通常ルート6 景




「えっと……、なんで俺の部屋に? というかどうやって入ってきたんだ。ここ二階だぞ」

「そんなことはどうでもいいの。今からそっちに行くから動かないでね」


 どうでもいいことなのか?

 制服姿の琴凪はそう言うとゆっくりと玄関で硬直している俺の方へ向かって近づいてくる。

 部屋から玄関まではほんの数歩の距離ではあるが、迫ってくる琴凪のあまりにも強い眼光の鋭さに怯み身体が固まってしまう。数秒がとても長く感じる。


 俺の前まで来た時、琴凪は制服のスカートに手を伸ばし流れるような動作でナイフを回し取った。


 そしてなんの躊躇いもなく俺の首元へナイフを向けた。そうなると必然的に琴凪と顔の距離が近くなるわけだが、


「このまま力入れたらどうなるんだろうね? 試してみたいなー」


 女の子の顔が近くにあるのに全然ドキドキしないのだが? 

 あ、いやドキドキしてるわ。あまりの恐怖で、だけれど


「あ、あのさ琴凪……さん」

「ん、どうしたの雨上君?」

「一つ聞きたいんだけど、そのナイフ本物なのかなって」

「____試してみる?」

「あ、いや辞めときます」


 不気味な笑みを見せる琴凪を見て思う。

 目が笑ってねぇだろ、本当に思って言っている気がする。


 それはさておき、と琴凪は言葉を続ける。


「とりあえず玄関じゃ狭いから部屋まで行こうよ。余計な動きをしたら……分かるよね?」

「……」


 頬を伝う汗が床に落ちる。これは言うことを聞かないとヤバそうだ。

 玄関からすぐ近くではあるが、背後でナイフを構える琴凪に連れられリビングに行くと、結束バンドで手を縛られ座らされた。


 すると琴凪はナイフを俺から離し椅子に座って俺を見下ろす。

 その女子高生には似合わないはずのナイフをペン回しのように手で弄ぶ姿に俺の中での疑問が言葉として口から溢れた。


「琴凪……お前一体何者なんだ?」

 

 そんな俺の問いに彼女はさも当たり前のように、当然だと言いたげな顔で言った。





「”暗殺者”だよ」



「あ、暗殺者?」

「そうだよ」

「えーと中二病? あ、いや高二病かな?」

「……」

「ヒェッ」


 琴凪は即座に俺の足元にナイフを投げ、再びスカートからナイフを取り出す。

 余計なことを言うな、という無言の圧力を感じる。どうやらマジらしいな。

 


「私は政府で認められた暗殺者なんだよ。私の家がそういう仕事をしててね。しー君や雨上君と子供の頃に逢った時には暗殺者として仕事をしてたから」

「じゃあ琴凪が小さい頃から病欠してたのは」

「そう、仕事のため」

「なるほどなぁ」


 昔からよく琴凪は学校を休んだり早退をしていたが、どうやら本当に仕事をしていたらしい。彼女の性格上、嘘をつくような奴ではない。

 いやそれ以前にこんな状況を目の当たりにして嘘とは思えない。


「それで、どうしてそれを俺に今話したんだ?」

「ん?」

「だってそうだろ。今まで言うタイミングなんていくらでもあったし、それよりなによりさ」



「琴凪は俺のこと嫌いだろ」

「うん嫌い」


 お、おう。そうか____


「スゥー……分かってはいたけど即答はキツイぜぇ」


 自分から聞いといて傷ついてしまった。

 凹んでいる俺を無視して琴凪は語り出す。


「しー君はさ、昔から雨上君が好きだったんだよ」

「あー知ってる」

「告白されてたもんね」


 あぁ、見られていたのか。


「私はしー君のこと好きだけどさ、複雑だよ。好きな人の好きな人が男とか」

「……」

「しー君は諦めてたんだよ叶わない恋だって」

「……」

「でももう違う。しー君……心ちゃんは本当に雨上君のこと好きなんだよ」

「……そうだな」


 あれ? 冷静に考えたらあのメンヘラ心さんに琴凪と一緒にいるとこ見られたらヤバくね?


「雨上君はどうする気なの」

「どうするもなにも____俺は付き合う気はさらさらない」




「死ね」




 彼女はなんの躊躇いなく俺の顔面にナイフを振り下ろした。







「あー死んだ。マジで死んだ。絶対死んだ。せめて死ぬ前に冷蔵庫の中のプリン食べたかった……。せっかく心と後輩のために一緒に食べようと思って作ったのに」

「じゃあそのプリンは報酬に私が貰いますね」

「え?」


 唐突に聞こえた聞き覚えのある声に俺はゆっくりと瞼を開く。そこには琴凪より小柄な女子生徒が立っていた。

 その女の子は琴凪の振り下ろしたナイフの刃を素手で掴んで止め、顔だけ振り向いた。


「大丈夫ですか先輩?」


 俺に笑顔を見せる女の子、髪色は白く陽の光を反射させ、瞳も白いがコチラは宝石のような輝きを見せている。

 その姿を見て俺は思わず声を上げた。


「後輩ーーーー!!!」

「景ちゃんって言ってくださいよ先輩」

「景ちゃーーん!!!」


 俺と同じ図書委員の後輩”海野 景うみの ひかり”が助けに来てくれた。


 ……って!?


「景ちゃん大丈夫なのか!? 手! 手! ナイフ掴んでるじゃん!」

「あははは〜大丈夫ですよ。お気になさらず」


 いやお気になさらずって……、心配しているんだけれど……。

 そんな俺の心配は無視して景ちゃんは琴凪に声をかける。


「良いんですか琴凪先輩? ここで依頼じゃない殺しをしたらシンプルに犯罪者じゃないですか?」

「……誰よアンタ」

「____ッ!?」


 俺は琴凪の表情を見て全身に鳥肌が走った。その感情は”無”だ。どこまでも真っ黒な瞳に映るものは怯える俺の顔のみ。


 あまりにもいつもと違う幼馴染の姿に俺は怯えることしかできなかった。


 お互いに睨み合ったまま動こうとしない。そんな姿に俺も時が止まったようにジッとしていると、


「透ー開けてくれない? ご飯作るから一緒に食べよー?」

 

 扉の方からチャイムの音と共に心の声が聞こえてきた。

 その心の声を聞いた途端、琴凪は後ろに飛び後退し、ナイフを多分スカートの中にある鞘に戻すと再度俺を睨みつけ言った。


「私は心ちゃんのこと今でも好きだけど、心ちゃんの気持ちを優先する。だからその気持ちを裏切るなら雨上……とー君、貴方を殺す」


 そう言い残すと琴凪は窓を開けて姿を消す。景ちゃんはそれを見届けると、


「じゃあ私も行きますね。私の話は明日学校でしましょう先輩」

「え、明日なのか? 今からプリン食べながらでもいいんじゃ」

「プリンは貰って行きますよ。でもここで食べませんよ。だってあれが____」


 景ちゃんはそう言うと玄関方を指差した。

 一体どうしたのか、と思った瞬間に玄関の扉から『バンッ!』という衝撃音が鳴り、その後に聞こえた音に俺は恐怖した。


「ねぇ透、今女の子の声聞こえなかった? 真白ちゃんの声だった気がするし、他にもいるよね? もしかして学校終わって早々に女の子を連れ込んでるんじゃないの? ねぇ開けて透。開けて、開けて、開けて、開けて、開けて、開ケテ」


 え、無理じゃないこれ? 開けたら死ぬんじゃないこれ? せっかく助けてもらったのに親友に殺されるバッドエンドな気がするぞこれ。


「じゃあ私は戻りますねーでわー」

「待ってくれ! 俺を一人にしないでくれー!」


 叫びも虚しく俺が声を上げる時には既に景ちゃんの姿はなくなっていた。



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