肉薄した私は、勝利を確信した。

 しかし——もはや避けようのないその凶刃を前に、不死王は失笑した。



「堕ちろ」

「―――」



 そんな言葉とともに、不死王は手に持つナイフで――自身の指を切った。

 滲む血液。瞬間、香ばしい、極上の香りが細胞を刺激した。

 あ、とても美味しそう。ううん、美味しいに違いない。絶対に美味しい。マズいはずがない。

 私を構成する全てが、そこに釘付けとなった。

 どこか遠いところで、地面に剣が落ちる音が鳴った。



「……っ、ぁ」



 胸の動悸が止まらない。

 嗅いだことのない甘い蜜の香りに、私は犬のように鼻息を荒くして涎を垂らした。

 舐めたい。

 舐めたい。

 舐めたい。

 思考が埋め尽くされていく。

 理性という枷は、幾許かの抵抗すら投げ出して、目前の一滴に夢中だった。



「ほしいか?」

「ぁ、ぁ」

「ほしいのかと、訊いている」



 視界の高さに持ち上げられた指。そこから垂れる紅の雫に、私は舌を伸ばしながら答えた。



「――ほしいでしゅぅぅ」

「なら俺の女になることを認めろ」

「ぁぅ、しょ、しょれは……」

「ならこれは……」

「な、なりましゅ! あなたの女にでも奴隷にでもなんでもなりましゅぅ!」

「そうかそうか。ならおまえは、この血を舐めたその瞬間から俺の奴隷であり第一王妃だ。人間であった頃のおまえなんて忘れてしまえ。そして俺を愛せ。全身全霊で、俺を愛せ。そうすれば、好きなだけおまえにこの血を与えよう」



 子宮の奥底で、何かが刻まれた気がした。じんわりと熱を孕む下腹部。言葉とともに差し出された指を口に含み、舐りながらその美酒を堪能する。

 卑猥な音を立てて、無我夢中となって指をしゃぶる。体が疼いてたまらない。触ってほしい。もっと血がほしい私は、懇願する。



「あなたの血、もっと吸いたいの」



 血が滲む指を自身の胸に押し付けながら、私は彼に抱きついた。目と鼻の先に広がる首筋。ここに牙を突き立てれば、私は死んだって構わない。



「いいだろう。かつての部下の前で、おまえの痴れた姿をみせつけるといい」

「あっ……!」



 服を強引に剥かれ、腰を掴まれる。激しく絡み合うように体を重ねて、私は究極の至福の中で果てた。


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