個別ルート133 夏祭り 杏理


 陽気な音楽が鳴り響き、無数にぶら下がった提灯の淡い光が神社から階段、その下の道路まで続き非日常的空間になる。

 道の端に様々な屋台があり、美味しそうな香りが周囲に満ちていた。

 祭りを楽しむ者達の目当ては様々だが、その中でもを目当てに来た者は多いだろう。


 というより俺達……いや主にがそうだ。


「透ー!! 儂綿飴食べたいのじゃ!!」

「はいはい買ってやるよ」

「ぬ!? イカ焼きじゃと!? それも捨て難いのじゃ!」

「あー買ってやるよ」

「ぬ!? たこ焼き!? りんご飴!? 西瓜すむーじー? けばぶ? というやつも気になるの……食べたい物ばかりで困るのじゃ!」


 もう好きにしてくれ。今日だけは祭りの屋台料理が高いのは目を瞑ってやるから。

 はしゃぐ姫にお小遣いを渡すと、一瞬にして目の前から消えて屋台へと走って行った。子供かよ。


「それにしても朝早く階段登って海に行った時はなんかやるのかなと思ったが、まさか今日祭りだったんだな」

「僕ね? 透とお祭りに行きたいから今日にしたんだよ? ほら透この祭り小さい頃から来たことないじゃん?」

「いやまあ実家からは遠かったしな」


 そう、前々から祭りのことは知ってはいたが、正直実家から離れていたのもあって来たことがなかったのだ。学生なら自転車があれば何処へでもいけるポテンシャルがあるが、


「夏にわざわざ人混みの凄い祭りに行く勇気はない。あと暑いし」


 これに尽きる。


「そんなこと言ってないで行くわよ透! 海で心達にかまったんだから今度は私をエスコートしなさい!!」


 イマイチモチベーションの上がらない俺の腕に杏理が抱きつく。それを見て心達が文句を言っているが杏理は引く気がないらしい。


「うっさいわね皆良い思いしたでしょ? 順番よ順番……ま、まあ? 私は別にどうしても透と一緒にいたいというわけじゃないんだけどねっ!?」

「じゃあ無理にいなくても良いぞ? 暑いし腕離せよ」

「アンタの耳に銃口合わせてピアスの穴空けてあげるわよ? 良いの?」


 そのピアスの穴恐ろしくデカい穴ですけど!? てか下手したら耳ごと無くなるだろうが!!


「杏理早いとこ行こうか! 祭りを楽しもうぜ!」

「そ、そう? まあアンタがそこまで言うなら一緒に行ってあげなくもないわよ?」


 と言いつつも照れながら銃口を俺に向けるのやめてくんない? この祭りという空間なら玩具だと思われて銃がバレないのを良いことにいつまでも出してるなよ。物騒だろ。


「じゃあ行くか」

「その前に待ちなさい」

「なんだよ?」

「……」


 人を突然止めておいて黙ってしまった杏理だが、その顔はたちまち赤く染まっていき、しばらくして静かに口を開いた。


「ゆ……浴衣……」

「浴衣?」

「……」

「ん? ……ハッ!?」


 再び黙ってしまった杏理だったが、即座に俺のギャルゲー脳が答えを導き出したのだ。

 

 これってあれか? もしかして浴衣について似合っているかどうかを聞いているんじゃないだろうか? この真っ赤に染めた頬とモジモジ恥ずかしそうに俺をチラチラと見ているし、まず間違いないかも知れない。俺の灰色の脳細胞が言っている。(名探偵)


 ならやることは決まっているギャルゲー教科書で習ったやつだ。


「浴衣似合ってるな杏理」

「ッ!? ……ほ、本当に?」

「おう。可愛いと思うぞ」


 透さん嘘つけないからね。


「あ、ありがとう透♡」

「え、あ、うん……」


 可愛いなコイツ。

 思いもしなかった突然の杏理の可愛さに少し動揺していると、背後からソッと肩を叩かれる。嫌な予感と共に振り返るといつものメンツがおり、


「「「「「……」」」」」


 真っ黒な瞳で俺を睨みつけていた。

 ……うん、ここは俺にできることは一つだ。


「……皆も可愛過ぎるっぴよ?」


 ここの作戦は”命を大事に”で行こうか。




「凄いいっぱい屋台があるのね透!」

「おうそうだな」


 皆との話し合いの結果、二人きりで行動することになった俺達は祭りを見て回っていた。


「見て金魚掬いだって!」

「お、やってみるか?」

「いや私魚無理なのよ」

「さっきのテンションはどうした?」

「見て透! クジだって気になるわね!」

「クジ?」


 杏理の指差す屋台の方を確認すると箱から無数の紐が生えている。

 どうやら選んだ紐を引っ張るとランダムな景品が貰えるというやつらしい。割と夏祭りにあるイメージだ。杏理はあれが気になるのか?


「あれね、本当に当たりの景品があるのか全部買って動画回したいわね」

「やめなさい」


 なんかそんな感じなのを動画投稿サイトで見たことあるぞ。あれ無茶苦茶揉めてる感じだからやめようね。

 そんな感じで見て回るだけでイマイチ遊ぼうとしない杏理と共に雑談をしながら歩いていると、杏理がとある屋台の前で止まった。


 突然止まった姿を見て声をかけようとした時、杏理が屋台の方まで進み店のおっちゃんに声をかける。


「これやってみたいのだけど」

「お、嬢ちゃんやるかい? 千円で弾五発だよ」


 はいこれ、とおっちゃんにお金を渡しコルクの弾が置かれた小皿を受け取り、銃へ装填してゆく。

 

「的当てか……」


 そう、訪れた場所はコルクの弾で景品を撃ち落ちた物を貰える昔からある的当て屋台に杏理が飛びついた。

 さすがプロだ。どこまで行っても銃が好きらしい。


「銃身が少し曲がってるわね。もっと手入れした方がいいわよ。これじゃもしもの時に自分を守れないわよ」

「じょ、嬢ちゃんなんか手慣れているねぇ……もしかして経験者かい?」(的当ての)

「そうね……これは私の商売道具だったから……」(元殺し屋)

「なるほどベテランってわけかい」(的当ての)

「こう見えて”プロ”よ」(元殺し屋)

「なっ!?」


 何言ってんだコイツら。


 結論として杏理が全景品を取ってしまい、男泣きするおっちゃんという世にも珍しい夏祭りの風景を見ることになってしまった。


 杏理さんもう少し手加減しなさい。


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