通常ルート5 心♡①
杏理と別れ教室に帰ってから二限をバックレたことを心から問いただされたが、杏理のことは伝えず俺は上手く誤魔化した。
男の時もそうだったが、我が親友はやたらと俺の一挙手一投足が気になるのかヒロイン達を置いて俺に話しかけて来ていた。男だったからあまり気にしていなかったが、女になってそれをされると困る。
いくら元男とはいえ心は可愛いのだ。主に男達の視線が痛い。
そんなこんなで帰りの時間を迎え、俺と心は今日一日の疲れを感じて俺達以外誰もいない教室で大きなため息を溢していた。
「いやー今日は疲れたね。久々の学校だからかな?」
「それもあるだろうが、お前の場合は皆から質問攻めになったのもあるんだろ。”人に”疲れたんだよ」
「人に? そうだね。そうかもしれない」
少しの沈黙が起こる。お互いに久しぶりに会ったからというのもあるが、やはり今まで同性だったから違くなると会話が途切れてしまう。
ねぇ、と話を切り出そうか考えていると心の方が先に話し出した。
「透はさ、何も聞かないんだね」
「……なにも聞かない。と言うよりは何を聞けば良いか分からない、ってのが正解だな」
「そっか……」
でもさ、と俺は席を立って窓から見える校庭を眺めながら言葉を続ける。
「お前がどんなになっても俺達は親友なんだ。まだ完璧には慣れないけど、俺は心の幸せを一番に考えてるぞ」
「ッ!!」
「それは女になっても変わらない。だからお前の恋の応援をさせて欲しぃ____痛っ!?」
突如、振り返ろうとした瞬間に衝撃を受け、机をひっくり返しながら倒れ込む。危なかった、危うく舌を噛むところだった。
そう一安心して自分に起こった状況をすぐに理解した。
「心?」
衝撃を受けた自身の身体を見ると、心は抱きつき顔を俺の胸に埋めていた。
どゆこと? 状況がいきなり過ぎて分からない。
「ど、どうしたいきなり抱きついて来て」
「……」
しばらく黙っていた心はゆっくりと口を開いた。
「……なんで僕がこうなったか聞いてもらっていい?」
少し言い淀みながら語る心は言う決心がついた心の言葉に俺は了承の意を伝える。
「ありがと、じゃあまず先に伝えておきたい事があるんだけど……」
「僕、透のことが好き」
………………
…………
……
えー?
「実は僕昔から透のこと好きだったの」
「えー?」
「でも僕は男だったから諦めようとしてたの」
「えー?」
「けどどうしても諦めきれなくて神様にお願いしたら女の子になってたの」
「えー?……って、いきなりファンタジー感全開になったけど!? え、なんて言った!? 神様とか言ったような気がするけど」
「神様から『あ、君の性別間違えてた。すぐ直すね』って」
え、え、え、待って待って? 色々おかしいけど?
「そしてなんやかんやあってこうなったってわけ」
その『なんやかんや』が重要なんだが?
え、嘘。神様の件マジなのか?
「いきなりごめんね? ともかく僕は透のことが好きなの」
「お、おう、そうなのか……」
「返事は言わなくていい。混乱してるだろうし、それに____」
「?」
「これからの僕を透に好きなってもらいたいから」
抱きついていた心がゆっくり起き上がる。その顔は陽の光に照らされ淡い赤色に染まっていて、とても可愛らしく見えた。
「それにこれからは僕が透の食事とか管理するね? 駄目だよ勝手にどっか出掛けたりとかしちゃ、僕と一緒にいるんだよ?」
「お、おう分かった……」
「他の女と話したりしたら許さねえからな?」
「ちょ、素が出てる。素が」
可愛いと思ったがどうやら俺の親友はメンヘラ属性だったようだ。前途多難過ぎるだろ。
◆
「ちょっとどういうことなの! 信じられない!」
「ま、まあ落ち着けって」
学校からアパートに帰り、俺の部屋に入ろうとしたところで大家さんの部屋から響き渡る声の方へ向かう。
するとそこには先程の可愛い顔はどこへやら、明らかに怒っている心と遭遇してしまった。
「聞いてよ透! 大家さんったら酷いんだよ!」
「どうしたんだ一体?」
既に大家さんは部屋の中に戻っているが、その部屋を指差し涙ながらに訴える。
「僕達同じ部屋だったでしょ!?」
「そうだな」
「透の両親と約束して一緒に同棲してたじゃない!?」
「お、そうだな」
「だから僕達の部屋に戻ろうとしただけなの! それなのに大家さんから『男女同じ部屋にはできないから部屋を変えた』って、おかしくない!?」
「お? なんだろ。なにもおかしくないような」
ギロリ、と俺の言葉を聞いた瞬間、感情を露わにしていた心は、今度はまるで人形のように無感情の顔になった。そして、
「なんでそんなこと言うの?」
無感情の心から発せられるそんなシンプルな言葉に俺の全身から勢いよく鳥肌が立つ。
これは良くない。非常に良くない。
そして俺は考えた。
「な、なあ心? それもそこまで悪いことじゃないんじゃないか?」
「はぁ? なんでよ」
「心も言ってただろ? 『これからの僕を透に好きなってもらいたいから』って」
「……そうだけど?」
先程の無表情とは少し変わり僅かに困り顔になった心を俺は見逃さなかった。
あ、これならいける。
「一緒にいたらお互いの悪いところばかり気になりだしちゃうだろ? 俺も今の心に慣れる期間が欲しいしさ、ずっと可愛い女の子と一緒にいる生活なんて俺の身が保たないわ」
「か、可愛い? そっか〜可愛いか〜」
俺の言った『可愛い』に反応して嬉しそうに身体をくねらせ心は喜びを表現している。
良かった。わりかし緩い方のメンヘラのようだ。
「じゃあメッセージは三分以内に返してねっ! 寝る前は電話してお話ししよ! それとご飯は作って部屋まで持って行くから一緒に食べよ! 本当は一緒に寝たいけどそれじゃ透を困らせちゃうし嫌われたくないからやめた方がいいかな。でもでもこれからは必ず学校は一緒に行こうね! ね! 約束!」
前言撤回。緩くなかった。
●
なんだかんだあったが、ようやく部屋の前まで着いた。
これから自分一人でこの部屋を使えるのかという多少気分が高揚しているが、あのメンヘラ属性の親友との付き合い方について色々考えることがあり、悩みながら鍵を開けることを忘れてドアノブへと手をかけてしまった。
本来ならば扉は開かないはずだった。なのに鍵を使うこともなく扉が開く。
すると俺の部屋から可愛らしい声が響いた。
「あ、おかえり雨上君……」
俺はその姿に見覚えがあった。
「琴凪……か?」
そう言って確認するために靴を脱ぎ、部屋へ一歩踏み出そうとした瞬間、何かが勢いよく俺の顔の横を通り過ぎ背後の扉に当たった。
いきなりの出来事に驚いたが恐る恐る後ろに目線をやるとその物の正体に気づいた。
____ナイフだ。ナイフが扉に突き刺さっている。
「動かないでくれるかな? 怪我したくないよね?」
聞いたことのない声色で静止を求める琴凪、
どうやらこのナイフは彼女が投擲したようだ。
幼馴染にナイフを投げられる人間っているのかな。いやいない。そして、
『この扉の傷どうしよう……。大家さんにバレたら超怒られる』
こんな状況下だと言うのに俺の頭はどこか冷静だった。
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