第211話 ヴェルケーロ防衛戦②


名乗りもしない敵を蹴散らし、深追いせずに軍を引く。

どうも人族の、それも連合部隊のようだ。


まず装備が揃っていない。

それに動きもバラバラである。

見窄らしい恰好の者もいる。物乞いをそのまま連れて来たような…おそらくは食い詰め者が軍に混ざって略奪をしに来たのであろう。



向かってくるものはすべて蹴散らした。

だが襤褸を纏い、逃げ惑う者はどうか。

しかしこ奴らを放置しておくと我らの領内を襲いに来るのではないか。ううむ。


「おい、そこの者。貴様らは何をしに来た?」

「ひっ!勘弁してくだせえ!儂らは付いて行けば食い物があるって言われたんです。どうか、どうかご勘弁を!」

「食い物…やはり人族の領域は食べ物が不足しているのか?」

「へえ。寒い夏のおかげで作物の実りが悪くって…おいらも農家だったんですが、全部年貢に取られておっかあもガキどもも飯も食えずに…うっうっ…」


泣き出してしまった。

いい年をした大人が泣くのは魔族としてどうなのだろう。

いや、彼らは人族だから別に問題ないのか?

若のよく言う、『まあ別に何でもいいか。』になるのか?


ううむ。

だめだ、彼らの風習などさっぱり分からぬ。


「良いか。似たような環境の仲間がいるなら伝えよ。我らの領地では難民は受け入れる。だが、迫りくる敵は…皆殺しにする!」

「ヒイイッ!」

「…妻や子が餓えていると言うなら戦いが終わったら一緒に来るがいい。ただし、戦の最中は上手く区別が出来ぬゆえ、何が起こるかわからぬ。…他の者にもそう伝えよ。わかったな。」

「はっ、はいいいい!」


敵は食い詰めた農民まで連れてきているようだ。

侵攻ルートは恐らく若が以前シュゲイム殿たちを助けた時のトンネルだろう。

あんな物は破壊すべきだという意見が出たが、もしかすると使えるかもという理由で埋めるだけ埋めてガワは破壊せずに保存しておいたのだ。


若曰く、『どうせあっても無くても来るときは来る。トンネルが無ければ山を崩すか新しいトンネルを掘ってでもくるだろう』と。

さすがにそこまでする敵はいないだろうと思ったが、相手にも魔法使いくらいは居るから山を崩すくらい出来るかもしれん。


それにトンネルも嘗て人族が掘ったもののようだ。

本格的にやる気になれば…我らとて山を崩し、畑を拓いたのだ。

相手に出来ないと考えるのは不遜というもの。


「ロッソ様!新手です!」

「そうか…そろそろ兵も疲れている。一当てして、ヴェルケーロに帰ろう。」

「我らはまだまだやれますぞ!」「疲れてなどおりませぬぞ!」


煩い反論が聞こえるが、すでに騎士団員もあちこち傷を負い、歩様にも疲れが見える。

元気なのはケンタウロス族くらいか。奴らの体力は際限知らずだ。


「では先ほどと同じだ。ケンタウロス隊の矢の後で突撃する。危なくなったらきちんと引くこと。貴様らが死ねば若が悲しむ。分かっているな!」

「「応!」」

「ではケンタウロス隊、出撃!」

「いくぞおおお!」

「「「おおおおお!!!」」」


ケンタウロス隊のリーダー、ウラナスの声と共に『ドドドドドドドド』と大きな蹄音が鳴り響き。

敵陣へ突撃するかに見えたケンタウロス隊は左右へ別れ、矢を放つ。

突撃に備えて槍を持っていたものは盾もなくまともに矢を喰らい、弓手が撃ち返した矢はケンタウロスのスピードについていけず誰もいないところに落ちる。


「頃合いか…行くぞ!」


ケンタウロス隊による射撃を3度繰り返し、敵が下がった所で我ら騎士団が突撃する。


「うおおおおおおお!」


声を張り上げて突撃する。

若が言うには声を上げることは味方を鼓舞し、敵を委縮させる効果がある。

特に人族にはそれが強く左右するのだと。


魔族は『血に酔う』状態になってしまうので、敵の声が多少大きくてもどうという事は無い。

だが、人族は我らのような巨人族の咆哮をまともに受けるとそれだけで身が竦むらしい。


試しにシュゲイム殿の所の新兵で実験したところ、腰を抜かしたものが多数。

小便を漏らしたものまでいた。アレでは戦にならぬ。


という訳で新兵を鍛える際、怒号に慣れさせるという訓練が加わった。

今ではその特訓を受けた人族が魔族の新人たちを怯ませるほどになった。

うむ、成長とはすばらしいものだ。


「ロッソ様、敵が下がりました」

「うむ。我らも下がろう。城壁まで下がるぞ」

「ハッ!」


まず初戦は相手を引かせることが出来た。

今日の所はこういう小競り合いをもう5度は行った。


こちらの死者はまだ0、重傷が13、軽傷が多数。

重傷者は最初の小競り合いで深追いをした者だ。

部下には散々言い含めたし訓練もしたが、中々血に酔ってしまうと上手く下がれない。

そこを突かれて槍や弓を喰らっていた。まあ回復魔法で治るだろう…。


それに比べ、あちらはかなりやったはず。

回復魔法の使い手もいるので即死さえしなければ復活できるが、あまり回復魔法を使っていると兵より魔法使いの方が先にへばる。

少しずつでも削っていかねば。

我らの数ではとてもまともに組み合えば対処できんからな…



―――――――――――――――――――――――――――――――――


ヴェルケーロ第一騎士団600名 第二騎士団700名 義勇兵3000


自由同盟連合軍 2万5千→2万4千

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