新生のルカヌス⑥

「ふぅ……」



 五人全員と行為を終え、膣内から洗脳を終えたエルは満足気に息を吐いた。

 途中、眠りから醒めた幽鬼士オグナに襲われるというアクシデントがあったものの、今では白濁液まみれとなって横たわっている。



「次、目を醒ませば忠実な配下として俺に尽くすだろう。そういうふうに洗脳した」



 これから毎晩、いや毎朝、どの時間帯であっても不死種アンデッドな美女たちとイチャイチャできる。そんな中学生じみた願望を叶えることに成功したエルは、嬉々として鏡を覗いた。宙を浮くこの鏡は変哲のない、どこにでも売っている鏡だ。そこに、配下の視点を同調させる。



「さてさて、我が第一王妃はどうなっているのかね」



 同調する視界は、ルカヌスの後を追わせた一匹の蝙蝠。

 程なくして映し出されたのは、血と不死種が闊歩する気高い町並みだった。



屍食鬼グールか。どうやら眷属作りは成功したようだ」



 不死種:屍食鬼。下位吸血鬼ヴァンパイアによって血を吸われた者の成れの果て。

 それの存在はすなわち、上位吸血鬼の生成に成功したことの証明。



「上位、下位合わせて五体か。冒険者が多い町だから、優秀な眷属をもっと増やしてくれてもよかったんだが」



 俯瞰して見る町並みでは、屍食鬼を量産する下位吸血鬼の姿が見てとれた。そして、冒険者らしき者と刃を交える上位吸血鬼が二体。

 思っていた以上に派手に暴れているようだった。



「ルカヌスは……ほぅ。随分とまた、魅力的になったじゃないか」



 町から少し外れた一帯に、ルカヌスはいた。かなりの手練れとやり合っているようで、ルカヌスは満身創痍。吸血鬼の、真祖の不死性がなければ十回は死んでいるような攻防を繰り広げている。



「先の吸血鬼も十分魅力が詰まったおっぱ――ゴホン。魅力的なおっぱいだったが、我が妃はそれ以上だな。……やばい。おっぱいにしか目がいかぬ」



 吸血を行ったからか。女としての魅力を格上げしたルカヌスは、常人の男が見れば恋人すら忘れ触れたくなるに違いない。だが、まだ遠い。

 女に通用する魅了を得れば、彼女は真祖として完成されるだろう。



「夜明けまで三時間といったところか。聖女の祝福がされていないあの武装ではルカヌスを殺し切ることはできないが、夜明けまで時間を稼ぐのは容易か」



 見たところ冒険者のようだ。首元に垂れるプレートはA級を表す金色。しかし、実力はS級のそれ。ルカヌスはただでさえA級を冠す聖騎士パラディンなのだ。吸血鬼としてブーストした彼女を圧倒する人間など、そうそういない。



「S級昇格間近の猛者か。あるいは何らかの理由で実力を隠していた強者か」



 どちらにせよ、



「欲しいな」



 美しい容姿。抜群のスタイル。男を誘っているとしか思えない露出の多い武装。不死王リッチの隣に侍る秘書に彼女は相応しい。

 惜しいのは、彼女が生者であること。纏う+のエネルギーが煩わしい。生を誇り、尊く掲げたその命をドブ底に沈めて抱きしめて穢してやりたい。

 彼女はどんな顔で、死に堕ちるのか。ああ、想像しただけで胸が苦しい。彼女はきっと素晴らしい不死種になる。故に――



接続アクセス――我が地獄アビス



 配下の決闘に手を出すのは無粋極まりないが、許せよルカヌス。



「『尊き冥王の抱擁アイドーネウス』」



 蠕動ぜんどうする黒。

 生者に負のエネルギーを注ぎ込み、ステータスを大幅に下げる第六位階の黒魔法。常人ならば最悪、呪いを撒き散らして死に至らしめる禁忌指定の法だ。

 




 異変が起きたのは、今まさにルカヌスの首が刎ね飛ばされる――その瞬間だった。



「あ、あぁぁ――ぁぁぁぁああああ―――ッ!」



 絶叫。天をく、慟哭にも似た叫び。

 冒険者は鎌を落とし、天を見上げた。頭を両手で押さえ、苦痛と涙を撒き散らして叫ぶ。



「嫌、嫌イヤイヤ――やめてよ、離れてぇぇッ」

「なに……何をしたの、あなたは……!?」



 清廉だった女の乱れ様に、ルカヌスも動けない。一瞬だけ感じ取ることができた気配からして、これが不死王リッチの仕業なのは明白。

 ただ、一体何をしたのかまではわからない。目に見えてわかることは、一つだけ。彼女にまとわりつく禍々しい死のオーラが、彼女を苦しめているということ。



「どうして邪魔を……!」



 唇を噛む。彼女なら、私を殺せたかもしれないのに。

 僅かな人間性を保ったまま、死ぬことができたかもしれないのに。



「どうして……!」

「我が妃よ。その女を連れて帰還せよ」



 姿はない。ただ声だけが一帯に響いた。

 そしてそれは、命令でもあった。抗うことのできない厳命に、ルカヌスの体は即座に動いていた。

 くずおれ意識を失った女を抱き上げる。不死王の待つ迷宮へ歩を進めるルカヌスの鼓膜に、再び主の声が響いた。



「不服そうだな」

「………」

「まあいい。おまえに見せたいものがある。きっと喜ぶぞ」



 それだけを残して、声と気配は消えた。



「……不憫ね」



 胸に抱く女に向けて呟く。

 彼女が辿るであろう残酷な運命に、救いの手を差し伸べることすらできない。

 ああ、でも。

 同じ境遇の仲間ができることに対して、少しばかり嬉しさを抱く私もきっと、もう人間じゃないのだろう。

 歪に釣り上がる口角に気付かないフリをして、ルカヌスは数多の眷属を引き連れ帰還した。


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