第177話 砲撃

アーク歴1503年 弐の月


リヒタール



月が替わって弐の月になった。

籠城戦が始まって10日あまり、まだまだ平和である。

俺たちは何のために延々と走って来たんだ。畜生。



仕方なく兵たちは訓練の日々だ。

おれも暇を見て矢を作ったり、会議という名の無駄な時間を過ごしたり…そろそろ畑もいじろうかなと思ってきたところだ。長期戦になるかもしれんからな。


あちらは何かの準備をしているが、具体的に何を仕掛けようとしているのかがよくわからない。

おそらくは攻城戦の用意だろうと思う。


攻城戦に使う攻城兵器といえば、投石器か大きなはしごか…破城槌とか?あと何だっけ、壁に仕掛ける階段と車輪の付いた…『なんとか車』だ。だめだ、名前が出てこない。トロイの木馬は違うし…何だったっけな?


まあ恐らくその辺の用意をしているのだろう。

それか大規模な魔法攻撃の準備だ。

魔法の場合は魔力の流れで前兆が分かる。

やべえと思ったらこっちも全力でバリアー結界魔法を使えばいいのだ。


どんなことしてるのかと思って、アカに乗って一度偵察に行ったが良く解らなかった。作業をしているところには天幕があり、防御も堅そうだ。

ブレス一発どーんしてみても防がれてしまった。


乱戦の中なら兎も角、万全の状態で防御されると今のアカのブレスでも人族の防御障壁は破れない。

もともと種族特性として攻撃力は低いが防御力は高いからな…

やっぱり普通に撃つだけじゃ無理か、と思ってたら迎撃に敵の航空部隊が出て来たからサクッと帰った。



しょうがないからノンビリ防衛準備を進める。

まあぶっちゃけ、平地での戦でも勝てるとは思う。

でも向こうには魔族特攻というわけ分からんチート能力を持ったやつが多分いる。真面に平地でぶつかり合うと犠牲者が半端ないだろう。

そういうクソチート野郎が居ないならこうやって防御を固めている所に態々攻めてきたりはしないだろうとは思う。


でもまあこっちにも師匠や伯母上みたいなトップクラスの戦士はいる。

隠し玉のリリーもいる。リリーには魔族特効が効かないから素の性能の勝負になる。ちょっと模擬戦やってみたけどとてもじゃないけど勝てそうにない。3倍抜きにしてもぜんぜん俺とは基本性能が違うっぽい。アシュレイや師匠クラスといい勝負だろう。まあでもあっちにはリリーの事はバレてないはずだ。


それでもトップクラスの魔族の戦士たちがかなりたくさん集まっているところにわざわざ攻めてきたのだ。という事はあちらにも何か隠し玉があるはず。

そうじゃなきゃよっぽど開戦決めた奴が頭おかしい。

それにしても…


「籠城って退屈ですね…」

「そうですね。カイト殿の冒険の話は面白かったのですが…」

「…話すネタももうないですもんね」

「もう一回偵察に飛んでいこうかな」

「貴方の身分を考えなさい。飛竜隊は出しています」

「はーい」


そんなこんなでフラッと出かけも出来ず、会議室はいつの間にかグダグダ話すだけの部屋になった。

最初喧嘩腰だったオッサンたちともドレーヌ公爵を通じて仲良くなった。


あの親父、アホのくせに変に人望があるみたいで仲のいい領主は多いのだ。

その辺コミュ障拗らせてる自覚の有る俺とはだいぶ違うわ。羨ましい。








退屈だった状況は一気に変わった。

敵軍の攻撃が始まったのだ。


それは払暁。

厭戦気分が蔓延しようとしていた魔王軍に一喝を与えるような攻撃であった。


『ドオオオオン!』『ドゴオオオン!』


「うおっ!」


ものすごい音に飛び起きる。


「何事だ!」

「敵の攻撃のようです!詳細不明!魔力の波動無し!」

「第3区画が破壊されています!」

「南門一部損傷!」


被害を知らせる声が響く。


「ビックリしたな。どんな攻撃か見たか?」

「さー?おれも寝てたぞ!」

「…まあそうだろな」


アカの目クソを取りながら師匠と伯母上のいる執務室へ入る。

やっぱりここも大混乱だ。


「状況はどうなっているか!」

「間隔をあけて敵の攻撃が!魔法攻撃ではないようです!」

「負傷者多数!死者は不明です!」

「南門付近に攻撃が集中しています!」


ふーむ?遠距離から一定時間を空けて攻撃。

んで門が破壊されてると。窓からみると轟音と共に建物が吹っ飛んでいるが、着弾点に爆発は無い。魔力痕もない。敵陣からは煙が上がっている。飛んできている物は丸い物体だ。…これってつまりアレだよね。


「…これは大砲っぽいですね」

「大砲?それは何だ?」

「えーと、大きな銃ですね。ああ、これを見てください。」


前回の侵攻で手に入れた銃をカバンから出す。

教科書で見た火縄銃と同じようなつくりだ。

違うのはフリントロック式であるという事くらいだ。


「この筒から、火薬の力でこの球を打ち出します。これの大きいヤツを撃ってきているんじゃないかなと。魔力は使わないので魔法の気配みたいなのは無いと思います」

「ほう。何故それを知っているのですか?」

「…大魔王様と話したことがあります」


どこかの領主に質問されたが大魔王様のせいにする。

勿論、大魔王様と鉄砲について語り合ったことなど無い。


でも大魔王様のせいにしてしまえば大体OKなのだ。

師匠はこちらをじろっと見ているが何も言わない。

師匠も何も言わないから周りも何も言えない。


「この砲の周囲に火薬があるはずです。それを使えなくするか、あるいは砲自体を壊すかしてしまえばいいかなと。ちょっとアカと見てきます」

「危険ではないか?」

「飛んでいるドラゴンを迎撃するほどの命中精度は無いと思いますが…まあ気を付けます」

「分かった。可能なら破壊してくれ。…飛竜部隊も付けよう。ギロンヌ殿、よろしいな」

「ハッ!私も共に参ります!」


ギロンヌと呼ばれた竜人族の男性が返事をする。

竜人族は鱗を持ち、背中にドラゴンのような羽と尾を持つ人族で大魔王城の飛竜部隊の長だ。


イケメンで羽と立派な尻尾。

うーむ、カッコいい。

どうせならちびっ子エルフより竜人族の方が良かった。羨ましい。


「…分かりました。ギロンヌ殿宜しくお願いします。ああ、それと砲撃で崩れた南門付近に敵が迫ってくると思いますのでご注意を。球が飛んできている間は穴や溝を掘って中に隠れているといいと思います。それと、敵の砲撃は薄い家の壁くらいなら貫通する可能性はあります」

「成程。防衛隊に伝えよう。」


塹壕の中に隠れてしまえばよほど運が悪くなければ大丈夫だろう。

まあ中には隠れている所に弾が飛び込んでくる運の悪いやつもいると思うが…それは仕方がない。


「よし、アカ行くぞ。ギロンヌ殿、参りましょう」

「うむ」

「おー!」


しかし、大砲が出て来るなら籠城は失敗だったかな?

でもまあ向こうも無限に火薬があるわけでもないし、大砲をホイホイ用意できるわけでもないだろう。そういうことにしよ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


カイトの『なんとか車』は井闌車をイメージしています。

キングダムや三国志で出てきたやつですね。

どうも中世というか古代のイメージが抜けていないカイトは銃を見ているのに大砲を思いつかなかったわけです。大砲による砲撃は日本では大坂の陣で使われたのが有名ですが、当然欧州でも使われています。初期は大きな石を飛ばしていましたが、火薬が高価で飛距離も短く命中精度も悪いものだったようです。


この世界で使われている大砲は鉛の球を使っているので重く、威力も高いものとなっています。命中精度はまだまだです。

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