個別ルート144 景♡



「景ちゃん!!?」

「……」


 突然の出来事。

 思ったことを素直に応え終わり、言葉を言い放った瞬間、景ちゃんは俺の首を掴んでいた。


「ひ、景ちゃん苦しぃ……待ってくれよ……」

「……」

「景ちゃん!!!」

「……」


 返事はない。ただ大きく濁った瞳が俺を見上げてゆく。

 そう”見上げてゆく”だ。言葉の通りそのまま文面を受け取ってくれて構わない。


 俺は現在、景ちゃんに首を絞められながら上へと持ち上げられているのだ。結論からして死ぬ程苦しい。

 でも景ちゃんの力を知っているからこそ分かるが、これでも彼女は理性が残っていて手加減してくれている。……そのはずだ。


 この状態でも対話を忘れてはならない。だから俺はなんで怒っているのかを聞いてみた。


 すると、


「先輩もいい加減相手の気持ちを考えた方が良いんじゃないですか??」

「え……」

「え、じゃないですよ? あれ私を虐めたくて言ってますか? 意地悪ですか? 嘘をつかないのが先輩のとりえじゃなかったんですか? 私を傷つけて楽しいですか?」


 珍しく景ちゃんからの言葉責めに戸惑うあまり、言葉を失ってしまうが彼女は止まらない。


「先輩と引き離された所為で悲しくて髪がこんな色になったんですよ?? 前の栗色の髪は先輩が褒めてくれたから気に入っていたのに……別れてから先輩といた大切な時間に気付けたんです」

「……」

「先輩が子供の頃に後輩の女の子にデレデレしてたから歳下が好きなのかと思って、本当は私の方が先輩より歳上なのに一学年下で入学したんですからね?」


 そうなん____え、待って? 景ちゃんって俺より歳上なの!? まさかの後輩詐欺とかいって嘘でしょ!?

 いきなりのカミングアウトに動揺もしているが、残念ながら絶賛首絞め中の為に思考を深めることができるわけがない。


「言葉使いだって変えたんですよ? あの時は素っ気なかったなって後悔したので」


 だからもう一度聞きますね、と景ちゃんは不気味な笑みを向けて笑っていない目で俺を見つめながら言い放つ。




「私のこと覚えてますよね?? あの夏の事を覚えてないなんてありえないですよ? 今なら許してあげますから正直に言ってください」

「____っ!?」


 僅かにだが景ちゃんの手に力が入っていく。これはいよいよ危険な状態だ本当にヤバいレベルで首が締まってきている。

 言ってやりたい「知ってる覚えてるよ」と嘘でも良いから言ってやりたい。それでこの状況が回避できるのならばいくらだって言ってやりたい。


 だがこの呪いは真実しか許さない。たとえそれが相手の逆鱗に触れることであったとしても、


「お、俺は景ちゃんと会ったことなんてない! 海に行った記憶なんて無いし、そもそも何を言ってるのか分かんねぇよ景ちゃん!!」


 真実の呪いの効果……いや違う。これが俺の本心だった。

 今まで親身になって俺のことを助けてくれて、自分の身体の事などを嘘偽りなく話してくれた景ちゃんに対して俺からできる敬意の想いだ。だからその気持ちが伝わってほしい。



 けれど俺のそんな想いは虚しく……景ちゃんの瞳から大量の涙が溢れ、




「……私が大好きな先輩は嘘をつかない優しい人です……」




 ____私が嫌がる嘘をつくが大好きな先輩の筈がないです……だから、





















 ____死ねよお前





 ミシミシと、不快な音が体内に響き渡る感じ、いよいよ本格的にやばいやつだ。

 でもなんだろうか……、景ちゃんにこんな悲しそうな表情をさせるなんてもう悲しさを通り越して怒りさえ覚えてしまう。自分にだ。


 もうここで終わっても良いかもしれない。


 諦めて足掻くことを辞め、強烈な苦しみと共に薄れゆく意識の中で瞼を閉じた。



 死を覚悟したそんな瞬間____


「止めよ」


 突如聞こえた声と同時に激痛と苦しみから解放される。


「____ゴホッゴホッ!!」


 解放されたとは言ったが苦しいことには変わりない。浜辺に倒れ込み吐血でもしてしまうかというレベルで咳を繰り返し、ようやく僅かな落ち着きを取り戻し状況を把握しようと周りを見た。


「……なんのようですか姫さん」


 離れた場所から恐ろしい眼光を向け、先程まで俺の首を絞めていた景ちゃんは自身の眼前に立つ神様、姫に向かって敵意を露わにする。


「それはこちらの台詞なのじゃ」

「……ひ、姫??」


 何か突然現れた姫はいつもと違い珍しく怒っているというか、こちらもこちらでとんでもない敵意を相手に向けていた。


「私との問題です……貴女は邪魔です」

「…………それは透に言っておるのじゃろうなぁ……」

「違います。そんなやつ先輩じゃありません」

「……」

「ソイツの始末は私がします」

「!!?」


 いつもの景ちゃんとは思えない感情の無い声、それだけで分かる。どうやら彼女の中で俺という存在に価値が無くなってしまったことも、


「……もう良いのじゃ。喋らなくて結構」


 姫は景ちゃんに手を向け、静かに呟いた。




「海野景……お主は”眠れ。永久に”……」

「何を言って____」


 姫の発言と共に景ちゃんが突然倒れ込む。おそらくこれは神の力だろう。


 ただ、


「姫!! 今”永久に”って……!!?」

「透」


 思った疑問を投げかけ答えを貰おうとしたが、姫が悲しく囁いた。


「お主の”願い”ではあったがこれ以上辛いじゃろう……」

「え……」

「お主から届いた願いはここで破棄するのじゃ、じゃから……」






 ____お主に記憶を返すぞ透よ。






「え」




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