第208話 謀略


翌日も特に何も無し。

いつものようにワーッと攻めてきて、そのわりにスッと引いた。

…まるで何かを待っているようだ。



嫌な予感をヒシヒシと感じながらも時は過ぎる。

今は待つことしかできない。

相手の動きが分からない以上下手に動き回るのもマズイ。だからってじっと待っていていいのか?分からない。



あちらは食料が無い。

ヴェルケーロ地方は…というか俺の領地はいつの間にやら魔界有数の食料生産地だ。


普通に考えて山ばっかりのヴェルケーロより、今戦場になっているリヒタール平原の方がよほど農耕に向いている。だがここは戦争になるといつも最前線になり、兵に踏み荒らされるから畑は無い。

リヒタールの城壁の内側や後方にしか畑が出来ないのだ。

その他はと言えば領主館の裏手にある、俺が昔切り拓いた森くらいしかない。


森か…切り拓いた森はそこそこの面積でその向こうにはもっとはるかに広い森が広がっているが、その後方はアークトゥルス領やガクルックス領に繋がっている。

ここから敵兵が来るか?と言えば来ないだろうとは思うが…



ふと、今までと違った視線で見てみる。

昔俺たちが必死になって切り拓いて作った畑は、今見るとまあそこそこ広い畑だけど…って程度の大きさだ。ヴェルケーロの山や盆地、森を切り拓きまくった畑とは大きさが話にならん。


子供たちが必死になって拓いた畑だ。

親父やマークス、ロッソ達はどんな気分だっただろう。可愛くてほっこりしていたのだろうか。

それとも驚愕していたのだろうか。

今の俺からじゃ想像もつかないなあ。喜んでくれていたのならいいのだが。


ここをぼんやりと見ていると全てが懐かしい。

あそこも、ここも。

ほとんど全てがアシュレイと一緒に作った畑だ。

ああ、そう言えば泥団子を頭に乗せて怒られたアホもいた。

まあ怒られたのは俺で、アホはその後風呂に入って呑気に飯食ってたのだ。

その間じゅう俺は親父に怒られて…


「―――来ませんね」


伯母上の声で我に返る。

ボンヤリして変な事を考えていた。

懐かしさに目から変な汁が出そうになっていたところだ。

あぶないあぶない。


「…ヤな感じですね。周辺の索敵にも特に引っかからないんでしょう?」

「そのようですね…」

「はあ…。ちょっと僕は領地に帰る用意をしておきます。食料と花火は…半分くらい持って行っていいですかね」

「ええ、どうぞ。」

「まあマークス次第ですけどね」


伯母上と庭を見ながらの会話だ。

ベラさんは今前線に出て行っているようだ。

あちらは特に何も起こってはいないようだが。


マークスは飛竜に乗っていった。

暇な時間に見せてもらったが、なかなか立派な飛竜である。

飛竜隊の連中の持っている奴より強いんじゃないか。そのくらいの大きさに魔力の高さだ。

ハッキリ言って今のアカよりだいぶ大きいし安定感もある。

いや、アカさんはこれからだから。ね。


まあそれはそうと。

何かイロイロときな臭いんだよな今回は。

親父と伯父上が暗殺された時と同じような謀略があるのかもしれん。

その場合狙われるのは…


「ここだけの話ですけどね」

「どうした?」

「一応後方や内部にももっと注意した方が良いと思います…ウーモチ、いるか」

「ハッ」


後ろに控えていた執事が前に出る。よく見たらウーモチじゃん。

こんな所にいたのか。

正直、いないかも?と思っていたとは本人には言えない。

よく見れば彼だと分かるが、パッと見いつもと顔が違ってるからわからなかったのだ。


「彼は親父の…そのかなり前からリヒタールで諜報活動をしている死火衆の一人です。あー、そう言えばカラッゾとは面識有りましたね。彼の部下です。」

「ウーモチと申します」

「よろしく頼むわね」

「ハッ」

「どうも前回、前々回の侵攻ともまた違う状況のようで。良く分からないので…後ろからぶっすりとか、おかしな毒を仕込まれたりなんてことになる可能性も有ります。伯母上は彼らと上手く協力し合ってもらえればと思います。リヒタールの事を彼ら以上に知っている人材は無いでしょう」

「…分かったわ。ウーモチさん?後で事情を聞かせてもらえるかしら」

「畏まりました」


スッと下がる。

うーむ、本職の執事より奇麗な所作だ。さすが忍びの者は芸達者だ。

このまま何事も無ければよいが…





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