個別ルート141 紫② 夏祭り




「じゃあと……ジョニエル? 最初はあそこを見ようじゃない」

「あそこって……型抜きですか?」


 紫さんが指差す方に目をやると屋台袖に看板が置かれており、そこには傘や星など様々なマークの写真が貼られ、横には上手く出来た際の成功報酬の金額が記されている。昔からよく見かけるやつだ。


 でもふと思う。


「巡回と言っても何するんだ? いうて平和なもんだと思うのだが?」


 そんな俺の疑問に対して「分かってないわね」彼女は応える。


「人が大勢集まる場所には何かしら起こるもんなのよ」

「そういうもんですか」


 そういうもんよ、と紫さんの言葉にイマイチ確証が得られずにいると、


「ちょっとどういうことよ!!!」


 突然可愛らしくもあるが声色から怒りを露わにした怒鳴り声が響く。場所は目の前の型抜き屋からだ。

 

「……マジか」


 聞き覚えのある声に嫌々ながらも目を向けると、そこには綺麗な金髪ツインテールの誰もが振り返る程の美少女がおっちゃんに詰め寄っていた。

 というか知人だった……というか杏理だった。


 どうやら出来上がった型抜きの完成度について揉めているようだ。


「アンタこれが駄目って頭おかしいんじゃないの!? どう見たって出来てるじゃないのよ!!!」

「嫌駄目だな。ちょっと欠けてる」

「はぁぁぁ!!? 何処がよ!? アンタの目腐ってんじゃないの!? 私が最難関の龍を死に物狂いでやった!! 見なさいよこの鱗なんて途方もなかったのよ!?」

「駄目なものは駄目」

「ぐっ……そうそういうこと言うのね」


 おっと雲行きが怪しいぞ。

 俺の予想通り杏理は素早く浴衣からハンドガンを取り出しおっさんの額に押し当てる。


「アンタ今死臭が漂ってるわよ? どうかしら私がもう一つ空気孔を作ってあげても良いのだけれど??」

「そ、それモデルガンだろ!? そんなので脅されないぞ!?」


 いやヤバ過ぎだろアイツ。

 ちょっと紫さんこれ止めた方が良いのでは? と聞いてみるが、


「や、やめなよ杏理ちゃん……ね? 帰ってとー君達と合流しようよ」

「ぐぬぬ……」


 そうだった杏理にはストッパーいたんだった。

 桃色の髪が特徴なゆるふわ系に擬態した暗殺者女子、そんな属性盛り過ぎな真白さんがいるのだから安心である。


「そうだお嬢ちゃん友達を止めてくれ!」

「ね? 杏理ちゃん落ち着いて帰ろ?」

「そ、そうだ! そこのピンク髪のお嬢ちゃんみたいに型抜きのセンスないんだから大人しく帰れ!」

「「……」」


 あ、馬鹿だこの人。そんなこと言ったら____、


「……杏理ちゃん駄目だよ?」

「真白! アンタこんなに言われて!!」

「ここじゃ人目につくから……裏行こうよ」

「真白ぉ!!!」

「ヒィィ!? なんなんだよアンタら!!?」


 あら、とてもカオスな空間になっておられますわ。


 ……

 …………

 ………………


 さて、


「紫さんどうします? 現在進行形でトラブルが____」

「ほか次行くぞジョニエルー」

「まさかの放置!?」

「良いわねぇ祭りを楽しんでるわねぇ〜青春だなぁ〜」


 え、マジで放置なの!? この人やば何のための見回りだよ!!



 そこからしばらくもそんな適当な感じが続き。


「ほらジョニエルあれを見なさい」

「あれ?」


 先程からずっとこれ。

 あまりこの祭りに来たことがなかった俺に紫さんは色々教えながら、いつの間にやら見回りを忘れて祭りを巡っていた。

 そんなことで今回も素直に指差された方へ目線を向ける。


「……? なんですあれ?」


 よく分からない祭りの出し物に思わず首を傾げてしまう。

 そこには大きなヤグラが設置されており、その上にはスタンドマイクが置かれているだけという不思議な光景になっていた。


 疑問を解消する為に紫さんに聞こうとした時、


「来るぞ透!」


 と変装している意味を無くすように名前を呼ばれる。

 妙にテンションの高い紫さんを置き、ヤグラに再び目をやると、何やら人がヤグラに登りマイクに向けて声を張り上げた。


「サツキちゃーーん!! 私サツキちゃんのことが大好きなのぉーーー!!!」


 まさかの突然のカミングアウト。そして外野から返事、


「メイちゃーーん! 私も大好きだよーー!」


 返事を聞き盛り上がる二人と、二人以上に暑苦しく野太い声を上げて叫ぶ外野。

 俺は瞬時に理解した。


「これはねぇ! この祭り伝統の”ヤグラの中心で愛を叫ぶ”っていう告白イベントなのよ」

「いや名前そのまんまかよ!! なんそれ大人達の悪ふざけの間違いだろ!!」


 他人が聞くなんて野暮だろう。そう思い去ろうとした時、再びヤグラに登る二人の影に紫さんが気付く。


「あれ? あの二人って東鐘姉妹じゃないか?」

「え!?」


 驚きの発言に振り返り確認すると確かに天と乱華がヤグラに登っていた。


「……なにしてんだアイツら」


 状況を把握しきれず脳が機能を停止していると、大きな深呼吸の後に天がマイクへ想いを乗せたのだ。


「ご主人様ぁぁぁぁ!!!! 大好きだぁぁぁぁ!!!! 一生ペットでいさせてくれぇぇぇぇ!!!!」


 発した内容が分かっていないのか、それとも悪ノリなのか外野の野郎共は野太い声を上げる。

 ……うむ。なるほどね? うんうん分かった。とりあえずさらにはメッセージでこう送っておこう。




【お前を殺す】




 はい送信。さて次は乱華か。


「……私はお姉様みたいにハッキリと伝えることは苦手です。でもこれだけはちゃんと伝えたい……」




 お前に会えて幸せです。だからこれからも側にいさせてくれ……。


「……」


 静かでそれで芯の通った熱い想いが皆にも伝わったのか。先程より大きな歓声が周囲を満たす。


「へぇー? あの気難しい二人にも好きな人がいるんだな。良いわねこういうの青春って感じ……」

「そ、そそそ……そうですね。と、とりあえずあっち行きません?? 僕紫ちぇんちぇと祭りを見て回りたいでちゅわ」

「どうしたのよジョニエル? そんな目泳いで」


 なんでもないです。さぁ早くここから逃げましょう。なんでしたら二人で何処かへ逃げませんか?? この場に俺達二人でいるのバレたら言い訳できないですし。


 紫さんの家行かない?? 透さん今日……帰りたくないの……(絶望)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る