第99話 細マッチョ


移動を開始して9日目。

12日は見ておいてほしいと言われていたが、あっさりと街道に出た。


どうも野営地を探し回ったり、調理をしたり。

猟をしてからの後始末や皮を剥いだり、それから一番大きいのがモンスターや獣から逃げたり戦ったり。そういう言う時間を人数がいる分効率よく熟せた。

それに水や食料の手配もマジックバッグ様のおかげでずいぶん楽だったようで、予想よりかなり早くなったらしい。

一番良かったのは森を掻き分けていく必要がなかったかもしれんが、その分道づくりに時間かかったからトントンかなと思ってたんだけど。


まあ天気も良かったしね。

んで、俺の後ろにはほぼ一本道がきれいに出来ている。


道幅は山道だし、とりあえず小さめの馬車がギリギリ通れる1間|(1.8m)程度でいいかと思ったが、どうせ草木が侵食してくるだろうから広い目にとってある。

と言っても木を引き抜いて道の両脇に横倒しに埋めてあるだけ。

道はロッソが持ってきたハンマーでドンドンして固めただけ。ロードローラーが欲しいぜ。


まだまだガッタガタで馬車で通ると何回舌を噛めばいいのかわからないだろう。

本格的に道にするなら土魔法の使い手を連れてきてきれいに均したり、休憩所を何ヵ所か整備したりする必要がある。周囲の木ももっと刈って見通しを良くした方が良いだろうなあ。


まあそれもこれも、道作って貿易しようぜ!ってのに承認がもらえてからだ。




「たのもー!」


そんなわけでエルフの国の首都、ユグドラシルである。

世界樹と呼ばれる大きな大きな木がある。

途中にあった目印になる樹齢1000年の大木なんて世界樹に比べりゃ小枝だ。


その大きさは表現に困る。

東京タワーやあべのハルカスより大きいんじゃないか。


いや、高さはともかく、木の周囲は何キロあるかわからない。そんな感じの馬鹿でかい木である。

おかげで途中からは目印に困らなかった。でもそう考えると遠くからじゃこの木が見えなかったからやっぱりこの世界は球形なんだな。

象さん頑張ってなかった。



いやしかし、ようやく着いた。

街道に出てからここに来るまでに追加で3日、村を5つ通過した。

外から来る人が珍しいのかじろじろと見られた後、魔王領から来たと言うと『遠い所からおいでなすったねえ』と歓迎されたが、ヴェルケーロからと言うと『ふーん???』って反応だった。


まあ分かんねえか。

俺だってちょっと前までは名前だけかろうじて知ってるような土地だったし。



最後に寄った村からは途中の村を2つ素通りして強行軍できたからもう夜もいい所だ。

まあ俺らは夜間の移動くらいはどうってことないけどバラゴ爺さんには悪い事したな。


俺は見た目がエルフだから歓迎されたけど、アカはいかにも火竜って感じだったからもう一つ歓迎されてなかった。何だかみんながじろじろ見てきて落ち着かなかったから急いだのだ。


そんな訳でユグドラシルの木を目印にひたすら進んだ。

そうすると根元の方に大きな町がある。うむ。これが王都だな?

門っぽいものがあるが、今はだれも待ってないし門番もいない。うーん??


「たのもーって!」

「返事がありませんな」

「…たのもー!俺は大魔王領、ヴェルケーロ地方の領主でカイト・リヒタールだ。こっちはそのお供。お爺様に会いに来た!聞こえてるか!」

「聞こえているぞ…上がって来い」


木の上からポイっと縄を投げられる。これ伝って上がれって事か?

俺は門を開けろって言ってんだけど。


夜だからか?通用門みたいなのないのか?

まあいいやって事で縄を使って門をよじ登る。


よっこいしょっと。


そこにいたのは灰色の髪に浅黒い肌のいわゆるダークエルフのお兄さんだ。

どことなく王妃様アシュレイママを思い出す風貌をしている。

それにしても道中も感じていたが、エルフはみんな美形だ。ずるい。


「それで全員か?…ついて来い」

「おう!」


殿しんがりにロッソが上がって来た。

ロッソはそれなりにデカい図体の鬼族なので縄に登るのが大変…かと思えばそうでも無い。


2mを軽く超える巨体、それに伴う重量も鍛え上げた鬼族の筋肉ならまーったく問題ないのだ。

くそう。俺にもあの筋肉が欲しい!このヒョロヒョロ腕よ…


前を歩くイケメンダークエルフのお兄さんはまさに細マッチョという感じの良質な筋肉。

まるでバレリーナ…男だからバレエダンサー?のように身軽な肉体だが、よく見ればかなり鍛え込まれて引き締まっている。

インナーマッスルとかものすごいんだろうな。バレエダンサーの練習って半端ないっていうし、ジャンプは大人の背丈ぐらい飛んでバレリーナを片手で持ち上げるイメージで…ってコイツはダンサーじゃない。

アーチャーでしょ普通に。背筋すげえし。


「何だ?」

「いや、何でも。イケメンの背筋すげーなって」

「ふむ…リヒタールの小僧は良く分からんことを言うという噂は本当らしい。」

「そんな噂あるの…?」


チラッと横を見ると師匠もロッソも、バラゴの爺さんもうなずいている。

マジかよ。


「着いたぞ」


少し歩いて通されたのはお城だ。

途中には勿論城門もあったけど、門番さんも挨拶だけしてスルー。


俺たちの入ってきた門からここまでまっすぐの道。

さらにここからユグドラシルの樹までもきれいな一本道が繋がっているようだ。

わかりやすくていいけど、防衛上は色々頼りない構造になってしまっている。


いや、逃げるのにはいいのか?でもすぐ追い付かれそうだが…。ああ、城で一度防ぐ形にするのか。

城はあくまで防衛用、時間稼ぎ用の実用的なものと言う訳だ。なるほどなあ。


考えながら後ろをついて歩く。

ダークエルフのお兄さんはズンズンと進む。


大きなドアを開けると緑が多くて明るい、奇麗なドーム状の空間に入った。

何やら周りの人の畏まった態度といい、こりゃ偉い人だったみたいだ。

もしかして、と思ったら玉座っぽい所へそのまま進んで、豪華な椅子に腰かけた。はて。


王様お爺様だったのですか?」

「そうだ。余がエルケラルス・ラ・ユグドラシル、このユグドラシル王国の国王にしてお前の祖父だ。お前は娘によく似ているな。」


やっぱそうじゃん。

お爺ちゃんだったのか。

後を着いてきた師匠とロッソとバラゴ爺さんは跪いている。

俺は立ったままだ。跪くタイミング逃した。まあいいかもう。


しかし、若い。

エルフだから長寿、若い!じゃなくて、全体に若々しくてエネルギッシュなのだ。


なんかもう色々疲れた表情の多い大魔王様とは大違い。

ちなみに父方の祖父は親父が子供の時に死んだらしい。

対人族との戦争がないとか、大魔王様が統治しているからとか言ってもチョイチョイ戦死はあるんだよなあ。それにしても俺は母親とよく似ているのか…あんまり言われたことない。


「似てますか?僕はお母様の事は覚えていませんので…」

「お前の母は我らの中でも評判の美人だった。それがあんなムキムキの鬼などに…」

「はぁ。」

「筋肉が良いなどと抜かしおって。あんな筋肉達磨のどこが良いと言うのか。我らの方がよいと思わぬか?」


むむ。

確かにそうかも。

親父はボディビルダーも真っ青のムキムキマッチョだった。

全盛期のターミネーターかロッキーか。それともビスケット・オ○バかってくらいの一目でわかる筋肉量。


だがこの目の前の筋肉もいい。

しなやかな細マッチョはどんな動きにも対応できそう。


スライディングしても良し、その送球は正にレーザービームのあの選手のようだ。

さらには投げて打ってホームラン王と奪三振王を両立できそうな身体である。まあ、某二刀流の選手は細マッチョと言うには最近やや筋肉が付き過ぎの気がしなくもないが…うーむ。


「そう言われれば僕もムキムキの筋肉よりお爺様のような細マッチョの方がカッコいいと思いました。いや、昔からそう思ってたのですがいつの間にか…うーん?」


あっれ?そういや地球にいた頃には細マッチョの方が良いと思ってたのにいつの間にか筋肉を求めていた。しかも溢れんばかりのパンッパンの筋肉をだ。あっれ?


もしかして筋肉には人を洗脳する力があるのだろうか?

そういえばTVに出てるアノ人もコノ人も。そんなに必要か?ってくらい筋トレしてムキムキになってたし…いや、不健康のビール腹よりはシックスパックがはるかにいいだろうというのは認めるが。

でも俺はいつからあそこまでマッチョにあこがれるようになったのか。

まさかとは思うが、筋肉は他人の視覚や嗅覚に恐ろしい信号を送り込む機能が有るのではあるまいか。


「うーーん…」

「悩まずとも良かろう。我のような肉体に憧れるであろう?」

「はい!カッコいいです!」

「そうだろう。筋肉は付き過ぎると重くなる。これ位が一番柔らかく、しなやかな動きが可能になるのだ。お前も我を目指すがよい」

「はい!」


そうだ。あの体なら目指せそう。

目標が間違ってたんだ。ムッキムキのごつい体をイメージしてたからいくら頑張っても筋肉が付かないと思ってたけど爺ちゃんくらいの細マッチョなら…なら…


「…僕はいくら鍛えてもヒョロヒョロなのですが、このまま鍛えればいつかお爺様のようになれるでしょうか…」

「なれる。なあ、ラム爺?」


いつの間にか謁見の間に枯れ木のような爺さんがいた。

お爺様は若々しいが、ラム爺と呼ばれた爺さんはどう見てもお爺さんだ。寿命が近いのだろう。

エルフで寿命が近いと言っている者がその後100年生きてたって話はある。


「そうですな。ご当代様も小さな頃はそれはそれは頼りなく…」

「ゴホンッ!おいラム爺!」

「ホッホッホ。失礼しました。ご当代様も小さいころは若君のようにそれはそれは『すっきり』とした体でしたぞ。その辺りが若の母上にも受け継がれたのでしょうなあ。」

「…お前も努力をするように」

「はいっ!」


何事も弛まぬ努力有るのみか。

しかし、目標が出来た。親父はもう目指さなくていいや。あんなにムキムキになると頭まで筋肉になってしまいそうだ。

そう、そうだ。

俺は爺ちゃんのような細マッチョイケメンを目指す。

俺はムキムキをやめるぞ!ジ〇ジョオオオオオ!



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