第106話 ユグドラシル防衛戦 8日目夜
夜になり、飯を食いながら他の状況を確認する。
俺の所はかなりヤバかった。
モンスターは最終的に壁の上にも登って来た。
もう少しで突破されるところだったのだ。
死者1名、負傷者が39名。
負傷者のうち数日のうちに復帰できそうにない傷を負ったのは5名だ。
この世界は回復魔法やアイテムのおかげで怪我や傷にはやたら強い。
それでも復帰できない程の傷を負ってしまった。
…部位欠損だ。
まあ言うて四肢の一つ程度の部位欠損くらいならどうという事はないとも言える。
俺だって片手と片目が無いままで何とかしてる。
でも、右手を失ったとして何の訓練しないまま戦うとどうなるか。
―――まあ次は命を失うだろうな。
という訳で負傷者の戦線復帰はお勧めしない。
後方支援をしてくれるなら大歓迎だ。
さて、俺たちはエルフの第三防衛隊と一緒に西門防衛任務について戦っていた。
まあ一緒に戦うと言うか俺はお飾りの防衛司令官に任命されてしまった。
100%縁故採用って感じであんまり嬉しくないが、防衛隊の諸君らとは少し仲良くなった気がする。
副官をしてくれているヤノン君は俺よりちょい上くらいの年に見えるがもう137歳になるんだって。
ヤノン君はヤノン君じゃなくってヤノン爺さんだった。申し訳ない。
まあそれはそうとして。
俺たちは今、危うくカマキリに噛り付かれそうになったマイヤ君、一緒に槍で押し返していたカイヤ君、メイヤちゃんと一緒にご飯を食べている。三人は従兄弟同士で仲良く育ったんだってよ。
勿論全員俺より年上だ。
見た目はちょい上か?って程度なんだけどな。
「西側は犠牲者1名だが…他の所はどうなんだろ」
「東と中央は酷いみたいですよ。中央は王がいるおかげでどうにかまだ持っているという所のようです」
「東は50人くらい死んだって聞いた。負傷者もいっぱい」
マイヤ君の後にメイヤちゃんが教えてくれた。
うーむ。
犠牲者1名は蜂を倒している間に下から上がって来た蜘蛛に襲われた奴だ。
近くでいたのに何もできなかった。クソ…
上下からの同時攻撃は人間は、というかほとんどの生物が対応しきれないと思う。その分他人がフォローしないといけないのだが、数が増えると自分の敵の対処で手いっぱいになってしまう。
しかし、いよいよ不味い状況になって来た。
本当なら上下同時攻撃を防ぐ、ではなく同時攻撃の前にこちらが連携してモンスターを片付けなければならない。
あるいはどちらか一方のみの攻撃に絞らなければならないのだが…。
下層のモンスターと言ってもまだまだこれからだろうし。
ボスも出てくるのだろうか?
ゲームでのエルフの国は大きさの割に国力も武将も大したことなかったイメージだが、この襲撃の直後だったから弱ってたって事か?参ったなあ。
「まあ、今日も出来るだけ早く寝て魔力を回復させよう。そうしないと明日が持たないぞ」
「はい…」
「まあその前にお片付けだな。それと、もったいないが魔石を使うか」
「魔石をですか?」
「ああ…爺ちゃんに会ってくる。ロッソ、行くぞ」
「ハッ!」
「おれもつれてけー!」
「お前は遊んでもらっといていいぞ。肉食ってお片付けのお手伝いしとけ」
「おー!」
アカを3人に押し付けて
爺ちゃんは作戦本部のテントで飯を食いながら幹部たちと話していた。
今更話しても特に何も出ないと思うが…まあ話さないよりましか。
「爺ちゃんちょっといい?」
「カイトか、どうした?」
「援軍は到着までまだ時間がかかると思う。それで、ちょっと仕掛けたいことがあるんだけど」
「何をだ?」
「地雷だよ」
「…地雷?ああ、あれを使うのか」
「そう。どうせ魔石はいっぱい採れるでしょ?」
「そうだな…」
本当はこの手はあんまり使いたくない。
魔石を用いた地雷は、簡単にいうと魔石をいっぱい集めて火の魔法陣にセットして地面に埋めておいて。んで、敵が通った時に火矢や火魔法なんかで刺激すると爆発するというものだ。
以前に避難民を誘導する際に使ったが、あの時は人間相手だったから数も量もセーブした。
今度はいくらでも使えるドン、である。
魔石による地雷はゲーム中でも裏技的に使われていた技で、たくさんの魔石(お金)を無駄遣いすることになるし…それほど高い効果は得られない。あくまで少し間引けるって程度だし使い切りだ。
そして、なにより大きな問題は経験値が入らない事だ。
金はマイナスになり、経験値も得られないという事でプレイヤーからは評判の悪い戦術だった。
でもこの状況じゃな。
「魔石は色々な資源に使えるから復興に必要だよ。だからこれは最後の手段だと思うけど…そろそろこういう手も使わないと厳しいかなと。」
「その手はあると知っていたが、魔石がな」
「勿体ないからねえ」
「だがまあ材料はその辺に転がっている。兵の命には代えられまい。兵にも家族もいることだしな…宜しいな?皆」
「ハッ」
「御意に」
周囲の同意も得られたようだ。
お金や経験値が勿体ないから嫌だなと思った。皆同じ気持ちだったようだが、そうだよな。それどころじゃない。
ゲームだと兵力の数字が減るだけだったが、あくまでそこで減っているのは生身の人間なのだ。まあ、人間だったりエルフだったり魔族だったりするけど…そこはまあいいだろ。
どうも俺はまだゲームの感覚が抜けてない。
目の前で人が死にそうになると必死に助けるが、離れたところで兵が20人死んだと聞いても『ふーん?』くらいのモンだった。失われるのは数じゃなくて命なのだ。
それを肝に銘じないといけない。
「兵は一人の人間で、兵にも家族がいる。だが兵一人一人の命や人生について考えるのはよせ」
「え?」
「領主なら全体のことを考えろ。全体の損傷を抑えることは当然考えなければならないが、そのうちの一人一人の事にまで踏み込むべきではない。そこまで面倒を見るのは不可能だ」
「…不可能でしょうか」
「ああ。毎日不眠不休で働いても時間が足りん。それに領主が感情で動くのは不味いが、過労で健康を害するのはもっと不味い。勿論、領内全体を富ますことは大事だ。だが、細かいところは見える範囲だけでいい。見えないところまでお前一人でどうにもできん。」
「はい」
「そして兵の損失と魔石を喪ったことによる金銭の損失。それを頭の中で計算する必要がある…わかるな。兵の命と金が釣り合うラインを考えるのだ。勿論、両方損なわないのが一番いい」
「…はい」
言ってることは正しいし、頭では理解できる。
でもやっぱりなあ。
「数字でとらえる感覚は悪くない。その上で出来るだけ損害の数字を減らせることを考えろ。策を出し、動け。それを採用するかどうかは軍と政治の責任者である儂の仕事だ。」
「…はい」
「いずれ分かる。まあ、分からずとも良いがな。しかし、そろそろお前は…」
「ん?」
「いや、何でもない。儂も年だな。ふふ。」
何がおかしいのか。爺さんはそれっきり何も言わなくなった。
地雷はどうやら何ヵ所か採用されたようで、東側と中央と西側と、割とまんべんなく設置され、目印に旗を付けられた。群れが来たら踏みつぶされるが、それまでに位置を覚えられればいいだろう。
魔石を使った地雷は火属性の魔法や火矢ならほぼ間違いなく爆発するが、踏んでも爆発したりしなかったりする事もあり、もし使わなかった場合は魔石は回収できる可能性もある。
出来れば使わずに済みたいものだ。
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