通常ルート96 体育祭 後編②
◆
いつもこうだった。
昔から何も上手くいかない、そんな人生。
それなりに裕福な家で生まれ、なに不自由なく生活していたのに私の人生は一変した。
ある日のこと、両親と共に別荘へ向かっていた時、事故に遭い私は一人になったのだ。
だが、それだけじゃ終わらない。
突如現れた親戚に両親が残してくれていた財産を全て奪われてしまい、さらには私を引き取ったその親戚は私を残して行方不明になってしまったのである。
そして____
不幸が重なったことで父と母、家、そして生きる意味を無くした私は途方に暮れていた時に組織に拾われた。
とても良い環境ではなかったけれどそこで技術を磨き、それなりに有名な殺し屋になった。
当時の私にはもう生きるための選択肢がそれしかなかったのだ。ましてや子供だったのだからしょうがない。
辛い思いをしてきた。いや辛いなんて言葉で言い表せない程に絶望的な状況を必死で生きてきた。
だから私は改めて思う。
「本当に最悪……」
白かった体操服が土で汚れ、どうやらあちこち擦り剥いてしまったらしく身体中が痛い。
「なんでこうなるんだろう……」
落胆する声が聞こえる。
お前のせいで赤組の負けだ。
そんな声が聞こえた錯覚に陥ってしまう。
けれど実際に言っていなくてもそう思われてもしょうがない。逆転できるかもしれない最後の場面で転んでしまったんだから不満を感じるのは当然だ。
昔から私は運動が得意ではなく、ある程度の近接訓練はしたが所詮は付け焼き刃、運動神経の駄目さをカバーするためと、才能もあったことで狙撃に特化したのである。それでも努力したし結果を出そうと一生懸命やったのだ。
でも駄目だった。
走る練習もしたがやはり駄目だったのである。
「……なんでよ」
折角アイツが見てるのに……、
自然と涙が溢れ落ちてゆく。
泣くなんて一体いつ振りだろうか、血反吐を吐く程の訓練をしてきたがそんなに泣いたことは……と思ったけれど考えてみたらアイツの所為で最近涙脆くなった気がする。
「本当に格好悪いじゃない私……」
情けないけれど事実だ。こんな重大なところでこんなヘマをして……
「そういえば前もこんなことあったなぁ……」
あの時もこんな感じだった。
転んでしまい痛くて泣いていた時に話しかけてくれた男の子、また会いたいあの子。
そうだあの時も男の子は私に優しく声をかけてくれたのだ。
もう一度会いたい……。
「よう大丈夫か?」
「え……?」
いきなり聞こえた声にゆっくりと顔を上げて、声の主人に目を向けた。
「な、なんで来たのよアンタ……」
眼前の光景に対して率直に思ったことを口にしてみる。すると彼はいつも通りの優しそうな表情で私に言ったのだ。
「困ってる人がいたら来るだろ」
だからさ、
「泣くなよ杏理、折角可愛いのに台無しだぞ?」
「____ッ!!!」
どこかで覚えのある言葉、なんだか凄く懐かしさを感じる言葉に私はソッと息を呑んだ。
「立てるか杏理?」
何事もない様子で、さもそれが当たり前かのように困った人に手を差し伸べる彼に、私は涙を拭いて笑みを溢しながら告げる。
「……肩」
「ん?」
「……肩貸しなさいよ」
擦り剥いたのか? と私の状況にすぐに気付き心配してくれる彼に言う。
「……別に平気」
「そうか? でも終わったらすぐに保健室行くからな」
うん……、
「ねぇ雨上?」
「なんだよ?」
「……ありがとね」
私のお礼の言葉を聞いて雨上は軽く応える。
「俺が好きでやってるだけだから気にすんな」
本当にこの男は、平然とこんなことをするのだ。全く……
「女の敵」
「え、なぜに???」
◆
「痛……」
杏理のもとに駆け寄り、肩を貸して立ち上がることはできたが、怪我の所為でまともに歩けない状態だった。
「大丈夫か?」
「……ぜ、全然平気よ」
「無理すんなってなんだったらおぶるぞ?」
「……そ、そうやって私の弾力を確かめようとしてるんでしょ? 魂胆が丸見えなのよ」
こんな状況で何を言っているのだコイツは、全くここはしっかり叱るしかないようだ。
でもあれだ、変に否定すると本当にそれ目的みたいになるのではないだろうか?
よし、ならここは俺の話術で杏理を分からせることにしよう。
「誰がお前の断崖絶壁に興味あるか、俺はロッククライマーじゃねぇんだよ。天レベルになってから出直してこい」
あ、真実の呪い先輩のこと忘れてました……ちっす先輩ご無沙汰っすね帰ってくれませんか??
だが悲しきかな発した言葉を戻すことはできない。
「殺ス」
「待て待て待て落ち着け!! お前どこから銃出してんだよ体操服だろそれ!? てかバリバリ皆が見てんだぞ!?」
「いくら”元”でも商売道具は肌身離さず持ってるわよ」
なるほど、確かにその通りか……あれ待って?
「今お前体操服のズボンの中から出さなかったか? つまりその銃ってパンツに触れてたや____」
「殺ス! 百回殺ス!!」
「ちょっと待てぇぇ!!?」
マジで落ち着けそんなことしてる状況じゃねぇだろうが!!
状況をよく見ろ、と落ち着かせ後ろを見てみると、今までの赤組の走者が早かったのもあってまだ白組とは離れている。
でも足を引きずっている杏理と共にゴールに向かう間に抜かされてしまうだろう。
ただそれでも勝手にコース内に侵入した俺を止める教師がいないことを考えると、杏理が転倒したことに同情し目を瞑ってくれているに違いない。てかそれなら助けに来てくれても良くない??
まあ良いかそんなことよりも、
「ゴールまで歩けるか?」
「馬鹿にしないでこんなのどうってことないわよ」
強がっているが杏理は苦悶の表情を浮かべている。無理をしていることは間違いないはずだ。
それでも頑張って進んだことで、いよいよアンカーとして杏理を待つ者が見えてきた。
真っ赤な髪を後ろで二つに縛り、十人が見たら十人が美少女と答えるだろう可愛いらしい奴は、今か今かと俺達が来るのを待っている。
そんな俺が嘘を言えなくなってしまった元凶の奴……
その神様は腰に手を置き、安定の上から目線で言った。
「おう杏理、透! 早く来るのじゃ!! この儂が赤組を勝利に導いてやるからまあ任せるのじゃ!! 儂が本気出したら時速三十キロで疾走できるからの!!!」
「お前は仮面◯イダーか?」
あ、駄目だ負けたわこれ。
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