第153話 失政
試し打ちは皆で順番にやった。
火薬を少なくすると威力が弱くなったりちゃんと飛ばなくなるし、多くすると銃が爆発する可能性もあるなんてことを説明した。適正な量があるはずだが、俺にもどのくらいが適正か分からん事、あんまり打つと銃身がひび割れて危ないから気を付けることなどなど…
何でそんなこと知ってるんだって聞かれたから同じようなのを作ったことがあると適当に答えた。実際に作ったし。銃じゃなくて大砲サイズだけど。
後できちんと銃サイズを作ろう。
なあに、苦労するのはゴンゾとゲインだ。
日本で火縄銃を作る時にネジが作れなくて苦労したなんて話がある。
という事はネジ以外は既に作る技術があったという事だ。
実際に量産体制に入ると全国でホイホイ作られ、戦国末期には世界トップクラスの銃保有国になったらしい。
まあ、職人たちの環境は猛烈なブラックだっただろうな。
あの時代は職人たち以外もくそブラック環境だったとは思うが。
まあ俺はそんなブラック社長にはならない。
だからゲインとゴンゾにはサッサと銃を作らせよう(自覚無し
というわけでリヒタール領の事は伯母上に任せ、俺たちは帰ることになった。
敵がどうなってどうやって撤退したか。追撃がどうなったのかなんて話はロクに聞かせてもらえなかった。
また侵攻があると思うから防衛は今まで以上に戦力を裂かないといけない。
なんて当たり前の事を毎日長々と会議していたのだ。
アホらしくなったからさっさと帰ることにしたのだ。
何せ俺たちはやることがいっぱいあって忙しい。
俺の所に来る予定の3万という避難民は、リヒタールが奪還されたから何割かは元の暮らしに戻るだろう。でも全部かと言えば多分そうじゃない。
一時避難した1割がウチに移り住むとしたらそれだけで3000人である。
一度に3000の移民となるとこれは大変なことだ。
彼らが食えるように食料を増産しないといけないし、当然寝床もいる。
今頑張って増やしてるだろうけど、足りると言えばどうだろうか。
まあ足りても足りなくても、本人たちにモリモリ手伝わせるわけだが。
「ではもうこの一帯は当面の敵はいないという事ですね」
「そうだな。そう考えてよかろう。偵察も出しているが散り散りになった兵がいるくらいで、大群は見当たらないらしい。まあその逃亡兵たちに盗賊になられては困る。どう処理しようかという所だな…」
「そうですか。では私たちはサッサと帰らせてもらいます。難民の受け入れ準備等も忙しそうなので。あー、ロッソの部隊と食料はしばらく置いて行きます。ロッソの部隊にはリヒタール出身の者が多いので色々と役に立つでしょう。わかったな?ロッソ。頼むぞ!」
「ハッ!」
「すまぬな、カイト。忝い。」
「いえいえ」
という事でシュゲイム率いる移民と比較的新しい住民が中心となった第2軍を引き連れて帰る。
帰る分と少し余る程度の食料を持って、残りは置いて来た。
手持ちの食料はかなり寂しくなったがまあ仕方ない。
ついこの間来た道を今度は帰る。
前回は大軍だったが、今回はかなり少ない。
とは言え、俺と同じように引く領主も同道している。
でも行きの時は割と話してくれていた人たちも帰りになるとなぜか口数が少ない。
心なしか遠巻きに見ているような。
お隣のカニエラル領の領主であるウルグアエルさんもものすごい顔でこちらを見ている。
何だってんだよ…
「俺なんかやったか?」
「私は直接見てはおりませぬが…黒炎が上がり、攻め入ったアルスハイル帝国の兵たちが逃げまどっている所は見ました」
「ほーん?」
アルスハイル帝国はゲームでカイトのいるリヒタール領に攻めてきた国だ。
開幕1ターン目にリヒタール領に攻め入ってボコり、次のターンくらいで滅亡させるという早業で…カイトでプレイした時にどうしようもなかった相手である。
それが尻尾撒いて逃げだすと。
その光景は俺にとって中々爽快な気分になっただろう。
是非見てみたかったものだ。
「炎は派手でしたし、かなりの兵を討ち取ったかと思いますが…詳しい数などは私には知らされておりません」
「ふーん?まあ後方だったもんな」
今や俺の軍のナンバー3だが、シュゲイムは立派な人族だ。
混血の軍人は多いが、純血の人族で高級士官として従軍している者はそうなかなかいない。
シュゲイムは現在妻である第一王女と子がヴェルケーロ領におり、普段は平和に魔族に混じって平和に暮らしている。
道中、話を聞くと今は田んぼと水路の拡張に精を出しているそうだ。
いいぞ、もっとやれ!である。
俺からすれば妻子を人質に取っているようなものであるし、彼が今更裏切るとは思えない。
でも他の領主からすればこの間移住してきた訳の分からん人族である。
俺は心配ないと主張したが、変なところで寝返られたら困るという事で仕方なく最後方で輜重隊の護衛任務に就いていた。
マジックバッグのある世界でも輜重隊は重要だ。
そもそも個人の魔力量によって内容量が変わる。そして重い物は入り辛い。
俺はステータス的に魔力だけはホイホイ上がっているからあんまり気にならないが、ロッソやシュゲイムなんかは脳筋型なのでその辺が厳しいらしく、マジックバッグを持っても大して役に立てないらしい。
マークスは知らん。アイツは万能型だからな…
他にも問題はある。
万一マジックバッグ持ちが殺されたらどうなるか。
バッグの所持者が殺されたばあい、所有権を共同している者がバッグを開けるまで中の物資は封印されたままになる。開錠の方法はあるようだが、失敗すれば中身が破損したり、あるいは永久に失われるらしい。
俺のように寝ていた場合も同じだ。
寝ている人の指を使って指紋認証って風には出来ないらしい。
iph〇neの顔認証より進んでるな。アレは寝てても目を指で開ければ顔認証が通るという訳わからん状態だったらしい。改善されたのか?
そうすると兵の食料も無ければ、武具や馬具の替えも無くなる。
さすがに困るので最低限は輜重隊が曳いているのだ。
「輜重隊は問題なかったんだろ?」
「ええ、全く。盗賊も無ければ人族の奇襲もありませんでした。後方奇襲については可能性を考えて対策していたのですがね」
「そりゃ残念だったな。まあ仕事が無くて退屈なくらいでちょうどいいだろ」
「ですかねえ」
当然だが輜重隊はリヒタールに置いてきている。
あっちはあっちで色々大変だし、町の再建から防衛まで、まだまだ戦いは続く。
飯も食わずに戦えるかってんだ。
などと、ディープの上で手に入れた銃をイジイジしながら考える。
鉛玉を持って重さを確かめたりしていてふと気が付いた。
「ああ!?…鉛ダメじゃん!!!」
鉛玉が体に入ると良くないとか、そう言えばローマ時代は鉛の杯を使ってて鉛中毒になったとか…銃弾が体に残ってそこから鉛が溶け出してキレート剤でなんちゃらかんちゃら…あー、キレート剤ってなんだ?だめだわからん。とりあえずあの缶詰が駄目だって事は分かった。
「あー、やらかした。誰か、伝令を」
「ハッ」
「置いて来た缶詰回収してきて。至急!アレあんまりよくなかったわ!」
「…ハッ?畏まりました」
ロッソの部下の、アイツ名前なんだっけ。ハランデか?
ハランデ(仮)が急いでリヒタールに戻った。
そんな事考えなかったけど鉛で缶を蓋すると鉛中毒になる可能性があるんじゃないか。
うーん、俺も思いっきり缶ごと沸かして食ったな。大丈夫かこれ…
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カイトはうっかりミスも多発しています。これはその一部です。
何でも100%出来るなんてありえないんですよね。
他の大多数のミスはマークスやシュゲイムなどの優秀な部下がしれっとフォローしています。部下の権限が大きくなって、後々の世代にいろいろまずくなる前兆です。
どこの歴史でもそういうものですね。
補足ですが、鉛中毒のLD50値はラットで2,000 mg/kgらしいです。
これはそのまま人間に当てはまるとして、成人男性60kgとした場合120gの摂取で食べた人数の半数が死亡する。という意味です。
鉛は塩分で吸収効率が上がるようなので味の濃いカンヅメをいっぱい食べると危ないですね。とはいえ、幾らなんでも1回で缶詰の蓋に使った鉛が120gもあって、そのまま全部食べると言うのは考えづらいです。長い時間かけて缶の内部に漏れ出すというのも有るでしょうが、そもそも蓋にするためのはんだで100gも使うと言うのはちょっとあり得ない数字ですね。食べ続けて蓄積した、とかじゃないとどうという事は無いかと。それに融点の問題もあるので温めても全部が缶詰の中身に溶け出すとは少々考えづらいです。
LD50値は半分が死ぬ数字なので、勿論これ以下でも死亡したりいろんな障害が残る可能性もあります。
そういうのも含めてハッキリ言って失政です。残った缶詰は全部廃棄、缶詰工場は赤字のまま次の事業を考える事になります。それか新しいフタの方法を考えるか。
でも1度も失政をしなかった政治家、大名なんているでしょうか?
そんなのありえんよな…と思います。
という訳であえて失敗→回収騒ぎを起こすために出しました。
缶詰の話ですが、実際の話として鉛は簡単ですがアルミ加工は材料的にも難しいと思います。そもそもボーキサイトが未発見という設定なのでアルミ自体が無い。
…という訳でしばらく保存食は瓶詰めになると思います。
缶よりさらに重くて輜重隊には不評になりそうですね。
あと、本来に想定していた流れだと、このまま鉛で蓋した缶詰をもう少し放置して、健康被害が出てから気が付くと言う流れを想定していました。
その方がリアリティがあるかなって。
でもなろうの時にコメントで偉い勢いで怒られたので早めにこの話を持ってきて、カイトが失敗にすぐ気が付く人になりました。
ダメダメなところを出したかったのになんか優秀な領主みたいになってなんだかなあです。作者の失政、失敗ですね。
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