第6話 ギルドがこの街にある理由

 私は小走りに通りを進む。

 流石にサントが抜けているとしても、私が10分も20分も席に戻らなければ流石に何かあったと探すはず。

 その前に私はギルドにつかないといけない。



 ここに嫁いで1年。でもギルドに行ったことはない。

 何かこの行動のおかげで変わるといいのだけれど……



 大通りの外れ、旅の人が多く出入りする店がある。

 この人通りが多い店こそがギルドを陰で運営しているのだ。

 木を隠すなら森の中、人が少ないところで密会するよりもこういう風に気軽に入れる店のほうが、店に来ていただけと言い訳もできるのだろう。



 確かカウンターで料理を頼むのよね。

「すみません。何か軽い物を食べたいのだけれど」

 とりあえず一番端の席に腰かけて、ひとのよさそうな髭を蓄えた人物を呼ぶ。

「軽い物ですか? うちの名物ですと温泉卵を使ったサラダなんかがお嬢さんにはいかがでしょうか? 半熟の卵が苦手なら、さっぱりとしたスープなんかもお勧めですね」

「そうね……その前に食前酒をいただくことにするわ。そうね……というカクテルがいいと聞いたのだけれど」

 私はヒロインが言ったとおりにやり取りを行いそう伝えた。



はちょっと値の張るものでして……それに今日は切らしてます。他のでは?」

 ニアとは合言葉だ。

 実際にあるカクテルではないし。ギルドの頼みたい人によってカクテルの名はかわるらしい。

 ニアというのは、ここのギルド長のコードでほとんど知っている人はいないから、このカクテル名を出せば、すぐにヒロインは2階の特別な部屋に案内されたはずだった。


 切らしているということは、相手は今日は呼び出せないということだ。

 こんな風に呼び出せないのなんか想定してなかった。

 他のカクテルと言われても、私は他のカクテルの名前なんか知らない。



「私、そう頻繁にはこれないの。これでどうにかならない?」

 こんなことに使いたくなかったけれど、同じ手は何度も使えるとは限らない。

 一度逃げた実績があれば、次はメイドも護衛の騎士も絶対に私から目を離さなくなる。


 私はドレスから外し集めていた宝石をカウンターにいくつか出した。

「うーん、これでは…………」

 私が出した宝石をルーペを使って見つめたまま、目の前の男は固まった。

「に、偽物じゃないわよ。ちゃんとした本物よ。身分は明かせないけれど、私それなりの立場なのよ」

 誤解を解くためとはいえ、実に小物感のあふれる言い訳のような言葉が出てしまう。


 疑われて叩き出されたらどうしよう。

 それに逃走資金の為にほそぼそと集めていたものがあまり価値がないものだとしたら、今後の逃走資金的に大打撃なんだけれど。

 男は出された宝石を丁寧に丁寧に一つずつふかふかのビロードの敷かれたトレイにきちんと並べる扱いをしたのをみてとりあえず質の悪い物ではないとわかってホッとする。



 男はすべてを並び終えると、下の者に声をかけた後。

「ご案内いたします」

 と頭を深々と下げた。

「よ、よかったわ。私時間がないの、それに私を探している人も現れるかもしれないし、なるべく早めにね」

「もちろんですとも」



 私はギルド長にこれから役立つ情報を提供するから、代わりになんとか屋敷から逃げ出すのを手伝ってほしいと直談判する気満々だった。

 案内された部屋は下が大衆向けの食堂とは思えないほど豪華だった。

 2階の部屋すべてがそうとは限らないけれど、少なくとも私が座っているソファーも目の前の黒檀でできている机も……


 お茶が入ったティーカップに描かれた花だって、仕上がりが見事で量産品ではないと一目でわかった。

 ギルドがどういう仕事をしているかは、小説に出ていない部分は私にはわからないけれど。


 ギルドの規模を完全に見誤っていたことあけはすぐに解った。


 この部屋の様子からして、かなりの額がここで動いていることは一目瞭然。

 私は自分が交渉材料として持っている手札に不安を覚え出していたし。

 


 のちの大公妃である私のドレスに縫い付けられた小粒の宝石をいくつか差し出したけれど。

 それはネックレスとして身に着けるには質も量も伴っていないことが、こんな部屋を持つ人への仲介人に見抜けないはずもないと思っていた。



 確かに思い返せば、宝石を手に取ってルーペで見るまでは私の扱いは相応だった。

 ところがだ、ルーペで宝石をよく見たとたん態度をコロリと変えたところが妙に引っかかりだす。

 一度引っかかると、むしろここに来たことは失敗ではとすら思い始める。

 とりあえずギルド長は幸い不在だったようだし、今の間に一度逃げてよく考えてからでも遅くないカモ……と思い出し。




 私は慌てて椅子から立ち上がると出入口の扉のドアノブに手を伸ばすが鍵がかかっていた。


「なんで……」

 ガチャガチャと音がするばかりでドアは開かない。

 

 これってヤバいカモと本格的に思った私は、なりふり構っていられなくなって、2階なら窓から最悪出れると窓に手をかけるものの。

 一見すると開けることができる普通の窓に見えるだけで。窓は埋め込み式で開くものではなかった。

 


 これ本格的にヤバくない? っと思うと同時に扉は勢いよく開かれた。



 椅子から立ち上がり窓のあたりをべたべたと触るような体制の時に現れた物だから、私は変な声を上げて思わず飛び上がってしまった。


「ひょっ!?」

 しかし私の驚きはそこで終わらなかったのだ……



「リリー!」

 驚きよろけた私をギルド長は慌てて駆け寄り転ばないように支えた。よほど急いだのだろう。

 仮面がずれ、小説では決して出てくることのなかった仮面の下の素顔が私の前にあらわになったのだ。


 雪のように白い肌、血のように赤 い唇。

 そして、仮面がずれたことで、青みがかった白の髪はたちまち正反対の真っ黒へと変わる。

 こんな顔の持ち主が二人も三人もいたらたまらない。


「アイン……」

 思わず私は見慣れたその顔をみてつぶやいてしまったのだ。

 ここで会うはずのなかった人物の名を。

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