通常ルート93 体育祭 中編① おまけあり
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「それでは位置について」
スターターの鳴る合図と共に第一走者達が走り出し、皆がクジ箱から取った紙に書かれた内容を見て表情を曇らせた。
「”彼女との甘酸っぱい思い出”だと!? おいふざけんなよ!? 彼女いたことない俺にどうしろと!?」
「”三毛猫の雄”ってもはや無理ゲーだろ……」
「ねぇ待って? 俺”火鼠の衣”って描いてあんだけど……?」
「奇遇だな……俺なんて”蓬莱の玉の枝”だ
ってよ……終わったわ」
これはあれかな? 問題を決めた奴の中に月に帰った童話の姫様がいるわ。間違いない。
皆の顔色を見るにかなり無理難題が多いみたいだが、その中でも普通にクリアしてゴールしている奴らは比較的楽なのか、無理難題を余裕でクリアしているのかどちらなのか気になってしまう。
「あ、心だ」
借り物競走はテンポ良く進んでゆき、心の番がやって来た。
俺に気付き手を振る心はここだけ見たら可愛らしい女の子なのだ。知らない他の奴も心を見て非常に嬉しそうな声を上げている。
知らないとは幸せな事だなおい。
そんなことを考えていると、再びスターターの音が鳴り響き心達が駆け出した。
心は僅かに出遅れ三位をキープしたままクジ箱へと辿り着く、正直借り物競走という競技の性質上多少遅れても内容によっては一位を狙うことができる。よってそれを分かっているからか心より順位が下の者も結構余裕そうにしている。
そして皆がクジを開く。反応はそれぞれ違うが心はあまり曇った表情はしていない。
これは当たりを引いたのか? と思っていると心が俺の方へ走って来た。
「あ、透一緒に来てもらっても良いかな?」
「別に良いけど?」
ありがとー、と嬉しそうにする心に手を引かれゴールへと向かう。
「……」
「フンフーン♪」
「……」
「フンフフフーン♪」
なんだろう? さっきからヤケに心の機嫌が良い。なんだ? なんか怪しいぞコイツ。
「なぁ心?」
「んー? なにかな透ー?」
「……な、なぁ心なんて書いてあったんだ?」
「んー? なにがー?」
「あ、いやだからさクジにはなんて書いてあったんだ? お題だよお題」
「んー? なにがー?」
「いやだからね?」
「んー?」
「あ、なんでもないっす」
コイツ……頑なに言わないな……、一体なにが書いてあったのやら……。
一向に正直に言わない心と共にゴール前の審判の所へ来た。どうやら一着は俺達のようだ。
ま、条件を満たしていればの話だがな、と審判にクジの提示を要求され、心が笑顔でクジを渡す。
そこでようやく審判が発した言葉を聞くことで俺は自身の状況を知ることになった。
「お題は……”恋人”ね」
「はい!」
え? ちょっと?
「その子がそうなの?」
「はい! あ、えっと、そうでもありますけど少し違います!」
ちょっと心さん? 何言ってんの?
「透は僕の旦那さんです♡」
お前は何を言っているんだ?(困惑)
「……」
審判の先生は満面の笑みの心と困惑している俺を交互に見ている。
これ絶対疑ってんだろ!? 言ってやれ先生!! 貴女頭大丈夫? って言ってやれ!!
「お題はクリアね」
「やったぁーー!!」
「ちょっとおかしいだろ!? 疑問を持ってくんない!!?」
なんだこれ!? 新手のコントか!? 皆して俺を騙そうとしてるのか!? 実はドッキリカメラなんだろ!? そうだと言ってくれ!!
そんな動揺している俺を残して心はゴールした者が並ぶ場所へと一人で去って行ってしまった。
俺は一人取り残される。なんだこれ公開処刑かな??
心さんもなかなかヤバいことをするじゃないか……てか何がヤバいって、こんな状況にしたくせに平然と去っていく心がヤバ過ぎるだろ……。
●
その後も俺の悪夢は続く。
たとえば景ちゃんの場合、
「先輩!」
「おうどうした景ちゃん」
「先輩の着てるジャージを貸してください!!」
「……一応聞くけどお題はなんだ?」
「”恋人の着ている服”です!」
「んーなるほどねぇ?」
それ嘘なんよ。どこの誰が恋人だって?? 最悪乱華にそのお題が来たら元カレとしてそのお題に応えるけど、君らと恋人になった記憶はないのよな? そもそも____
「先輩うるさいです」
「グヘッ!?」
文句を言っている最中だと言うのに景ちゃんにジャージどころか体操服の上を持って行かれた。なんだあのやろう……あんなバイオレンスな追い剥ぎには初めて遭遇したぜ……。
いくら六月といっても今日は少し風が吹いている。
「……畜生……寒いじゃねぇか……」
「あ、雨上……アンタ大丈夫なの? てかなんで上裸なのよ……」
「ゆかりちゃん助けてください……追い剥ぎに遭遇しました……」
馬鹿なこと言ってないで服着ろって? いやその服が無いんだよ……マジな話……。
「畜生! 持っていかれた!!」
「そんなたった一人の弟を返して欲しそうな感じで言わないでくれない??」
あ、ゆかりちゃんもネタが通じるのか。少し嬉しい。
その後の真白からは靴、杏理にはズボンを持っていかれた。二人ともお題については何も話してくれなかったですはい。
「透お兄ちゃん? 大丈夫なのじゃ?」
「姫……これが大丈夫に見えるか?」
「見えるも何も……パンツしか見えぬようじゃが……」
あぁなんだちゃんと見えているじゃねぇかよ。良いか姫? よく聞け?
「学校という場所でパンイチの時点の俺は大丈夫じゃないんだよ。主に社会的にな?」
「な、なるほどなのじゃ?」
よしよし分かってくれたなら嬉しい。だったら早くなんか着る物をくれないか?? それとついでに人の優しさにも触れたいな。あまりにも非人道的な奴らに衣服を奪われたし……
「ときに透お兄ちゃん?」
「どうした姫?」
「儂のお題が”家族の持ち物”と書いてあるのじゃが……」
「おのれは悪魔か? 俺のどこを見て持ち物って言ってんだ?? パンイチなのが見えねぇのかこの野郎!!?」
ここで最後の装備まで失ったらいよいよ通報されるわ!! ただでさえ今の状態でもアウトなのに俺の人生を終わらせる気か!!?
「お主なら社会的に終わっても誰かが養ってくれるじゃろうが」
「否定できないからな? その言葉が一番傷つくから止めてくんない??」
~おまけ~
天は苦悩していた。
「くっ! こんなことが許されると思っているのか!?」
歯を食いしばり持っているクジに力が入り、紙が文字が見えづらくなる程に歪む。
「ご主人様は!? 駄目だ頼れない!!」
改めて握ったクジを覗き込み、指定された内容を確認して現実を直視する。
”ペット”
「くっ!! なんて難題なんだ!!」
天は思っていた。
ここで”ご主人様”と書かれていたならば、ペットとある自分と透との関係性を皆に大々的に報告することができたというのに……、と天は涙を流した。
「この世に神はいないのか!!!」
天の悲しみがグラウンドに響き渡る。
……
…………
………………
「何やってんだあの雌豚……」
それを透は冷めた目で見つめていたのであった。
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