通常ルート94 体育祭 中編②





 ____昼休憩


 奪われた衣服を取り戻した俺は各自で好きなように昼飯を食べる皆から離れ、久しぶりに廊下の隅にある自販機が置かれた階段へと来ていた。

 そしてそこには見知った人物、金髪のツインテールに吊り目の彼女はまるで待ちくたびれた様子で口を開く。


「遅かったじゃない雨上」


 同じ時間に休憩に入った筈の杏理は既に階段に座っており、お弁当箱を膝に置きながらこちらを見上げている。

 

「これでも早く来たつもりなんだけど?」

「……本当は一緒に食べたくなかったとかじゃなくて?」

「だったら最初の時点で断ってた」

「皆は?」

「撒いてきた」


 ふーんそう、と頬を赤く染めているがなにやら反応の悪い杏理に俺は言い返す。


「なんだ皆来た方が良かったか? 言ってくれれば呼ぶけど?」

「そんなこと言ってないじゃない!! 良いわけないでしょぶっ放すわよ!?」

「物騒過ぎんだろ……」


 何処からともなく取り出したハンドガンを俺へと向けて安定のツンデレを披露する杏理だが、本当と分かっていても伝統芸感があるせいで緊張感が無く咄嗟に避けようとも考えない。我ながら危機感の無さが恐ろしいが……まあそれは一旦置いておこう。今はそれより大事なことがある。


「じゃあお昼食べましょうよ」

「お、そうだな」


 いつも通りココアとミルクティーを自販機で買い、杏理からの提案を受けて俺は杏理から少し離れた場所に座ると、俺達の間に大きな重箱が置かれた。


「まさかの重箱!」

「何? 嫌だった? ……嫌なら食べなくていいわよ」

「いやシンプルに驚いただけだ。重箱なんて小学生の頃の運動会以来でな」

「本当に? 重たいとか思わないわよね?」

「いいや全く、むしろいっぱい食べたいから嬉しいまである」


 そう正直に告げると杏理は僅かに笑みを溢して、


「なによそれ? あんまり食べ過ぎちゃうと午後の競技に響いちゃうわよ?」

「午後の競技って言っても俺個人競技出てないから良いんだよ」

「団体競技があるじゃないの」

「そこはほら、あれだよ。対抗なんだから接戦じゃないとつまらないだろ? 多少手を抜いたところで勝負事には良いスパイスだよ」

「なんか自分がサボるのを正当化してない?」


 気のせいだろ、と応えると杏理は目を細めて疑いの目を向けてきた。

 なんだよその目は……そんなに見つめるなよ穴開いちゃうだろこら。


「オススメは額に穴開けて新鮮な空気を吸うことだけど? どうかしら??」

「さあさあそろそろ昼食べようぜ! 腹減ったわ!」

「無視すんじゃないわよ!」


 突如発砲音が響き渡り顔の横をとんでもなく速い物が通過した感覚に襲われた。

 確認すると杏理が場所も考えずに普通に引き金を引いており、辺りに響いていた銃声は余韻だけが僅かに流れ階段を落ちる薬莢の音が耳に残った。


「お前アホか!? 本当に撃つ馬鹿がどこにいんだよ明らかに頬掠めてったぞ!?」

「う、うっさいわねアンタが無視するからじゃないの! 当然の報いよ!!」

「当然って……どんな正当な理由があっても銃で撃たれるような理由があってたまるか。お前はどこぞの何にでも風穴開ける女かよ」

「ちなみに好きな食べ物は桃まんね」


 止めろ止めろそれ以上はいけない。


「そんなことは良いから早く食べるわよ」


 そんなことって……誰が始めたと思ってんだよ……。

 まあもう良いか、とりあえず早く食べるとしよう。急がないと心達にも見つかるかもしれないしな。


 何事も無かった様子で重箱を開ける杏理、そしてその中身を見て俺は、おー、と歓喜の声を上げた。

 重箱には俺の好物のいなり寿司は勿論だが、唐揚げや卵焼き、さらにはタコさんウィンナーと様々な料理に色合いのサラダもあって、とても魅力的な子供が好きなおかずを全て詰め込んだ物になっている。とても気分が高揚してしまう。


 しかも、


「めちゃくちゃ美味しいんだけど……」

「ほ、本当に? 嘘じゃなくて?」

「いやもっと自信持てって! 杏理無茶苦茶料理上手くなってるぞ本当に!」

「そ、そんな褒めなくていいわよ……」


 いや実際に料理を始めた時から味見をさせてもらっているが、劇的に上達しているところから本人のやる気が伺える。杏理はかなり頑張り屋らしい。


 そこでふと思い出す。


「なんかこうして学校の行事でこんなしっかりしたお弁当食べたの久々な気がする」

「そうなの? 雨上は小学生の頃とか家族で食べたりしなかったの?」

「あーいやウチはさ……」

「ん? なによ?」


 一瞬言おうとしたが思わず言葉を飲み込んだ。正直心にはちゃんと話してはいるが他の奴には言ったことがない俺の両親の話、少し考えたが別に言わない理由もないので話すことにした。


「ウチ実は両親が家にいなくてさ」

「え……そ、そうなの?」

「あ、いや仕事でいないだけだからな? 変な意味じゃないから」


 明らかに杏理が心配そうな反応をしていたが、俺の言葉を聞き「なら良かったわ……」と見るからに安心している。

 本当に杏理はツンデレで銃を扱う元殺し屋だけれど、誰よりも優しい奴なのだ。


「俺の両親は科学者でな、研究で忙しくて小さい頃から家にいなかったんだよ」


 それを別に嫌だと思うことはなかった。

 祝い事は極力祝ってくれたし、仕事の都合上放任主義になっているけれど両親共に嫌いではない。

 仕事で忙しいことを理解も納得もしていたし、頑張っている両親を家で待つのも好きだった。ただそれでも、


「小さい頃は気にしてないと思ってたけど、実は寂しかったんだと思う」

「……雨上」

「世の学生なら親のいない状態に憧れるかもしれない」


 けれど、常に親がいない環境というのはなんだかんだ口にはしていなかったが、間違いなく子供には寂しかったんだな、とそう言い切れる。


「……雨上も大変だったのね」

「今は割と一人でいられて気楽だけどな? やりたい事好きにできるし」

「ねぇちょっと私の感動を返してくれない? 最後の最後でガッツリ思春期男子高校生が出てるわよ??」

「まあともかくありがとな杏理」


 こうして学校行事で大きなお弁当を食べるという小さい頃からのさり気ない夢が叶ったのだ。杏理には感謝しかない。


「……う、うっさい。私が好きでしてる事なんだから……これも料理の練習のためなんだからね!!」

「おう安定のツンデレだ」


 ツンデレ言うな、と軽く小突かれツッコミを入れられたが、痛くもなくただ可愛らしいだけである。


「でもこれで安心だな」

「なにがよ?」

「いやほらもう杏理の料理の腕前凄いからさ、これなら心を誘っても大丈夫だろうって思ったんだよ。心も杏理の料理にビックリするぞマジで」

「……そうねそろそろ心に披露しても良いかもしれないわね」


 おうアイツの驚く顔が目に浮かぶわ。


 杏理は心に料理を振る舞うということを目標に頑張ってきたんだ。いつまでも俺に褒められるよりも心に褒められた方が嬉しいだろう。

 うんうん、と頷いていると杏理が静かに呟いた。


「ねぇ雨上」


 突然の呼ぶ声に返事をすると、


「あんまり私といる時に他の女の話しないでくれない?」

「え、あ、ごめんな?」

「気をつけなさいよね」


 じゃないと、


「殺したくなっちゃうから」



 ……

 …………

 ………………



「えぇ何故に……怖っ……」


 何事もなく食事をする杏理、本当にさっきとんでもないことを言ったとは思えない反応だ。

 そこからはただ無言で食事をした。

 何かは分からないが機嫌が悪い杏理、どうやら逆鱗に触れてしまったらしい。


 とりあえずお弁当は美味しかったですはい。



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