通常ルート118 景 露音姫 デート中編




 賑やかな外の声、音だけで分かる程に人が行き交い、各々が好きに買い物をしている。

 そして隣でも鼻歌を歌い上機嫌で試着をする景ちゃんの声が届く。


「……」

「……」


 だが俺達のいる空間はとても賑やかという感じではない。


「どうしたよ姫黙ってちゃ分からないだろ?」

「……そ、そのあれじゃ」


 いつも喧しいのに珍しくしおらしい姫は、試着室に連れ込むというバレれば俺が社会的に終わる行為を行なっておいて無言だったが、俺の問いにようやく口を開いた。


「の、のう透よ……さっき言ったことは真実なのかのぉ……」

「え、さっき?」

「ほら言ったじゃろ? ……可愛いって」

「ん? おぉ言ったな」


 お前の顔を赤くした反応に対して言ったけどな。


「嘘ではなかろうな……」

「呪いをかけたお前が言うか? 俺嘘つけないからね?」

「そ、そうじゃが」


 なんだろう。何かいつもと反応が違うというか、どうしたのだろう風邪でも引いたのか?


 正直なところ別に真実の呪いの影響で嘘を言えなくなったわけではない。

 ただ二割しか成功しない嘘をつくより、正直になった方が良いなと思ったから嘘をつかないだけだ。

 さらには下手に発した言葉は良くない方に変換されるのもあって言葉には気を付けているつもりだし、姫は何が言いたいのか。


「そんなに可愛いのかの……」

「おうそりゃ可愛いだろ」

「うっ……」


 さすが店で売られている商品というか、その水着はとても可愛らしいと思うが姫は何を気にしているのか? あ、そうか。


「もしかしてその水着が自分には合わないと思ってんのか? 大丈夫だって素材が良いんだから似合うだろ」(水着のデザイン的に)

「そ、そんなことなかろう! 素材が良いなどと茶化すな……」(自分の容姿的に)

「いや事実良いだろ可愛いし」(水着が)

「そんな可愛いと連呼するでない! 恥ずかしいじゃろうが! 可愛くないわ!」


 え、何故に……じゃあなんでそれ試着しようと思ったんだよ……。


「じゃあ別なの試着すれば良いだろ」

「む、何を言っておるのじゃ? これは可愛いからの試着するのじゃ」

「さっき可愛くないって自分で言ったじゃないか」

「ん?」

「ぬ?」


 あれなんだろう? 話が噛み合わないぞ?

 そう不思議そうにしている俺に姫は「ちょっと待て」と一言発してから続ける。


「……透よお主が可愛いと言ったのはなんじゃ」

「何ってお前が手に持ってる水着しかないだろ」

「……」

「どうしたよ姫?」

「……今の儂ならお主を殺せるやもしれぬ」

「何故に!?」


 今までに見たこともない姫の眼光、というより心や景ちゃん達が怒った時の様なドス黒い眼差しは怖い……とは特に思わない。見慣れてるからね。


「ほれいつまでおるのじゃ変態!! サッサと出て行け! 人を呼ぶぞ!」

「ちょっ!? お前が連れ込んだんだろ!?」

「五月蝿い早う出て行け!!」

「押すな押すな!」


 態度を急変させた姫に蹴飛ばされ試着室から追い出されそうになる。

 分かったから押すな! 分かったから出るから!


 そして試着室の仕切りのカーテンに手を掛けようとした時、隣の試着室から声が響いた。


「先輩お待たせしました____あれいない?」


 おそらく景ちゃんが試着を終えたのだろう……あ、ちょっと待って?

 俺は即座に試着室から出ようとしていた足に踏ん張りを入れ、姫に小声で訴える。


「姫今は駄目だ!! 死ぬ! 俺殺される!!」

「いっそ一度死ねばまともになるのではないか!!」

「一度しか死ねないんですけど!?」

「黙れこの唐変木がっ!!」

「お、お、落ち着け」


 とりあえず辞めてくれよな? 景ちゃんがいなくなるまではね?


「先輩何処行ったんですかぁー! 早く出て来ないと関節技かけますよぉー!」


 やばい早く出て行きたい……あ、今出ていったら関節技より酷い目に遭うじゃん……。

 

 するとカーテン越しから、


「姫さーん? 先輩知りませんかー?」

「ッ!!?」


 姫! ここは誤魔化してくれ!!

 俺の訴えかける態度を見て、姫は意地悪そうな表情を見せたがとりあえず応えてくれた。


「んー? 儂はなんも知らんぞー?」


 ナイス姫!! 愛してるぞ!!


「そうですか? 何処行ったんでしょう先輩……電話してみましょうか」


 不味い!!


 即座にスマホの電源を切ろうとした時、カーテン越しに景ちゃんに声をかける者が現れた。


「おや海野君じゃないか、こんな所でどうしたのかな?」

「あ、東鐘先輩」


 まさかのタイミングで現れた天と俺がいなくなった事について話している。試着室の目の前でだ。

 とりあえずここは黙って乗り過ごそう、そうな事を考えていた時、天は心配そうにしてる景ちゃんにはっきり告げた。


「何を言っているのかな? ご主人様なら此処にいるだろう」

「え……」

「この試着室からご主人様の匂いがするよ」

「へー……」


 一瞬で冷や汗が湧き出る。脈打つ鼓動も途轍もなく早くなり、生命の危機を感じてしまう。


「姫さん開けますね……」


 試着室のカーテンが解き放たれ、景ちゃんと天の二人と目が合う。

 無言の二人に何を伝えようか、と深く瞬時に思考した結果、俺は一つの結論にたどり着いた。


 まずは状況的にお約束のこれだけは言おうか____




「いやんえっち……」

「「……」」




 二つの拳が襲いかかったのは言うまでもない。


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