新生のルカヌス⑦
「――ご苦労だった」
迷宮前で転移陣を潜り抜け、私と眷属は迷宮『オルフェウスの冥路』最奥に戻ってきた。
帰還を待ち侘びていた
なるほど、初見とはいえ魂で理解しているようだった。
目前の男こそ、我ら
彼女たちには一体、どういうふうに彼が見えているのかはわからない。ただ、三人の上位吸血鬼の表情から察するに、とても魅力的な風貌のようだった。
「一夜にして大世帯となったな。我が妃よ。随分とはっちゃけたようだが」
「それは……でも、私が吸血したのはこの三人だけよ。あとは勝手に、この子たちが……」
「眷属の手綱を握るのもおまえの務めだ」
「何よ、偉そうに。いいじゃない、抱ける女が増えたと思えば」
「確かに」
真顔でうなずく不死王。私は侮蔑を込めて彼を睨みつけた。
「す、すごい……流石は主様。かの不死王様と対等にお言葉を……!」
「あなた様ぁ……ぜひ、ぜひぜひ、夜のお相手の際はわたしもお呼びください……!」
「主ちゃん……素敵」
左右で上位吸血鬼が濡れた声を漏らした。
「ともあれ、ご苦労。聖騎士に勘付かれる前に、さらに多くの眷属を増やしたい。また今夜も頼むぞ、おまえたち」
――
示し合わせたかのように了承する眷属たち。光栄だと言わんばかりに、中には涙を流して喜ぶ不死種もいた。その熱量、信仰共に異様で私は身震いが止まらない。
これもまた、邪教——。
「では、ルカヌス以外退がれ。上の六十一、六十二階層はおまえたちのために新設した。我が家だと思って好きに寛ぐといい。部屋割りはスケルトンに任せている。文句があれば彼らに言え。それと欲しいものがあればゾンビ執事に言ってくれ。ある程度のものなら用意できるだろう」
「皆様、コチラヘドウゾ」
執事服をあしらった僧侶の死体が眷属たちを上の階層へと案内していった。
残された私は、腕に抱いたままの女を不死王のそばまで持っていく。
「さて、この子はいったいどんな
「なかなかの素質だからな。真祖に匹敵する不死種になるのは間違いないぞ」
「へえ。それって選べるものなの?」
「ある程度は。素質がなければ最悪消滅するが」
さらっと恐ろしいことを言ってのける不死王。
どうして私なんかが、吸血鬼の……しかも真祖などという化け物になれる素質があったのだろうか。
「ジュリアス・メアリィ――ほぅ。なかなかに興味深いステータスだ。これは面白い」
「鑑定眼を持ってるの?」
「当たり前だ。必須だろう」
「そ、そう……なんだ」
流石は、かのマクシミリアン。数百人に一人有するかどうかの稀有な天賦を、持っていて当たり前だと言い切った。腹立たしい。
「この『転生者』という称号が気になるが、まあ本人の口から直接聞くとして。ルカヌス、我が妃よ。おまえに見せたいものがある」
「その我が妃ってのやめてよね。気持ち悪い」
「きも……。……まあ、いい。しかしやめん。こうして誇示しておかなければ、誰かに盗られてしまうかもしれないからな」
「盗られるって……」
こんな化け物、あなた以外の誰が好むっていうのよ。
口に出したら目の前のおっさんを喜ばせてしまいそうなので、裂けても言わない。
「それで、私に見せたいものって何?」
「彼女たちだ」
指を鳴らす。次いで、部屋の至る所に伸びた影から五人の女が現れた。その姿をみて、私は絶句する。
「つい先ほど発足した、俺の親衛隊だ」
「……っ」
「驚いて声も出ないか? まあそうだろう。元は、おまえの部下たちなのだから」
「―――!」
口より先に、私の体が動いていた。
腰から抜き放った剣。不死王の首を狙ったそれは、甲高い金属音によって阻まれた。
「ヴィオレーヌ……!」
「いくらあなたとて、不敬ですよ」
激しく鍔迫り合う刃と刃。その均衡を崩すように、二つの影が躍り出る。
「あなたには感謝してます。けど」
「今の主はあなたではありません」
素早い短剣の連撃が私を後方へ押しやる。
「っ、カテリーナ、エミリー……ッ」
「よそ見はいけませんよ、隊長」
「が、ぅ……リ、リィ……!」
いつの間にか背後に回られていたリリィによって体勢を崩され、私は地面に倒れた。首筋にひんやりとした鉄の感触。腹の上に乗ったその女は、興奮した様子で唇を舐めた。
「ルカヌスぅ? 私たち不死種はエル様に身も心も尽くさないと。それが存在理由。それが生きる意味。それに反しちゃダメでしょうに」
「……シンシア」
見た目も人種も、信念や想いすらもねじ曲げて、彼女たちは不死種に新生していた。まるで聖騎士に唾を吐くように、纏う霊装さえも真逆の気質を孕んでいる。
「そこまでだ、
不死王の一言で五人の女たちは気配を殺して後ろに控えた。
「どうだ、ルカヌス。彼女たちは上位幽鬼士だ」
「……嫌がらせか何か?」
「半分は嫌がらせだ」
「この……ッ」
「まあそう怒るな。好きな女を虐めたくなるのは男の悲しい性なんだよ」
「……自分で立てるわ」
差し伸ばしてきた手を払う。幽鬼士に転じた彼女たちが睨んできたが、無視を決め込む。
「もう半分は、友達を与えたかったんだ」
「もしかして私、からかわれてるのかしら?」
友達? ふざけるのも大概にしろよ。
「私の大切な部下を、その死を、魂を侮辱した暁に友達ですって?」
体が怒りで震える。握りしめた手のひらに爪が食い込んで血が垂れた。
「私は、あなたをゆるさない」
たとえ命令に抗えないとしても。
魂だけは、絶対に渡さない。
「いいだろう。ならその覚悟もろとも堕としてやる」
言って、不死王は上着を脱いだ。
「誰も手を出すなよ。これは命令だ」
「仰せのままに、陛下」
幽鬼士が彼の命を聞き入れる。
「な、何を……」
「もし仮に」
身につけていた衣類を捨て、上半身裸となった不死王。想像していたような不死者の身体と違い、精悍に鍛え上げられた肉体がそこに広がっていた。
「誘惑に打ち勝ち、俺に一太刀浴びせることができたなら——おまえの望みを叶えよう。例えば」
不死王が、嗤う。
「人間に戻してほしい、でも構わんぞ」
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