第212話 ヴェルケーロ防衛戦③

ヴェルケーロが包囲されて5日目。

援軍はまだ来ない。


徒歩と騎馬、それに飛竜で援軍要請を行ったが、まだ来ない。

もしやすると飛竜は道中で撃ち果たされているのやもしれぬ。


敵は数が多いがその大半は弱兵だ。

だが、そう思っていると一部に強者が混ざっている。

シュゲイム殿のように訓練を積んだ騎士と、それと一人厄介な動きをする者。


第二騎士団隊麾下の騎士との戦いではそうでも無かったが、我ら魔族との戦いではやけに動きも素早く、力も強かった。あれは勇者なのではないか。


勇者といえばこちらのリリー殿は魔眼でもって敵の弱点を上手く突いている。

それは指揮にも生かされており、我らが包囲軍に突撃しても優勢に戦えるのは彼女のおかげだと言ってもいい。


だが、やはり多勢に無勢。

全体で見れば徐々に押し込まれていく。

とは言えヴェルケーロの衆の士気は高い。

第一騎士団、第二騎士団それぞれに死者は出たが合わせてまだ10名にも至っていない。


若の作った学校は魔法の教育も行う。

適正の有る者に限られるが、その甲斐あって回復魔法の使い手は多い。

それと、若が独自に作った理論で酒での消毒を行っている。

何度も蒸留した酒で消毒するわけだが……勿体ない。


泥が傷に入った者は一度沸かした水に塩を少し混ぜた物で良く洗う。そして酒で消毒した後に回復魔法を使う。

縫えばよいのではないかと思うが、はしょうふう?とやらの可能性があるので何でもかんでも縫うと良くないだとか、じゃあ魔法で治すと『きん』はどうなるんだ?と若はよくぼやいているが…儂はその辺りは良く分からん。傷を負わなければよいのだ。


かつての御屋形様は戦場で傷を負った所を見たことがない。

流麗な盾さばきに加え、特殊な加護でもあるのかと思うような筋肉。

時には賊の剣を筋肉で弾いていた。

あれには賊は勿論、儂らも驚いたものだ。


わしも御屋形様の筋肉に憧れて仕官させていただいたのだが、とても同じようには成れなかった。

せいぜい矢を跳ね返す程度である。情けない。


「ロッソ殿、こちらにおられたか。そろそろ交代しましょう」

「…シュゲイム殿。もうそのような時間でしたか」


城門から時計台を見る。確かにもう6時だ。

若が作った時計は何故か12時間を2回で一日が過ぎる。

解りやすいような解りにくいような。何故12なのか。10では駄目なのか。

儂は算術が苦手なのでよくわからない。


館に戻るとアフェリス様が居られた。

嘗てのアシュレイ様を思い出す。もはやかつてのアシュレイ様の年を超え、大きく成長されておられるが…言葉はまだ完全には戻らない。


「アフェリス様、戦況は悪くありませぬ。一進一退と言った所にて」

「…う。…てね。」

「ハッ。では失礼いたします。」

「う…」


そう、一進一退なのだ。

こちらは騎士団が2つ合わせて1300名程度、それと義勇兵が3000。

義勇兵は儂らから見ると危なっかしい事この上ないが、それでも人族から見るとかなり強いようだ。


ケンタウロス族はすぐに弓の上手になり、ミノタウロス族は若直伝の止流音井度投法から恐ろしい剛速球を投げる。そして敵の矢や鉄砲を手に持った棍棒で…符利湖打法で打ち返す。


そう、敵は鉄砲を持っている。

だがこのヴェルケーロに鉄砲の音に怯む者などいない。

しょっちゅうパンパン、ドンドンと鉄砲や大砲の試射を繰り返し、最近では猟師まで鉄砲を使っている。

ミノタウロス族の連中は恐ろしい事にその試射を撃ち返す遊びを覚えた。

普段はおとなしい種族なのになぜそんな事に…


「ロッソ様。」

「ミルゲルよ、アフェリス様を逃がす準備は出来ているか」

「はい。飛竜、馬車ともに準備は出来ています。しかし…」

「そうだな。『モー』この包囲では下手に出す方が危ないかもしれん。」


若の作った町の防御はほぼ完壁だ。

城壁は人族では簡単には超えられず、空堀は水を流せば鎧を着てはとても泳げない。

遠距離から鉄砲や大砲を撃ちこんでくるが、こちらはゴンゾ殿がどんどんと大砲を増やして応射している。


「砲や火薬は?」

「ドンドンと量産されて『ブゴー』…います」

「そうか。それ『ブゴ』…良い知らせ『ブゴ』な」


牛や豚がうるさい。

内壁と外壁の間の豚舎を全部引き上げたので今や町の中でも豚の声が鳴り響いている。

喋っていてもどこからか豚の声が響く。


食料についても若の備蓄品の量が半端ではない。

ある時から憑りつかれたように農業を始めたが…いつの間にやら豚も牛もどんどん増やし始めた。

豚など何匹いたかわからん。


武器や防具、火砲も試作と量産のペースがおかしい。

実験だと言ってあちこちでバンバン撃ちまくるので皆が慣れた。

何時の間にやら新型の肥料だと言っていたモノは火薬になった。

我等に隠して火薬まで量産していたのだ。

馬も飛竜も火薬の音に慣れたが、豚も牛も火薬の音にはビクともしない。

どうしてこうなったのか。


今御屋形様がこの町を見ればどんな感想を抱くだろう。

…儂の想像では困惑している顔しか浮かんでこない。



――――――――――――――――――――――――――――――――


止流音井度投法→トルネード投法

符利湖打法→振り子打法

野茂とイチロー奇跡のコラボ。弱いわけがない

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