個別ルート143 景 夏祭り
◆
海の音が聞こえる。一定のテンポで引き、しばらくしてから打つ潮となりコチラに迫る綺麗な波。
昼に来た時よりも潮が満ち、いくら月明かりに照らされているとはいえ、気をつけなければ呑まれてしまいそうな恐怖を感じてしまう。
神秘的で不気味、そんな二つの交わることのない要素を持つ海の側、浜辺を静かに歩いていた。
「……」
波の音と砂を踏み締める音しかしない世界の中で、
「……先輩待ってました」
彼女は静かに呟く。
言葉の通り知らない仲ではない。寧ろ逆、彼女”海野景”とは旧知とは言えないにしてもお互いに知らないことの方が少ない仲であることは確かだ。
なのに俺の心は戸惑いを隠せずにいた。
「……ひ、景ちゃん?」
夜風によって彼女の綺麗な白髪が靡く。
見慣れない光景ではない筈なのだが、自然と釘付けになってしまう。
理由は明白だ。それは景ちゃんの服装にある。
俺が知っている限り彼女は自分自身の可愛さを理解している部類の人間だ。
どんな服が自分に似合うのか、どんな角度が一番可愛く見えるのか、挙げればキリがない程に彼女は自分を分かっている。
だからこそ、
彼女が好んであまり着ない服を着ていて、さらにそれが純白のワンピースとなれば俺もシンプルに驚いてしまう。
こんな姿の景ちゃんを俺は見たことがないのだから、
「先輩どうしました? ぼーっとして」
「え、あ、いや? なんでもないぞ? 普段の景ちゃんと違うなぁとな」
ふーんそうですか、と一瞬考える素振りを見せると景ちゃんは俺に近づきソッと呟いた。
「____可愛いですか♡」
「あっ……スゥゥゥ____」
あ、これは駄目ですね。並の男なら惚れて告白して振られるルートですわ。でも大丈夫俺はクールな人間だからね対応できる。
「ま、ま、ま、ま、ま、ま、可愛いんじゃないかしらっ!!?」
「先輩動揺し過ぎですよ♡ 可愛いぃ♡」
「喧しいわ!!」
やめなさいって男子のメンタルは繊細なんだから勘違いさせるようなことしないでよね!? 思春期男子を舐めんなよ!?
……それよりもだ。
「どうしたんだよ景ちゃんこんな所に呼び出してさ? 戻ろうぜ皆待ってるよ」
「……なんでですか?」
「なんでって……もうすぐ花火だぞ? 皆で見ようって……」
「先輩」
俺が言い終わる前に言葉を遮って彼女は口を開く。
「私は先輩と一緒にいたいんです」
「……景ちゃん?」
率直な感想は戸惑い、珍しいことだ。何かと納得してくれる景ちゃんから自分の感情を人に押し付けることなどなかったから、
だから彼女から告げられた言葉に俺の動揺はより加速した。
「この服……覚えてますか? 前も一緒に海に行こうとしましたね」
「え」
「あの時は素っ気なくてすいません……」
「え……」
「勝手にいなくなってごめんなさい先輩」
「え……?」
「ようやく海に来れましたね……先輩……♡」
●
人間というものはあまりにも驚いてしまうと語彙力が消失してしまうらしい。
何故そう思うのか? もちろんそれは俺も例外じゃないからだ。
「え、は……あ、え?? な、なに?」
もう駄目駄目である。情けない限り。
「ふふっやっと言えました!! 先輩驚いてますね? 色々聞いてますよ?」
なにを? そう聞き返そうとしたがもはや景ちゃんには俺の声が届いてないようだった。
「先輩初恋の人を探してるらしいじゃないですか。また会いたいって」
「ま、まあそりゃな?」
「なにか伝えたい事でもあるんですか?」
「……伝えたい事」
確かにある。
朧げな記憶でとても曖昧だが、あの子にまた会えたらと昔から願い続けている。
……そうだ俺はまた彼女に会えたらこう言いたいんだ。
「ずっと好きだった」
「____っ!!!」
いつかこう言いたいんだ。
まともに覚えていないからこそ美化された記憶なのかもしれない。だがあの頃の俺にはあの子との思い出がとても支えになっていて、とても大切な存在だった筈なんだ。
いつの間にやら会えなくなった時は本当に悲しかった。だからもう一度会いたい。
「なら良かったです」
思ったことを静かに呟いた時、景ちゃんは俺を優しく抱きしめ言った。
「先輩♡ 私がその”初恋”の女の子ですよ♡ 海に一緒に行く時いなくなってしまってごめんなさい♡ 私先輩に会う為に頑張ったんですよ♡ これからはずっと一緒ですね♡」
耳元で囁かれる甘い声、同性が聞いても揺らいでしまいそうな程に色っぽい音色を奏でている。
だから俺は景ちゃんに思ったことを告げた。
……
…………
………………
「あ、いやごめん。初恋の人はいるけど少なくとも景ちゃんじゃないぞ? あまり覚えてないんだけどそれは分かる」
てか、
「海ってなんのことだ?? おれ本当に身に覚えが無いんだけど??」
気がついた時____景ちゃんの手が俺の首を絞めていた。
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