魔界統一
第216話 銃後の町
アーク歴1506年 壱の月
ヴェルケーロ領
「…うーん?ああ…?あ!」
目が覚めた時には夜だった。
正確にいうと時間は良く解らないが、窓の戸板が閉められているので多分夜だ。
いい加減ガラス窓が欲しい。
ガラス窓を、はめ込みじゃなくってアルミサッシで開閉…うーん、アルミ…こんなしょうもない事にアルミ…そんな事に使うならジュラルミンを開発する方が遥かに…いや他にも…うん、アルミサッシなんて当分無理だ。
それにしてもスッキリと目が覚めた。
スッキリしているというか、正しくは力が漲っている感じがする。
恐らくだが、レベルが上がってしまったのだ。
そのくらい張り切って虐殺したのだろう。『俺』は。
「気が付かれましたか」
「マリアか、今何時?」
「夜の1時です」
「…そうか。所で師匠はどうしてる?」
「マリラエール様は…その…」
「怪我してんの?あー…俺のせいだよな…」
言い淀むマリア。
ああ、前回俺が同じようになった時、ロッソは…
「ロッソは?」
「ロッソさんは……」
何時も歯切れのいいマリアの口から言葉が出てこない。
やはりか。
まあその覚悟はできていた。
「わかった。ああ、俺はあの時の状況を何となく把握できている。だから変に隠さなくていいぞ。で、他に犠牲者は?」
「ヴェルケーロの町民が57名、第一騎士団は29名、第二騎士団は61名程亡くなったようです。」
…そうか。
良く見えなかったが、騎士団の死者も出ているのか。
あの激戦だからな…仕方ないとは言いたくないが…
「…そうか。分かっていると思うが被害を後でまとめておいてほしい。敵はどうなった?」
「タラモル国王は討ち死に、敵勇者はカイト様が討ち取られました」
「勇者?ああ、あのギラギラした剣の奴か。大したことなさそうに見えたが」
「彼はロッソさんと…疲れ切ったロッソさんとですが、いい勝負をしていました」
「―――そうか」
じゃあそれを瞬殺した『俺』は一体何だってんだ。
「若様、まだ夜です。ひとまずお眠りを」
「ああ。じゃあまた後で」
「はい、お休みなさいませ」
聞きたいことは何となく聞けた。
今から暴れまわっても仕方ない。
深夜もいい所だし…明日になってからだ。
朝、起きたら昼だった。
まあ良くあることだ。
日本にいた時の学生時代なんてしょっちゅうだった。
食堂の方に移動する。
途中ですれ違ったメイドたちはいつも通りだ。
マリアに敵はどうなった?と聞くと逃げて行ったままだと。
「シュゲイム殿の第二騎士団が追撃しているようです」
「あー。あいつらどうなんだ?祖国が滅ぶ原因になった奴らだよな…やり過ぎてなければ良いが」
「連絡ではおかしな虐殺行為などは無いと…将のみを狙い撃っているようです。アカ殿もあちらに同行していますが、アカ殿は好きに暴れて遊んでいるようですと」
「あー。アイツはなあ」
あのアホドラゴンはどうしようもない。
遊んでいるような感覚なのだろう。
ジャレつかれた方はたまったもんじゃないと思うが、まあウチの領を滅茶苦茶にしてくれた奴らだ。知ったことかって感じはある。
「第一騎士団は今どうなってんの?」
「ウルグエアル殿とミルゲルが率いています。主に領地の回復に努めているようですが。二人ともロッソさんを喪ったことが堪えているようで…」
「ああ…」
「騎士団員の中にも敵討ちにという者が多く、危なっかしいので領地の整備を押し付けました」
「そうだな、それが良い。」
領地は今どこもかもガッタガタだ。
来年の収益は酷い事になるだろう。
そこまで考えて気付いた。
来年の収穫は大丈夫なんだろうか?
勿論うちの領の話じゃない。
外の話だ。
冷夏や台風に始まり、洪水に地震に疫病に…収穫が増えるイベントは少ないが、収穫が減るイベントは盛り沢山だ。
そして食べる物が無くなったら他所から奪う。
口減らしの意味も兼ねているのである程度仕方ないとも言えるが。
問題はその後にもある。
口減らし兼略奪に駆り出されるのは働き盛りの者が多い。
という事は働き盛りが減って次の年の収穫も減って、食う者がないから戦になって…という負のループが起こるのが戦国時代である。それと同じルートに乗ろうとしているのだ。
「ロクなもんじゃねえな。クソが」
その凶作からの口減らしに巻き込まれてロッソは…
憂鬱な気分になりながらマリアから報告を聞く。
リヒタール方面の戦況は不明。
まあ昨日の今日だからそんなすぐ分かる訳がない。
仕方ないから切り替えてヴェルケーロの町の事に集中しよう。
コッチの被害は甚大だ。
人的被害は昨夜聞いたように100名を超える。そして重傷者も多い。
幾ら魔法で治るとはいえ、減った血はなかなか戻らないし欠損した部位はどうにもならない。
「…師匠とアフェリスはどうなった」
「マリラエール様は…負傷されてお休みになっておられます。アフェリス様は魔力切れで寝ておられます」
「そうか」
二人とも寝てんのか。
まー、寝てる。というより寝込んでる、という表現の方が正しいんだろうな。
師匠は昔、『俺』を止めた時も体調悪そうだった。
ああ、そうだ。
あの時からだったんだ。
何故今まで気付かなかったのか。
忙しいからとかなんとか言ってあまり遊びに来なくなったと思っていたが…そうか、そうだったんだな。全部俺のせいか…
ずーんと気分が落ち込む。どのツラ下げて見舞いにいけばいいんだ。
会わせる顔がないとはこのことである。
そう考えたら前のなーんにも知らなかった俺はとんでもない非礼をしたもんだ。
助けてくれた恩人に向かって風邪でも引いたんすか?ってくらいの対応だったからな…あー参った。
「見舞いに行った方が良いかなあ?」
「うーん、マリラエール様も気を使われるのではないでしょうか。」
「だよなあ」
「でも全く会わないわけにもいきませんよ」
「…だよなあ」
とりあえずちょろっと師匠の方を見にいくが、やはり寝ているようでメイドに止められた。
まあそうだな、いくら師弟だとか婚約がどうとかって立場であっても寝てる女性の所にホイホイ行くのはあんまりよくない。
という事で寝ているアフェリスの所も駄目。
「それでこっちに来たんだけど、どう?」
「復旧作業はこれからだべ。でもロッソ様がいなくなったからみんな凹んでるべ…」
「そうだな…」
女性陣の所はいろいろ不味いので復旧作業をしている所に顔を出す。
フラフラと畑の方に行くとベロザがいた。コイツはでかいから目立つ。
ベロザは俺を見ても相変わらずだ。
ここに来るまでに変にビビってる奴や拝んでくるやつがいて困ったが、ベロザみたいに普通にしててくれるのが一番助かる。
コイツはヴェルケーロの住民に慕われているので自然と指示を出す立場になっている。
初期に作った学校の第一期生の卒業生で、今では酒造りのチーフになっているようだ。
まあこいつも酒が飲みたいからというだけの不純な理由で始めた酒造りだが、だんだん面白くなってきてドハマリしている。大魔王様に生前とどけたお酒も、ユグドラシルの爺さんの所に持って行ったのもこいつが仕込んだ奴だったらしい。なかなかやりおる。
「お前の大好きな酒蔵はどうなった?」
「そっちは無事なんだべが、仕込む材料がなくなったべ」
「ああ…そうだべなあ…」
食料がないって時にわざわざ酒なんか造れない。
余ってるからやるのであって…余剰の食料も、ブドウも小麦も畑はメチャメチャのようだ。
「ちょっとほかの畑見に行ってくる。」
「気を付けるだよ~」
「おう。程々に頑張ってちゃんと飯食って寝ろよ!」
ベロザは元気そうだがあいつだって疲れてるはずだ。
なのにスコップで地面をひっくり返し、穴を掘っている。
俺?俺は何だか元気いっぱいだ。
前にリヒタールでおかしくなった時も元気はいっぱいだった。
あれだけ大暴れすれば魔力もすっからかんでぶっ倒れるだろうと思うが…どうなってんだろな?
ベロザは黙々と穴を掘っている。
あれは何のための穴なのかと少し思ったが、まあ…死体を埋める穴か。
聞かなくても分かった。
こちらに向けて大八車やネコ車などに乗せた遺体が運ばれて来ているのだ。
こちらの兵たちは普通に墓地に埋めるが、敵兵は適当に埋めるしかしょうがない。
そりゃでかい穴が要る。
それも城壁からは少し離れた、使わなさそうなところに。
ここはベロザに任せりゃいいだろ。
って事で他の畑を見に行く。
「どこも酷いモンだな…」
麦畑は踏み荒らされ、ブドウは棚から引き倒され…ワイン用のブドウなんて大して美味しくないと思うけどそちらも根こそぎやられている。奇麗に収穫してくれるだけなら別に何とも思わない…いやまあ盗み食いは腹が立つが。
だが、どうも収穫しただけじゃ飽き足らず、八つ当たりで踏んだり蹴ったりしているようだ。
「これなら猿の方がマシじゃないか」
猿はきれいに喰わずに食いたいものだけ食って、次から次へとポイポイしながら食べていく。
最悪だな、絶滅しろよと思っていたが…これなら猿の方がはるかにマシだ。あいつらはわざわざ棚を壊したり根っこから引っこ抜いたりしないからな…
芋も大根も人参も、皆やられている。まあまだこの季節で良かったのか?
でもこれからのシーズンに白菜や玉ねぎが採れないのは辛いな。
今からでも少しづつ増やすか。まだ間に合うとは思うが。
でも種とか残ってるかな?アッチもコッチも凶作だから多分植えまくってるはずなんだよなあ…
来年用の種は今年の収穫分から採るところがほとんどだ。
まあ大根なんかは1シーズンに2回栽培したりするところも多いだろうし、少しくらいは余ってるだろうけど…
全部復旧するとなるとさすがに種も無くなってるんじゃないか。
大根の葉っぱまで食わなくてもいいだろうに。間引きしてるんじゃないんだからさあ…まあ普通に間引いたやつ俺も食うけどさ…
「ああ、こりゃこれから苦労しそうだ」
今からでも魔界中から種や苗をかき集めないと…それで魔力をいっぱい注いで…そうすりゃ間に合うか?いや、間に合わせないと…
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