第145話 行軍
アーク歴1501年 伍の月
ヴェルケーロ領
「うーん、どうすっかなあ」
「援軍に行かれないので?」
「行くつもりだったんだけど…」
リヒタール領は人族の侵攻を受けている。
当然マークスもロッソも、それどころかヴェルケーロの一般市民も知っている。
識字率の高く、紙の安いヴェルケーロでは新聞のようなものまで作られ始めた。
俺は何も指示していないのにだ。
それで、人族の侵攻が起こったわけだが。
それがどの程度の規模で、どの程度の被害なのかはかなり遅れて情報が流れてくる。
いわゆる伝令が大急ぎで馬を走らせた情報が流れるのが1週間ちょい、行商の噂なら2か月くらいかかる。現代だと何千、何万キロも離れた所の戦況がテレビでライブ中継されるがコッチじゃとてもそうはいかない。
しかしまあ無線は当分出来そうにないからともかく。
伝書鳩とか…は食われるか?
じゃあ、とりあえず伝馬制くらい敷いてもいいんじゃないか。
塔を作って…とか、鏡を使って光通信とか?良い感じのガラスやメッキ技術が必要になるな。無線は無理でも有線なら…どうやって信号を変化させるんだっけ?だめだ、その辺さっぱり分からん。
現実問題として、超絶大急ぎの情報なら飛竜で連絡できる。
飛竜なら一日だが…うーむ。
中世なら当然とはいえ情報の伝達が遅い。
俺の感覚だと遅すぎる。
とっとと電車…は無理だ。蒸気機関車くらい実装してほしい。
「まあ正直状況は良く分からんが、とりあえず出撃しよう。ロッソ、第一兵団の準備は問題ないな?」
「ハッ!総勢800名、いつでも出られます!」
「シュゲイム、第二兵団はどうか」
「第二兵団500名、いつでも行けます!」
「よし。」
800と500??
そんなに増えてたっけ?
戦争で1300と言えば大した数ではないような気もするが、昔のヴェルケーロ村の総人口である。
第一兵団はリヒタールから連れて来た兵とヴェルケーロで募集した半農の兵、それにこっそり移住してきたリヒタール出身者の中から選ばれたものたちだ。
まあ、言うてリヒタール出身の兵たちも訓練と称して農業や土木工事をさせているから専業兵士というよりは半農、或いは屯田兵と表現する方が近い。
そして第二兵団は元々はシュゲイム殿が率いて来た騎士と、5000の避難民と一緒にこちらへ来た騎士。そしてさらに避難民の中から希望者を募って新たに作られた兵団だ。
第一兵団は魔族が、第二兵団は人間がメインである。
訓練中の部隊は他にもあるが、コッチはとりあえずマークスがトップになっているが…誰か代わりの者を早く団長にしたい。何でも仕事はマークスに放り投げてるからなあ。
「補給物資もあるな?」
「はい。こちらに。」
そういや工兵隊みたいなのも作りたいな。
こちらに来てまだ銃は見ていないが、魔法への対処として塹壕を掘ると言うのは普通にアリなんじゃないか。それから、城攻めの際に穴掘りをするのもいいだろう。
土魔術師がいるならより快適に穴を掘れる…快適に穴掘るってなんかおかしいな。
「よし、大魔王城を通過してそれからアークトゥルス魔王城へ、そして人族を追い返すかもしくはそこまでで食い止める。避難民は出来るだけ保護…良いな?」
「ハッ!」
「留守はお任せを」
「じゃあ頼んだ。行ってくる」
「ご武運を」
大通りを通って出撃。
『がんばれー!』とか、『お気をつけて!』とか。
声援を浴びながらの出撃だ。
俺も兵たちも知り合いに声を掛けながら出発。
ヴェルケーロの町を過ぎ、平野部に降りたら次はこっちに移住している者たちが見送ってくれる。
稲作の方も何やかんやで軌道に乗れそうだし、移住してきた人間も段々魔族と馴染んできてる。
まあ元々可笑しな宗教にドハマリしてる人以外はそんなに人間側も魔族を嫌ったり怖がったりしていないようで。普通にその辺は助かっている。
「まあ旅は長い。気長に行こう」
「そうですな」
アシュレイのマジックバッグはどんどんと拡張を続け、食料もいくらでも放り込めるようになってきている。おまけに鮮度もそんなに悪くならない。
さすがに時間停止とまではいかないがかなり時間の流れは緩やかになるようで、トマトは1か月放置してもまだまだ食べられそう。
こんなことになるなら缶詰なんて慌てて作らなくてもよかったんじゃないか。
まあどんな技術でも無いより有る方が良いけど。
「行軍だけじゃ暇だな。途中で訓練したり狩りしたりもしないとなあ」
「食料も限りがありますからなあ」
「腹が減っては戦は出来ぬ、だな。まあ食料は今のところ豊富にはあるが」
そう、食料は今のところ問題ない。
領地も特に問題なく経営できているし、ドンドン農業改革も進んで生産量も右肩上がりだ。
家も工場も建設ラッシュが起こっているので鍛冶屋や大工も休む暇が無く、皆がうれしい悲鳴をあげている。
酒場も毎日煩いくらいに盛り上がり、酔っ払いの歌声も響き渡って近所迷惑だ。
人口も増えたから風呂屋も増やさないといけないし…町も拡大しないとなあ。
「カイト様、ファルサオルの領都がみえました」
「おう。…ここの領主って名前なんだっけ?挨拶しないといけないかな?」
「ゲガルス・ファルサオル様です。ファルサオル殿も出兵されているかとも思いますが…」
「ほーん?まあ、ロッソ、挨拶ヨロシク。」
「では…んんっ、開門!かいもーん!こちらはカイト・リヒタール卿率いるヴェルケーロ独立軍である。リヒタール領の救援の為に軍を率い、行軍中である!開門されたし!」
「ちょ、ちょっと待ってくれえ!」
門の向こうはバタバタしている。
まあそりゃそうか。なんと言っても今は夜だ。
つーか夜中だ。
「やっぱり夜中にこれは不味かったかなあ」
「普通は夜間行軍などやりませんからな」
「だって、せめてこの町まで来たかったんだもん」
ファルサオルの領都は普通に歩いて2日目の地点にある。
まあ俺は馬上だし、兵の皆は装備をカバンに詰め込んで、あるいは走るのが得意な種族に持ってもらって。そしてマラソン選手のような格好で走っているからそれほど…まあ疲れてるけど。
うちのモットーとして、兵は走らなければならない。
決戦に遅刻するようじゃ問題外だからだ。
それに何より、前回のユグドラシル防衛戦で駆けに駆けたジジイの影響が大きいらしい。
おかげでゴブリンもトロルもウチのメンバーはみんな走るのが大好き。
馬の増産も急がないとなあ。
「ど、どうぞ!」
「おー、ごくろーさん。適当に広場借りて寝るだけだから。よろしくな!」
門を開けてくれた兵隊さんにお礼を言って中に入る。
勿論領都を攻めたりなんかしない。大人しく広場を借りて野営する。
門の外でも別にいいけど、モンスターなんかが出たら面倒だからな。安心して眠れないし。
翌日、水と食料の補給を済ませて再度ランニング開始だ。
兵は神速を貴ぶ。
正にその言葉を体現するべく走る。走る。
まあ早く移動しようと思えば飛竜に乗せてもらうとか、アカに頑張って運んでもらった方がはるかに速いけど…1300人も運べるかってんだ。
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