個別ルート130 海編⑤ 心





「酷い目に遭った……」


 景ちゃんに吹っ飛ばされ、なんとか海から生還した俺は休憩の為にパラソルの下で寛いでいた。

 海面に叩きつけられ泳いで戻って来たことでかなり体力を奪われたらしく、シンプルに疲れて少し休憩を挟んだ。


「アイツらの体力は無尽蔵か?」


 少し離れた場所では今も皆がビーチバレーをしている。ボールを粉砕する関係から景ちゃんは審判らしき役をしており、真白と杏理のチームに姫を合わせた三人と、天と乱華の姉妹チームの試合となっている。

 といっても殆ど身体能力が飛び抜けて高い天と真白の勝負みたいだ。


 ってあれ? 心は?


 そう思った瞬間に耳元から甘ったるい声が脳に届く。


「ねぇ透♡」

「____!!?」


 突然聞こえて来た声にもそうだがその声がどこか色っぽく、けれど何故かゾクリと身の危険を感じてしまい思わず距離を取ろうとしたが、その声の主に素早く手を掴まれ逃げるすべを失ったのである。


 まあ皆が遊んでいる時、こんな状況でそんなことを出来る奴は一人しかいないわけで……、


「こ、心さん? なんか近くないか?」

「んー? なんでいつもこんな感じじゃない?」


 そう言いながら完璧に自由を奪う為か俺に跨る心……って待って!?


「ちょっと待て! さすがにこの体勢はヤバいって!! 他の奴らにバレたら終わる!! てか心お前は本当に女子か!? そんな格好で何やってんだ!!?」

「んー? 僕何言ってるのかよく分かんなぁい♡」


 このやろう無知を装っているけどバレバレだからな!? とにかく皆に見つかる前に早く降りろ!!


「僕は透の創造で生み出された理想の彼女だぉ♡ この状況は透が深層心理で望んでる状況なんだよ♡」

「おのれは俺が”スク水女子に馬乗りにされて妖艶な笑みを浮かべられながら耳元で非常によろしくない言葉を囁かれる”のが好きな変態と言ってんのか!? 俺にそんなフェチは無い!」

「僕の中の透はそういうゲームが好きな認識なんだけどなぁ」


 人を二次元と三次元の区別もつかない変態にすんな! 俺はノーマルだ!


「でも何かと色々なことをギャルゲー脳で考えるじゃん透って」


 それは仕方ないよ。だってギャルゲーって人生の教科書だからな。


 納得いかないって? うるせえ細かいことは良いんだよ。とにかく早く降りろって。


「全然嬉しくない?」

「嬉しくないわ」

「……ふーんそっかそういうこと言うんだ?」


 なんだよ……、と含みのある言い方をした心に疑問を覚えた時、心は静かに、それでいて感情のない真っ黒な瞳で俺を見下ろしながら告げた。




「僕の言うこと聞いてくれないなら……」

「なら……なんだよ?」

「このまま水着を脱いで透に襲われたって叫ぶ」

「お前は鬼かぁぁぁぁ!!!?」


 拝啓、心太郎君。

 あの頃の君は何処へやら……今の君は俺を脅せる程立派な娘になってしまったよ……悲しいね。




「こ、心?」

「なぁに透?」

「いや心のしたいことってこれで良かったのか?」

「うんそうだよ」

「そ、そっか……」

「透は僕に膝枕されるの嫌?」


 あ、いや、嫌じゃないですはい(太ももフェチ)


 心の要求を叶えようと身構え、どんな恐ろしいことをやらされると思ったら意外にもただ普通に”膝枕したい”というお願いであった。

 そんなことで良いのなら、と要求に従い心の太ももに頭を置き寝っ転がってみたが正直拍子抜けである。


 ただまあスク水女子に膝枕してもらっている絵面は結局のところ他の奴らに見られるのは非常によろしくない訳で、


「もう良くないか?」


 恥ずかしさとバレる可能性、二つの恐怖で終わらせようとしてみる。


「駄目♡」


 けれど心は首を縦に振ってくれない。

 こうなったら仕方ない。とりあえず心のしたいようにさせるしかないだろう。


 解放されるのを諦めて太ももを満喫していると、心が俺の頭を優しく撫で始めた。


「透の髪肌触りが良いね」

「そ、そうか?」

「うん、僕ね透の髪質好きだよ」


 それに俺はなんて答えるのが正解なんだ……シンプルに照れくさいのだが……。


「なんか洗い立てのゴールデンレトリバーみたいな感じで」

「まさかの犬? それ褒めてんのか?」

「褒めてるよ! だってゴールデンだよ? モフモフじゃん!」


 にしたってまさか犬で例えられるとは、とはいえ褒められたからには喜ぶべきなのか?


「よーしよしよしよし♡」


 どっかの動物大好きおじいちゃんみたいにわしゃわしゃ撫でるな心。止めろ落ち着けお前が撫でてるのは人間だぞ。


 そんなご機嫌な心はいつまでも俺の頭を撫でていると思っていると、突然手を止め海を眺めながら静かに呟く。


「僕ね、透のこと本気で好きだよ」

「……そっか」

「嬉しい?」

「まあ嬉しいけど」

「本当?」

「嘘じゃないぞ」


 なんせ俺は嘘がつけないからな。

 知ってるって? もうあれだな俺の隠したかったことは皆に筒抜けなのな。


「透は昔から優しいから」

「俺は別に優しくない」

「優しいよ。だっていきなり男友達が女の子になって告白してきたんだよ? 普通なら引くでしょ」


 いや別にそこまで……ってそれ告白してきた自分で言うか?


「性別に関係なく透は見てくれてる。だからきっと僕が男の時に告白しても透は拒絶しなかったと思う」

「……」

「透にとっては男とか女とか関係無く僕は僕なんだろうし……」 

「……」

「今の自分のことを僕は好きだよ? 透の側にいられるし……でもなんか……」


 心の表情が暗くなり、なにか思ったことを漏らさぬようにグッと口を塞いでいる。そんな心の言いたいことが長年一緒にいる所為で分かってしまって……


「なんでもない。僕も皆の所に行って来るよ。じゃあね透」


 いきなり膝枕を止めて駆けて行く心の後ろ姿は何処か寂しそうに見えて、俺はその姿を見て静かに言葉を溢す。



 心の思っていることは正解だよ。






「俺はお前達の期待に応えることは____」






 俺の言葉は海の音にかき消された。


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