第10話 懐かしい顔

 馬車が到着して大きな鉄製の門が開かれる。

 帰ってきてしまった。

 高い壁にぐるりと囲まれたこの豪華な牢獄に。



 これ、どうしたらいいの?

 本編始まってるはずだけど、明らかに展開が私が知っている物じゃない。

 大公閣下が療養のために田舎に戻られたということは、とりあえず大公閣下からの毒殺の危険はないわよね。

 アインの様子も小説とは明らかに異なっているのは明らかだしイレギュラーなことが起こっていることは間違いはない。

 



 馬車が止められると、屋敷の使用人が勢ぞろいでのお迎えが待っていた。

「おかえりなさませ、大公閣下、奥様」

 執事長がそういって頭を下げると、周りが復唱しそれに倣うように次々と頭を下げていく姿は圧巻だ。


「堅苦しい挨拶はいい、長旅でリリーが付かれているから、彼女によくしてやってくれ」

「はい!」

 執事長は返事をすると後ろに目配せをした。

 すると意を決した顔で赤毛でそばかす顔の見知った人物が現れたのだ。




 抜けてるから同行者にすれば、思うようにうごけると思って選んだメイドのラリア!?

 その日はギルドに相談だけして屋敷に私は戻るつもりだった。

 だけど、急遽その日の間に私は街を後にして逃げ出してしまった。



 アインには確か今日一緒にいた人たちには気を遣うように頼んではおいたけれど。

 のちの大公妃失踪の責任はかなりの重さであり、おいてきた騎士はおろか、そば付きとしてついてきた彼女も全く罪に問われなかったとはおもえない。

 大公家を万が一不本意な形で首になれば次の働き先や縁談にかなりの影響がでることは必須。

 下手をすれば殺されていてもおかしくなかった人物だ。



「覚えていらっしゃるでしょうか? メイドのラリアでございます。私はこの日をお待ちしておりました」

 そういってラリアはふかぶかと私に頭を下げた。

 ずっとが強調されていた気がするのは気のせいではないだろう。


 ラリアだけではない、あの時一緒に街へ出た騎士たちはどうなったんだろうか?

 出世に影響がでることは必須、私を強烈に恨んでいるに違いない。



 それに……私が迷惑をかけたのは、失踪当日だけではない。

 失踪経路のたびにメイドの目を盗んで逃げだした私は、アインに私を探して~という多大な迷惑をかけまくった。

 当然探すのはアインだけではなく、屋敷中の人間すべてだ。



 私のことが大嫌いな人が大勢いる屋敷に私は舞い戻ってしまったのだ。

「久しぶりね。ラリア、もちろん覚えているわ。その、あの後……」

 今更遅いことは重々わかっている。

 それでも謝罪の言葉を言わずにはいられない。

「リリー様が、一介のメイドに頭を下げることは何もありません。お荷物は後で別の物が運びますので、リリー様のお部屋に参りましょう」



 謝罪を拒否されてしまった!

 オワッタ。


 絶対に助けて等くれないだろうけれど、思わずアインを捜そうとしたけれど、アインはニコリと笑うだけで何も言ってくれない。

 あぁ、そうでした。

 あなたも私が殺したいほどに憎い人でした。



 とぼとぼと私はラリアの後ろをついて歩いた。




 屋敷の中は圧巻だった。

 一体どれだけのお金が使われたのだろう、アインの言う通り足元の絨毯も、カーテンもかけられている絵画ですら青が基調とされた部屋に合わせるようにかえられていた。

「本当にあっちもこっちも青いのね」

「リリー様のご帰還には間に合いませんでしたが、来年には中の青が際立つように外壁を白くする工事が行われます」

「外壁まで!? 流石にそれは嘘でしょう……」

「漆喰の素材で発注されてると伺っていたので、工事自体はされるかと思います。白はお嫌いでしたでしょうか?」

「好きとか嫌いとかではなく、規模がおかしいとは思わなかったの。そこまで外壁が痛んでいたわけでもないでしょうし」



「それだけリリー様がアイン様に愛されているからですよ」

 ニコリとラリアは笑う。

 そんな言葉じゃ流せないって。



 使用人の制服まで濃い青に白のボタンや刺しゅう。

 すべてが白と青に統一された空間にものすごい違和感を感じてしまう。




「さて、改めまして。リリー様、バレイン大公家へご帰還おめでとうございます。以前よりもっと快適にお過ごしになられるように、私どもも精いっぱいがんばります」

 そういうラリアの顔は自身に満ち溢れていた。



 まってよ、前はそういうキャラじゃなかったじゃない。

 ちょこっと抜けてるおっちょこちょいメイド、それがラリアだったというのに、彼女の瞳はきらきらと輝いて、私を見つめてくる。



 バレリア家内で私の奇行はかなり有名で一見してメイドたちは丁寧な態度を崩すことはなかったけれど、かなり嫌われていたというのに、何よこの心の底からお仕えで着てよかったみたいなまなざし。


 そうやって油断させて恨みをはらそうっていうの?



「長旅でおつかれでしょう。楽な姿勢でお待ちください。すぐにお茶と足をほぐすお湯をお持ちいたしま「ちょっとまった!」

「え?」

「ちょっとまって、お願い。いろいろついていけていないわ」

「ついていけてないない? と言いますと」



「流石におかしいじゃない。私はそのここに嫁いできてからとてもじゃないけれどいい主人ではなかった。100%断言できるわ」

「いえ、私どもが勉強不足だったのです。ここがどういう場所で、のちの大公妃になられるリリー様がどのような立場に置かれているかに考えが至りませんでした」


「いくら何でも妄信的過ぎるわよ! ラリア、お願いあなただけでも前のラリアにもどって。私そんなできた人間ではないわ。怖いのよ、恋愛らしいことを何一つしていないアインが再び現れたことも、屋敷のいたるところにある青も! 全部全部!」

 おろおろとラリアが私の取り乱しをなんとかおちつけようとしているが私は止まらない。

 だってどう考えたっておかしい、怖すぎる。



「私がいなくなれば、政治的にバレリア家を支援してくださる政略結婚の話がでたはず。どう考えてもそっちをとったほうがいいでしょうにそれはいったいどうなったの?」

「リリー様がいなくなってからのアイン様の縁談ですか? それでしたら、大公閣下がいくつかおもちにはなったと思うのですが、すべてアイン様がお断りに」




「それがなんでなのよ!? あっ、聖女様。聖女様とはどうなったの?」

 なんで私に義理難い行動をとったの? 意味がわからないのだけれど。



「リリー様が姿を隠された日のことからお話しします」

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