閑話 希望

アーク歴1506年


ヴェルケーロ領

アフェリス・アークトゥルス



遠くで炎が見え、あちこちで怒声が聞こえる。

ロッソさんは前線で指揮を執りつつ戦っているらしい。

マークスさんは一度戻ってきて、それからリヒタールに居るカイトと大魔王城に援軍を呼びに行くのだとか。

私は…私は何もできない。

ただ守られているだけだ。



私、アフェリス・アークトゥルスは出来ない子だ。

自分でも良く分かっている。


子供のころから姉に憧れた。


姉のアシュレイは何でもできた。

走っても速いし、力も強い。

子供なのに訓練では大人の兵を相手にして負け無し。

ロッソさんやマークスさんみたいな一流の人たちにはまだ負けるけど、彼らもあと10年もすれば手も足も出なくなると話しているのを聞いた。



私にはもう一人、兄妹のような…従兄妹いとこがいる。

でも従兄妹のカイトは私から見てちょっとおかしいと思う。


頭は抜群にいいと思う。

あの姉が出来ない問題もあっさりやってのける。

でも武術は姉に比べればサッパリだ。

ロッソさんやマークスさんは坊ちゃんはかわいいなあ、って目で見てる。強いとか、期待が持てるって顔ではない。


でもそのおかしなカイトは大きな町を作った。

私が姉の跡継ぎをしなければならなくなって、大嫌いな家庭教師に勉強を強要されているときに。

出来なければ鞭で叩かれ、魔術で焼かれては治療されている時に。

彼はあっさりと巨大な街を作り上げたのだ。


私が将来しなければならない、街づくりや国を富ませるという事を、アッサリとやってのけた。

それを聞いた家庭教師はさらに私に対して暴力を振るうようになり、私はいつの間にやら声も出せなくなってしまった。


それを助けてくれたのもカイトだ。

何やらうれしいような苦しいような。

不思議な感覚であったが、彼の作ったヴェルケーロの町はとてもいい所だった。


昔からよく遊んでくれたマリアやマークスさんにロッソさんもいるし、喋れなくても皆分かってくれるし。食べ物は美味しいし、それからカイトもいた。

まあカイトはいると言っても忙しそうにしてるし、また戦争か…って言いながら嫌そうに出かけていっている。昔の父上みたい。大変そうだなあ。


私のここでの仕事は工場で近くのおばちゃんたちと一緒に布を作る事だ。

勿論若い女性も、子供もいるし中には足が不自由な男の人もいる。

でもここは基本的に近くのおばちゃんたちがワイワイと話しながら布を作る所なんだって。

なんでそうなの?と聞けば、領主カイト様が最初にそう言ったから。って


そこで私も布を織る。織る。


どうも、私は機織に向いていたようだ。

同じ動きを繰り返しているだけだと言う人もいるが、私は全く飽きない。

だって同じじゃないんだもん。


ほんの少しの工夫で前よりずいぶんよくなる。

おさをほんの少し押す力を強くするか、弱くするか。それだけで仕上がりが全く変わるのだ。

奇麗に出来た布を見るとなんだか気分が良くなる。

出来が良くないと次は頑張ろうと思える。


勉強はあんなにいやだったのに、何故布なら何時間でも織っていられるのか。

ロッソさんにいうとそれは楽しいからだって。

私が楽しめているから疲れたり、飽きたりしないんだって。







…楽しい日々はあっと言う間に過ぎた。

そして運命の日が訪れる。


この時、私の楽園は、崩壊するためにあるのだ、という事を思い出したのだ。



「アフェリス様、こちらに居られましたか。飛竜の用意は出来ております」

「いや!」

「危険はあります。しかし、こちらにおられる方が危ない。ロッソ様が避難するようにと。敵が、敵が迫ってきておりますれば!」

「やだ!」


ミルゲルさんが迎えに来てくれたけど、私は彼を振り切って避難していた領主館を飛び出す。

私だって守られているばかりではないんだ。姉さんやカイトのように戦わないと。


領主館を飛び出し、外に出る。

ロッソさんの声が聞こえた気がして西門の方を見る。


内壁と呼ばれている壁の、大きな門が開いている。

西門の近くからは怒りや悲しみの感情が現れては消えている。


何だかとてもいけない予感がする。

門に向かって駆けだすと、空を飛ぶ天馬騎士が壁外に向けて弓を番える若者に槍を放とうとしているのが見えた。


「あぶ…!フレアストーム!」


とっさに魔法を放つ。

あんなに苦手だった魔法はスムーズに腕から放出され、空にいる天馬騎士を撃墜した。


「嘘…なん…?」


何故なのか、理由は全く分からない。

分からないけどこっちに来てしばらくしてから体調も良くなったし、体も軽くなった気がする。

でも私にこんな魔法が…いえ、今はそれどころじゃない。


私には聞こえる。

門付近からの人々の悲鳴と、ロッソさんの怒りと。

そしてそれを上回るかのような悪意が。

この町を、すべてを奪おうとする悪魔のような心の声が聞こえるのだ。


「待ってて、私が。」


たどり着いたその先に何があっても。

―――絶望しかなかったとしても。


私は前に進む。

もう姉さんを喪った時とは違う。何かが出来るはずなんだ。

私だって、私だって…戦わなきゃ。

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