第256話 災害支援

アーク歴1507年 玖の月


ヴェルケーロ領

シュゲイム・エルトリッヒ



「マークス殿、アークトゥルス魔王様から手紙が来たとか?」

「はい。私宛とシュゲイム殿宛てでございます」


そう言ってマークス殿は2通とも渡す。

構わないから両方読め、という事なのだな。と理解してとりあえず自分の物から読む。


『シュゲイムへ。みんな元気でやっているか?』

から始まった文章によると。

人間界は今年も冷夏で不作だと予想される事、私や妻、旧エルトリッヒ騎士団や避難民たちが望むなら、残ったエルトリッヒ国民に対し食糧支援を考えると。ただ、あまり過剰に行うと周辺国と争いになりかねないと。その覚悟があるなら支援を準備すること。


あとは領地の作付けの話だ。

今からでもなるべく頑張って作物を増やしてくれとのことだ。

今年も冷害は酷く、あちこちで凶作になると見込んでいるのだろう。



マークス殿宛ての方も見せてもらった。

細かい所で小さな違いはあるが、おおよそ同じ内容である。

だが、最後にエルトリッヒ方面から人間界の様子を探る事、避難民が来るかもしれないので支援を行う場合はトンネルを通行可能な状態にしておく事などが書いてあった。

そして、それに伴って侵攻や細作が入るかもしれないので防衛網、間諜を整えろと。


それとこの手紙は私に見せても構わないので見せるか否かはマークス殿が決めるようにと…


「どうなさいます?」

「…少し考えさせてください」

「それが良いでしょう。手紙は2通とも持ち帰って、奥様や民たちとご相談されては如何かな?」

「はい。そうさせて頂きます…では、御免。」


マークス殿の元を去り、預かっている村へと帰る。

『村』、と言っても発展が著しく、そこらの『町』よりかなり大きな規模になっている。

すでに『市』と呼んで差し支えないと思うが、呼称を変えた所で特に何も変わることもないのでそのまま村と呼んでいる次第だ。


「これがカイト様からの俺宛ての文、こちらはマークス殿宛ての文だ。まあ内容は大差ない。確認してくれ」


主だった者を呼んでこれからの事を協議する。

集まったメンバーは騎士団の副団長と避難民の代表、それとエルトリッヒ避難民たちで新しく開拓した村で名主のようになっている者やその補佐をしている者たちだ。


皆にカイト様からの文を皆に見せた。

やや不敬かとは思うがお互いおかしなことを企んでいるわけではないと思わせるためには必要だ。


文面だけを見れば支援をしてもいいと思うけど戦いになるかもしれない。だからどうしようか迷っている…という風に読み取れる。

だが、これはむしろ争いを起こすためのものであると考える。


カイト様は酔った時に何度も何度も人間界から攻められ、いい加減嫌になって来たと溢していたこともある。つまり…今回の件をきっかけに騒動が起きればそれはそれで良し。開戦の口実にしよう。

もし騒動が起きなければそれはそれで影響力を高められる…という事だ。


我々としても否やは無い。

エルトリッヒ王都奪還は我ら騎士団の本懐であるし、妻も望んでいる事だ。

魔族の援けを借りてという所でやや引っ掛かりがある者も居るだろうが、どうせカイト様の言っているように冷害が続くようならこれからますます酷い戦乱になる。

エルトリッヒが、われらの国が…人族だけでどうにか持ち直すとは考えづらい。


ならば壺ごと毒を飲まんとするものである。


「さて皆…どう思うか」


ポツポツ…と小声で会話する者たちに対して声をかける。


「…シーズ副団長、どうか」

「騎士団としては貧困に困る民に可能な限り支援をするべきかと」

「しかし…その場合他国の干渉があるやもと文にありますが」

「ケサヤ殿、他国の干渉を恐れていては何もできませんぞ。誇り高いエルトリッヒの心を魔族に売り払ったか!」

「何を!貴様に言われたくないわイワニ!貴様は大人しく蕎麦でも作っておれ!」

「何を言うか!貴様こそ米の品種改良など今やるべき事ではないわ!この喫緊の時にノンビリ品種をいじる暇があれば畑を耕せばよかろう!」


まーた始まった。

ユランゾとブランチは開拓村の村長だが、二人とも元々仲が悪くて困っている。


副団長のシーズはきちんと意味が分かっている。

これは、カイト様から、『上手く内乱を起こして干渉するネタにしろ』という意味だ…とキチンと受け取ったのだ。だがあの二人は恐らく裏は何も読んではいない。だがそれでいいのだ。


「シュゲイム様、支援をすれば良いと思いますが」

「ン、君は…ハーベか。その心は?」

「はい。他国の干渉、大歓迎ではありませんか。タラモル国王をカイト様が討ち取った、ことでタラモル国は大混乱と聞いています。教会が裏からいろいろ手を回しているようですが、あちらも中々上手くは纏まらないでしょう。教会はアルスハイル帝国を繋ぎとめるので手一杯では?ならばエルトリッヒに、自由連合に手を出すことは厳しいでしょう」

「うーむ。その通りではある。」

「おまけに凶作です。恐らくは今年も十分な兵站を確保することは難しいでしょう。ならば、」

「分かった。皆、ハーベの意見についてどう思う?」


積極的な支援を行うべきと言う者、それから限定的にばれない程度に支援すると言う者。

色々と意見は出たが、支援を行うこと自体に反対する者はいなかった。


「では支援を行う事にする。シーズとハーベは残れ。君たちが提案したのだから纏める作業を手伝いなさい」

「ハッ」

「はい」


ゾロゾロと解散していく。

静かになった部屋。3人ではやや広い。

2人を俺の机の側に集めた。


「ハーベ、君が優秀なのは分かる。そしてこれが勝機だというのも分かるのだ」

「はい」

「だがそれを見せすぎない、表に出し過ぎないようにな。どこに何が潜んでいるかは分からんぞ」

「…はい」

「ですよね。シートオ殿」

「そうですな。同輩は居ないようですが、彼らを全面的に信用するにはまだ足りませぬな。」


ぬるりと柱の陰からカイト様より預かっているニンジャが現れる。

剣に手を持っていくシーズ、そして慌てて距離を獲ろうとするハーベ。


「落ち着け。シートオ殿は先ほどからこちらに居たぞ。どうですかな?不審な者は居ましたか?」

「居りませんな。ハーベ殿がどこからその情報を得たのかを知りたいだけでございます」

「私は…私は行商人の方との会話で情報を得ているのみです」

「ん?それだけか?」

「…はい?それだけですけど」


それだけで、あの分析を…。



「分かった。君はシーズと協力してどの程度をどうやって運ぶかを考えて欲しい。支援物資自体はカイト様が用意してくださるようだ」

「はい…マジックバッグの使用は?」

「おそらく無理だ。使えても少量だろう。通常の輜重で運ぶように。道も整えねばならんな」


然もありなんとハーベが頷く。

通常通り荷車などで運ばないと物が沢山届いたと周囲に知らしめることが出来ない。キッチリ支援を周囲の国に知らしめ、仕掛けに引っかかってもらわないと困るのだ。

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