通常ルート89 杏理







 姫からの命令に従いコンビニまで向かった俺は改めて買ったアイスを入れた袋を覗いてみた。


「これだけあれば良いか?」


 姫のやつめ何が欲しいか言わなかったあたり、おそらく色々な種類のアイスが食べたいのだろう。俺の勘がそう言っている。

 さすが食いしん坊神様。


「でもなぁ……」


 正直あの空間に帰りたくないのが本音だ。

 なんと言ってもタイミングが悪過ぎた。マスの要求に応えて呪いが反応しないように考えた結果の答えだったがマジあれはどんな選択肢でもアウトだっただろう。


 もし紫先生に何か被害があったら……、


「いやアイツらがそこまでするわけ……いややるなアイツらなら」


 心はシンプルにヤバいし、真白は行動力のあり過ぎるナイフ投げ機、乱華なら爆弾でドカンだろう……いやまだ分からない乱華が俺以外の相手に常識があるのを祈るしかないな。


 あ、意外とこの中なら景ちゃんが安全かもしれない。あの子はもう色々拗らせているからどうせあの程度の俺の発言には動じないだろう。


「どうしたもんかなぁ……」

「え」

「ん?」


 現在の状況に深いため息を溢していた時、通り過ぎようとした公園で何やら見覚えのある金髪ツインテールと目が合った。

 ……というか無茶苦茶知ってる奴だ。


「杏理?」

「と……雨上じゃない? ど、どうしたのよこんなところで」


 いやそれコッチの台詞な? ていうかお前……


「なんで休みの日だってのに体操服なんだよ」


 そう、偶々会った杏理は何故か体操服姿で公園にいた。なんだコイツ新手のコスプレか? あ、いや学生が体操服着てるのをコスプレはおかしいのか。

 でも休みの日に着るのは変じゃね??


 すると杏理は顔を真っ赤にして言った。


「べ、別に!? ただ今日は体操服で街を徘徊したい気分だっただけなんですけど!? 変な勘違いしないでよね!?」

「いやその理由はシンプルに変態説浮上だろ」


 ジャージならまだしも、体操服で街を徘徊はもはやそれは一種の羞恥プレイなのよ。



「それで……」


 公園のベンチに座り、何を話そうか考えていると杏理から先に口を開いた。


「雨上はどうしてこんなところにいるのよ?」

「俺か?」


 あ、いや俺からしたらなんで体操服姿でこんなところにいるんだよ、とツッコミを入れてやりたいが、その言葉をグッと飲み込み質問に応える。


「現在進行形で心達が家に遊びに来てるんだよ。そのゲームのやつでちと買い出しをな」

「家って雨上の家?」


 そうだぞ、と応えると、


「それ私も誘われたのよ」

「あれそうなのか?」

「えぇ、断ったけどね」

「ほーそうなのか」

「えぇ」

「「……」」


 え、なんで会話が途切れる? さっきまで言葉のキャッチボールが出来ていたのに何故に?

 まぁあれだ。おそらく杏理も忙しいのだろうし、ここで失礼しようか。


「じゃあ俺はここで失礼するからまたな? 心達も待ってるだろうし」


 そう言いベンチから立ち上がってクールに去ろうとした瞬間____


「待ちなさいよ!」

「グエッ!?」


 突然杏理に背後から襟を引っ張られてバランスを崩し転びそうになったがなんとか踏ん張った。

 マジで危なかった……。とりあえず服が伸びるから止めようね? あと危ないからな?


「ご、ごめんなさい」


 分かればよろしい。


「ってそうじゃないわよ!」


 反省の様子を僅かに見せた杏理だったが、すぐにこっちを睨みつけ、頬を膨らませて見るからに不満そうな表情を向けて言った。


「なんで私が遊びに行かなかったと思う……?」

「え〜……知らないんだけど……」

「少しは考えなさいよ」

「え〜」


 事実知るわけがないのだが、杏理はいつの間にやら取り出したハンドガンの銃口を俺の額に擦り付け、先程の不満そうな顔はどこへやら今度は淡々と真顔で口を開く。


「なんで来てくれなかったんだ? って聞きなさい」

「ちょっと待て杏理! こんな人通りのある所で何考えてんだ!? てかそんな格好で何処に銃を仕込んでやがった!?」


 うちの高校の体操服はよくある普通の半袖半ズボンの体操服なのだが、それでも銃を隠しておけるような場所があるのか疑問である。

 マジでどうやって出したの杏理さん??

 

「うるさい早く言いなさい」


 あ、はい。


「なんで来てくれなかったのー?」

「もっと心配そうに言って」


 え、うざこの人……。


「額の風通しが良くなるのがそんなに嬉しいのね? 良かったわ私も雨上を撃ちたい、雨上も私に撃って欲しい、これがウィンウィンな関係ってやつね」

「あー!! なんで杏理来てくれなかったんだよぉぉぉ!!! 俺もっと早く杏理と会いたかったのにぃぃぃ!!!」

「そ、そんな正直に言わなくても良いのに……雨上ったらそんなに私に会いたかったのね!? か、可愛い所あるじゃないの!!」


 コイツ脳みそ腐ってんのか? いやそれは流石に失礼か。


「ま、まぁ? そこまで言われるのは嫌じゃないんだけどね?? べ、別に嬉しくなんかないんだからねっ!? か、勘違いしないでよね!?」

「おいやべぇわ。コイツ頭腐ってるわ」


 数秒前に自分がした事を忘れてるわ。人のこと脅しといてツンデレとか、もはや狂気じみてるぞおい。


「じゃあ雨上には教えてあげるわね」


 あ、このまま話進めるんですね。ま、良いだろうもう何も言うまい。

 諦めた俺を気にすることなく、杏理は語り始める。


「もうすぐ体育祭じゃない?」

「おうそうだな」

「実は私あまり運動が得意じゃないのよ……」

「マジで? 殺し屋なのに?」


 元よ頭に元を付けなさい、と続ける。


「運動が得意じゃないから銃を使ってたのよ。あんな真白やあの後輩みたいなスポーツ選手みたいな動き出来ないわよ」

「いや真白と景ちゃん、なんなら心も超人の域だからね、アイツらはもう人間の皮を被ったゴリラだから」

「メッセージで言っとくから」

「すいませんなんでもしますから許してください」


 うんやっぱり陰口は良くないよね。だから許してくれませんか?? 

 あ、ス……スマホを操作しないでもろて……あの……本当に許してください。殺されてしまいます……。


 命乞いをしていると杏理のスマホを操作する手が止まった。


「なんでも?」


 へ?


「今なんでもって言ったわよね?」

「言ってないです」

「言ったわよね?」

「言ってないです」

「【雨上が皆のこと人間の皮被ったゴリラって言ってたわよ】はい打った。送信するわね」

「言いました」


 もう駄目だ。所詮は俺は可愛い子鹿……周りで俺を狙っている肉食獣には勝てないのである。やはり昔から父さんに言われていたことは本当だった。




 ”女性に余計な事を言うとロクな事にならない”と、これが世界の真理である。




「じゃあ雨上? 皆に言われたくなかったら体育祭は私と一緒にお昼を食べなさい」

「あ、はい」

「それと私もお弁当作ってくるから、雨上も作ってきなさい! そしたらお互いにお弁当交換するのよ? 分かった!? 返事しなさい」

「ワン」


 俺は無力だ……ふと考えてみたが俺は何回犬になれば良いのだろうか?

 俺はあれか? 弱みを握られる天才か? そう言う特殊能力持ちか??


「じゃあ雨上……楽しみにしてるわよ?」

「……ワン」


 でもまあ、杏理が楽しそうでなによりである。


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