第4話 熱狂的な信者

 背中に嫌な汗をかきながら。一体どういう言い訳をすればいいだろうと思っているとアインが現れた。

 本当にアインが見送りに着たことで、私の周りで控えていたメイドのラリアをはじめとして騎士たちの背中がピンと伸びる。


 こんなわずかなことで態度が改まってしまう程、私たち夫婦は結婚しているというのに私の立場がなかったという象徴なのだけれども……



「アイン。あなたが見送りに来てくれて嬉しいわ」

 ――――嘘である。

 そんなこと微塵も思っていない。むしろ心の中では私を引き留めに来たって無駄なんですからね! くらいの気持ちだった。


 

「今日は一体どこに?」

 なんでそんなこと聞くのよと思うけれど、アインが質問する理由はわかりすぎる。

「特に決めていないの。街をぶらぶらしておいしい物でも食べてとか……」

「気を付けて。夕方は庭園の花が見ごろらしいから散歩でもしよう」

「あっ、はい」

 普段そんなやりとりなんかなかったもんだから、思わずはいっと返事をしてしまった。

 そうして私の手を握りアインは馬車へとエスコートした。




 馬車に乗り込むと私はアインが何をしているかを見つめた。

 案の定今日の護衛騎士と一緒にいくラリアに何やら話し込んでいる。

 どう考えてもこれは完全に監視の念押し確定だ……

 


 まぁ、心配しなくても逃げませんよ。

 何の計画もなしに逃げ出しても、大公家のおひざ元から簡単に逃げだせるはずがないことはわかっているもの。

 もう髪を切って色を染めるという手札はばれてしまったので。

 街からでる馬車を検問でもされたらすぐに見つかって終わりだ。





 チッと私が内心舌打ちをしつつ馬車からの景色を楽しんでいる間、私の目の前に座ったラリアは考え込んでいた。

 ラリアは不真面目なメイドだった。

 といっても、馬鹿正直に不真面目な態度を前面に出すような愚かなメイドではない。

 不器用で許される範囲で意図的にへまをすることで、悪い子じゃないんだけれど、重要な局面は別のメイドに任せるように動いてもらうためであった。



「リリー様のお供ができるだなんて光栄です」

 とおべっかを使って馬車に乗り込んだものの、なんで大勢いるメイドの中から私をお選びになったのかと、目の前で退屈そうに景色を眺めるリリー様を見つめせわしなく頭を動かしていた。



 それにしても、見事な出来だ。帽子の下にきちんと収められた髪がまさか肩くらいまでとは思うまいとリリー様をみて思ってしまう。

 私が本気で取り組んでもここまで見事にごまかすことはできないだろう。

 見事な腕をもってして初めてなせる業である。



 それに今日はメイドとしてついてきた私、御者、護衛たちは一段と気合が入っている。

 なぜなら今までリリー様には愛想笑いをして交わしていたアイン様が、今回のリリー様の外出にあたり「リリーの髪が短いことが外でばれては恥ずかしいかもしれないから、うまくやってほしい」と外出を希望することをしって、メイドに一言わざわざ頼みに来たのだからその話は瞬く間に屋敷に駆け巡った。



 アイン様が奥方を期にかける一言を言うために足を運ぶだなんてことはただの1度もなかった。

 のちの大公が大公妃を気にかけるとなれば、どこで自分たちの失言を処罰されるかわからないと。

 陰でリリー様がぜんぜんアイン様に相手にされていないことを笑っていたメイドたちは、今日青い顔をしていた。



 リリー様は、同じ女から見ても間違いなく面倒なタイプだった。

『アインに探してほしいの、だって探す間は私のことを考えるでしょう』とか……

 いくらアイン様の容姿が優れていて、不安だとはいえそのような面倒なことを繰り返せば愛は芽生えるどころか、煙たがられると思っていたのに。



 ところがどっこい、先日リリー様が夜間突然いなくなった。

 私も就寝準備をしていたのをランプをもって屋敷の中を他のメイドと捜し歩くはめになり当然時間くらい選びなさいよ! とかなりいらだっていた。

 ただ、私を含め他の人たちも当然リリー様のいつもの心の病気だと思っていたのに。




 目の前に退屈そうに座るリリー様は、美しい髪をザンバラ頭にされ意識のない状態でアイン様が真っ青な顔で連れてきたのだからさぁ大変。

 実際に当日お姿を拝見した位の高いメイドは、髪が短いだけではなく、短くざんばらに切られた髪は薄汚れた茶色に慌てて染め上げられたようでまだらでひどいありさまだったと言っていた。

 同じ年頃の娘を持つメイドなんかは自身の娘だったらと思うと日ごろのひどい態度なんかすっかり忘れて涙を流すほどひどい有様だったそうだ。


 愛されてないとはいえ、リリー様は間違いなく正式な奥方。

 攫われて髪を切られ、荷物に紛れ込ませて大公領の外に連れ出すつもりだったのかもしれないと皆が口々に言っていた。



 アイン様はどこでリリー様を見つけたかは語ることはなかったそうだけれど、当日のことは箝口令が敷かれ、大公殿下にさえ話すことは許さないと強い命令が出されたし。

 リリー様が思い出さないように、話すなとも言われたのだ。




 アイン様がリリー様のことを語らなかった為、誰もアイン様に当然追及もできない。

 ただここは大公邸で、政治の思想が渦巻くことを誰しもが忘れていたことを、この一軒で思い出された。

 アイン様の母が若くして亡くなったように、リリー様も同じような結末をたどるかもしれない……と。



 リリー様は現に、あの夜以降私を探してと消える厄介な行動を一切しなくなった。




 リリー様は、度々いなくなることでアイン様自身に屋敷を歩かせることで、どのようなルートが危ないかを疑似的にさせていたのではないか……というのが私の推理だ。


 アイン様もきっと私のように考えられたのだろう。リリー様の奇行は自分自身を守るための布石だったのではないかと。

 だからリリー様が攫われたあと、アイン様は自身のふるまいを改められリリー様に向き直った。

 そうとしか考えられないわ!!!



 私も屋敷ではできてないほうを装っていたけれど、私をわざわざ大勢いるメイドの中から選んだのは明らかに偶然ではない。

 リリー様はわざわざ私の名を出して今日の外出の動向を命じられた。



 大公家のメイドと言えども、これから仕える女主人は見込みがない。

 ある程度楽に仕事をして経歴に箔をつけたら去るつもりだったけれど。

 大勢の中から私を指名するほどの選眼を持った相手……

 私も気を引き締めていかないといけないかもしれないわ。




 ラリアは頭は切れるし、仕事もできる。ただちょっとだけ思い込みがポジティブな方向に強かった!

 それもこれも、ラリアのこれまでの人生経験のせいだ。

 ラリアは何でもかんでも簡単に人よりもできてしまっていた。

 ちょっと本気をだせば、努力した人を簡単に抜くことができる。それはラリアにとって当たり前なことで、だからこそ自分を選ぶのは何か特別なのだと思ってしまったのだった!!!



 目の前の人物は頭の切れる特別な人なのではと期待に満ちるのをムフフと隠すラリアをしり目に、とうの私は空腹で頭の中は食べ物のことで一杯だった。

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