個別ルート134 夏祭り
「透も優しいわね」
なにがだよ、と大きなぬいぐるみを抱きしめながら歩く杏理に目を向ける。
「ほら的当てでせっかく景品取ったのに返してあげたじゃない? 私ならあぁはしなかったわよ」
誰が根こそぎ取ったと思ってんだよ。容赦なさ過ぎなんだよお前は。
先程の的当てで杏理が全景品を巻き上げたことで涙を流すおっちゃんの姿に胸を打たれた俺は、一番良い景品一つと返金してもらうことで残りの景品を返すことになったわけだ。
「なに良い感じに言ってんのよ。嘘は良くないわよ嘘は」
ぶっちゃけ歳とった大人のガチ泣きに引いたのが本音なのだが、
「にしたって一番良い景品がぬいぐるみなのは分からなくもないけれど……よりによってそれか?」
杏理が大事そうに抱き抱えるそれを見て、俺は目を細め残念な物でも見るような眼差しを向ける。
「なによ、可愛いじゃない」
杏理はそんな俺の態度に口を尖らせ明らか不満そうな様子だ。
どうして俺と杏理とでここまで反応が違うかというと、杏理の抱える大きなぬいぐるみに問題があった。本来ならば熊や猫、犬など色々な動物のぬいぐるみがある中で杏理のそれはどれにも当て嵌まらない。
その正体は……
「なんで”蛙”なんだよ……」
そう蛙、色々な可愛い動物を差し置いておっさんから渡されたのはまさかの蛙のぬいぐるみだったのだ。しかもリアルな。だが杏理は気に入ったようで、
「素敵じゃない蛙! 特にリアルな感じなのが気に入ったわ!」
「……まあお前が良いなら良いけどな?」
「ほら見なさい! この子リアルを追求してるから口の中から胃袋出せるわよ!」
「いやキモっ! しかも胃袋までリアル!? 大人の悪ふざけを誰も止めなかった結果に商品化してるだろそれ!」
「なによこのキモい感じが良いんじゃない」
百歩譲って”キモ可愛い”なら分からないでもないけど”キモい”は褒めてないんよ。
と、まあ色々あり皆と合流したのだが、
「おかえり二人とも____って何その蛙……」
俺達を見つけ最初に反応を見せた心はまるで犬の様に笑顔で寄ってきたのだが、杏理の抱えたぬいぐるみにすぐに気付き険しい表情を見せた。
「リアル過ぎて可愛くない……」
「だよな心そうだよな!? 見ろ杏理! これが世論だよ!」
「ぐぬぬ……」
それみたことかやはり俺の考えは間違っていなかった。皆も微妙そうな態度だしね。
「これ私の為に透が選んでくれたのよ」
「よく見たら可愛いかもそのぬいぐるみ」
おい。さっきと言ってること違うぞ心。
「流石先輩のセンスですね」
「とー君からのプレゼントなのかな? ……良いなぁ……」
いや君達ねぇ?
「フンッ! 私だって透からプレゼント貰ったことあるからな! 羨ましくねぇし」
「ご主人様からのご褒美……ゴクリ……」
手のひらドリル並みにクルックルじゃねぇかよ!! さっきまでの微妙な反応はなんだったんだ!! あんなぬいぐるみ誰が欲しがるんだよ!!
俺の名前を出した途端、先程までの皆の態度が一変したことで呆れてため息を溢していると、姫が俺の袖を軽く引っ張ってきたのでどうしたのか聞いてみる。
「儂もあの人形欲しいのじゃ」
「……」
マジかお前あのぬいぐるみ欲しいの? マジで? そうか……
「……」
どうやらもう一度的当て屋に行かないといけない理由ができたな。
●
皆と合流したのも束の間、次に祭りを回ることになったのは変態姉と爆弾妹の東鐘姉妹だった。何故二人一緒なのかというと、
「え、天お前この後用事があるのかよ」
「うむ。本当はご主人様と一緒に二人で回りたかったんだが……」
「それは私も同感だけど、お姉様と一緒なのは私的に最高だけどな」
しょぼくれる姉とは対照的に熱い視線を実姉に送る妹という光景、俺もいるの忘れないでね?
で、どんな用事なんだよそれ?
「あぁそれはだねご主人様、この祭りの最後に舞を披露するのさ」
「舞?」
「お姉様がこの神社、もといこの町の神様に奉納する舞をするんだよ。透お前ここら辺に住んでて知らねぇのかよ」
まさかのギャルゲー的イベントだなおい。
「いや祭りがあるのは知ってたけど」
「けど?」
「家でギャルゲーが俺を待っててな」
キモいって? 仕方ないだろうだって好きなんだから。
……あれちょっと待ってくれよ?
「天その舞って今日やるんだよな?」
「うむそうだぞご主人様」
「……」
いやそれってさぁ……?
「本番前に最後の練習とかするもんじゃないのか? いやよく知らないけどさ」
「む、よく分かったなご主人様その通りだ」
「だよなぁ!? そうだよなぁ!? お前こんなところで何してんだよ!!」
「見てくれ……お母様からこんなにも電話が……」
おい通知数が三桁じゃねぇか!! お前なにやってんだよ!?
「ご主人様との散歩を邪魔するようならどんな者が相手でも叩っ斬るまでだよ……」
「自分の親もか!? アホなこと言ってないで行くぞ! お前らの親に俺は目の敵にされてるんだからな!?」
強引に天の手を掴み二人を連れ急いで神社へ向かう。すると天は申し訳なさそうに俯き呟く。
「すまないご主人様……迷惑をかけてしまって……」
「いや気にすんなよ」
「ペットとしてあるまじき失態だ……」
「ペットじゃないけどね?」
この変態はもうどんな状況でもその呼び方を変える気は無いようだ。本当に困った変態なのな。
「ご主人様も見ただろう? お母様はとても厳しい人なんだ……」
「そうなんだな」
「昔から私達に興味が無い人で今回の泊まりも特に無反応でね……正直私はお母様に嫌われているんじゃないかと思っているんだ……」
「そうなんだな……ん? え?」
何言ってんだコイツ?
「私もお母様に嫌われてるかもしれねぇよ……」
「乱華……」
「ん? なんかおかしいぞ?」
俺の知ってる東鐘ママンとは別の人かな? いや聞きたいんだけど君達の母親ってどんな人なんだよ?
「「厳しくて私達に興味がない人」」
あれおかしい! 俺の知ってる人じゃない!
少なくともお前らの母親自分の子供大好きだろ!!? これはあれだ! なんか盛大な勘違いオーラを感じるぞ!!?
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