個別ルート140 紫① 夏祭り



「問題はお前の格好だよな雨上」

「問題? なんですかいきなり」


 祭りを回り始めて数分もせずに突然紫さんが渋い顔をしだした。問題とはいかに、


「ほら生徒と教師が二人でいるのなんてPTAが黙ってないじゃない? それのことよ」

「あ、紫先生にもそんな常識があったんですね。今年一番の驚きです」

「お? なんだ雨上喧嘩売ってるなら買うぞ?」


 ジョークですジョーク……半分は。

 それは置いとくとしても本当に状況的にはよろしくないだろう。先生の教師人生に関わるものだし。


 一番は俺が一緒にいないことでは? と思いついた案を提示しようとした時、紫さんが突然声を上げる。


「お! あれとか良いんじゃないか雨上!」

「え」


 紫さんが指差す屋台の方に目を向けてみると、そこには祭りの出し物ではわりかし定番のお面屋があった。


 手を引かれ屋台に向かってみると、最近のアニメのキャラや俺でも知ってるくらい古いアニメのキャラのお面が置かれており正直ワクワクしてしまう。

 お面という普段見ることのない非日常性のある物を見つけた時は男なら一度は欲しがってしまう物なのである。

 

 修学旅行での木刀、厨二心満載な手裏剣や刀のキーホルダーのようなものだ。


 話が少し脱線してしまったが、要点だけを分かりやすく伝えるとしよう。


「お面……無茶苦茶欲しい……」


 俺も例外なく男子だった。

 そこで迷うことなく気に入ったお面を買い、ノリノリで素顔を隠す俺を見て紫さんは不思議そうな視線を向ける。


「……本当にそれで良かったのか雨上?」

「ん、あぁこれですか?」


 紫さんが俺の顔に張り付いたそれを見て疑問を口にした。 


「もっと格好良いヤツとか可愛いやつとかあっただろうに」

「これで良いです。寧ろこれじゃなきゃ嫌まであります」

「そんなに?」

「この面がいいんです」


 そう言って素顔を周りにバレないよう紫さんに向けてお面を傾け見せつける。自分としてはかなり気に入っているが、何か思うところがあるのだろうか?


「人気なアニメキャラを差し置いてまさか”変身ヒーロー”のお面とはね、しかも古いヤツじゃない? それ」

「子供の頃に憧れていたヒーローなんですよ。だからこれが良いんです」


 そう”変身ヒーロー”とは一種の男子の憧れ、俺が生まれる前から休日の朝にやっているベルトを使ってヒーローに変身し悪と戦うというものだ。

 しかも俺が買ったお面は平成初期のヒーローであり、見た目やストーリー共に一番気に入っているヒーローなのである。


 もうテンションは最高潮。いい歳してと思われるかもしれないがこういうものは何歳になっても良いものなのだ。寧ろ歳をとってからグッズが欲しくなるもの。


 だからここは名言を言わせて欲しい。


「見ててください! 俺の……変身!!」

「馬鹿なこと言ってないで見回りデートに行くわよジョニエル」


 あ、了解っす……。


 どうやら先生にはネタが伝わらなかったようだ……悲しいね。とりあえず身バレ防止ができたので二人で祭りを見て回ることになった。


 あ、やっぱりジョニエルなのね……。



「ねぇジョニエルー? 私とのデート楽しいー?」

「紫さん貴女警備? だか見回りみたいなことしてるんだよな? デートじゃない。これは断じてデートじゃないからお手伝いだから」

「そこまでハッキリ言うか? なんだぁ? お姉さんを意識してるのかジョニエル〜?」


 いやまぁ、


「紫さんって正直無茶苦茶可愛いと思いますよ」


 俺の突然の発言を受け、意地悪そうな笑みを浮かべていた紫さんが「へ?」と間の抜けた声をあげた。


「紫さんって基本は気怠そうでちょっと喋り方も男っぽいと言うか普段は可愛さを見せないけど、時々見せる仕草だったり発言が無茶苦茶可愛いですしね」

「……へ、ほ、ほーん?」

「それに生徒のこと考えてくれてる良い先生だし、少し前家に行った時に授業の資料とかいっぱい転がってて少しでも楽しく分かり易い授業をしてくれようとしてるの知ってますし」

「……そ、そう? き、気のせいじゃ____」

「俺は……」






「そんな先生に会いたいから学校頑張って行ってるまでありますからね」

「……」

「あの学校に入学して一番良かったことは紫さんに会えたことですね」

「……」


 あれ? 気がつくと先生は黙ってしまった。

 なんだろう良くないことでも言ってしまったのだろうか? 褒めていたつもりだから特に思い当たる節がないのだが。

 自分の過ちを振り返ろうとしていると、俯いていた先生は顔を隠すようにして口を開く。


「……透」


 あ、ジョニエルじゃないのか……。

 とりあえずここは「はい」とちゃんと返事をしておこう。


「……お前そういうの素で言ってんのか」

「え、なにがです____あ、こう褒めてるやつですか? 勿論です俺は思ったことは正直に言うと決めてるんで」

「……なんでも?」

「自分嘘つけないもんで!!」(絶望)

「……ふーんそう誰にでも言ってるんだな……」


 するとゆっくり顔をあげた紫さんの表情は”無”なのだがなにやら悪寒が感じられる。例えるならまるで彼女の周りにだけ吹雪いているかの様な、それ程までに急激な温度変化が感じられる表情。

 思わず俺は生唾をゴクリと飲み込んだ。


 そして紫先生は冷酷な一言を呟いた。




「内申点……覚悟しときなさいよ……」

「なんでぇ!!? てかそれこの世で学生に対して最も恐ろしい人質ですけど!!?」



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