閑話 その頃人族軍は



リヒタール方面軍・司令部

勇者グロード


「何?あの陣容で負けたと?」

「そのようです。タラモル国・自由同盟連合軍は共に半壊のようですな」

「やれやれ、タラモル王も口だけだったようだな」


口だけなのはお前たちの方だろうに。

教会のお偉いさん共も帝国の王族たちも口ばかり達者で戦いとなると後方に引っ込んでいるだけだ。

グロードはそう思いつつも、口には出さない程度には弁えている。


此度の軍ではグロードは陽動部隊に回された。

主戦場となるヴェルケーロ方面では彼の代わりにタラモル国が誇る聖炎の勇者が出陣したのだ。


先に攻めるリヒタール方面は陽動、敵を集めた後で本命のヴェルケーロ方面から侵攻した。

カイト・リヒタールの作ったヴェルケーロ。

上層部は何としても欲しているらしく…かなり強引な侵攻であったが、なぜ上層部があの山に、カイト・リヒタール本人にそこまでこだわるかは分からない。


大魔王に後継指名されたとはいえまだ20にもならぬ魔族、まだまだ子供なのだ。

力も当然それ相応であり…グロードも以前に一当てしたが、グリフォンよりはるかに強いとされる龍に乗って未だ未だと言った所だった。小技の引き出しは多いようだが。



「やはりグロード殿にあちらに出陣してもらったほうが良かったのではないか」

「しかしな…」

「申し訳ないが私は儀式を行ったのでしばらく本気では戦えませぬ」

「そうであったな。気を悪くされるな」

「いえ、差し出口を申しました」


グロードは今回、出陣前に教皇に呼び出されていた。

そして重大な儀式を行ったので今は儀式前の半分程度にまで魔力が落ちたとの事。

それゆえメインとなるヴェルケーロ方面の戦場には行かなかった、行けなかったのだ。


おかげで陽動部隊であるリヒタール方面軍に回った。

だが陽動部隊とは言えこちらもそれなり以上の大軍。

将軍たちも時間を稼ぎながら隙あらばリヒタールを抜いてやろうと意気込んではいた。


…そしてここに来てもうあちらの戦場の敗戦の報である。



それにしてもグロードもこの報せには驚いた。

これだけ陽動をして、あれだけの軍勢を後方からたたき込んで…たとえ、大半は一般人にそこらにある農具を持たせたような軍だとしても、それでも負けるのか。


「ヴェルケーロ方面はそれほど強固な防御だったのでしょうか」

「二重に壁があり…外側の壁は簡単に抜けたようですが、内側の壁は高さもさることながら仕掛けが多かったようです」

「ほう」


情報担当の帝国将校が語る。


「落とし穴や抜け道があり…突然後方から敵が現れたりだとか、地面が爆発したりだとか、城壁からは大砲や銃が雨霰のように降ってきただとか、とにかく仕掛けが多く、中々城壁に辿り着けないような有様だったようです」

「ほう…後ろから」

「そうです。そして、その内側の壁を何とか抜いたと思った所でカイト・リヒタールが帰還し、奴一人にボロボロにやられたと報告が上がっております。『鳥』での連絡ですので、詳細はまだまだ不明ですが」

「奴一人に、ですか…?」


その報告には疑問がある。

カイト・リヒタールは確かに強い。

兵卒は勿論、そこそこの将軍では相手にならないほどの強さはあるだろう。

だが、だからと言って軍を相手に独りで押し返すほどだろうか。


いや、ボロボロにやられたという表現は押し返されたからは程遠い。

もっと壊滅的な被害を与えたと考えるべきだ。そこまで…


「どうかしたかな?グロード殿」

「はい…。カイト・リヒタールですが、私と手合わせした時はそれほどとは感じませんでした。むしろ奴がいなくなってから現れた飛竜使いの方が…」

「そうですな。奴には天馬騎士が次々落とされております」

「タラモル王自慢の勇者もいたはず。性格は悪い奴でしたが、実力はかなりのものでした。そう簡単に彼が倒せるとは思えませんが」

「確かに。我が国の騎士団と比較しても、かの勇者ははるかに秀でておりました」


グロードに同調したのは教会の誇る聖騎士団のトップ。

教会所属の天馬騎士も、帝国所属の天馬騎士も…カイトが去ってからの方がむしろダメージが大きい。

最近出現する老境に近いと思われる魔族、奴の方がはるかに手ごわいのだ。

という事はその竜騎士よりカイトは弱いという事になるだろう。

それなのに奴だけで本隊が崩壊させられるほどの被害を被るのだろうか…


「いずれにしても、あちらが敗北したとなれば我らも撤退も視野に入れるべきでは?此方は元々陽動の役目であったはず」

「いや、敵を分断し、侵攻するという点では成功している。今こそリヒタール平原を人族の手に取り戻すべし!」

「だが実際問題として、敵の砲を抜かねば…」

「敢闘精神あるのみである。今こそ全軍突撃すべし!」

「初日に乱戦に持ち込もうとして追い返されたのは貴殿の軍ではないか!」


やんややんやと言いたいことを言う。

発言しているのは一部の者のみ。

この軍のトップである帝国皇帝は座っているだけの置物であり、実験は伯父であるラミトフ大将軍が握っているようだ。

その大将軍もこれと言って発言はしない。

勢い良く囀るのは会議に参加しているだけ、決定権を持たない将たちだ。


会議は踊るが全く策は進まない。

こんな事で勝てるのだろうか。


…いや、勝てそうにない。

正直もう、妻の所に帰りたい。

グロードはそう思った。


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