第2話 毒殺警戒中

 気がつけば見慣れた天井とすっかりとなじんだシュタイン家よりも寝心地のいい大公家のベッドの上だった。

 逃げそびれた!?

 場所を把握した私が真っ先に思ったことがそれだった。

 なんてことなのと身体を起こそうとしていつもと違う違和感を感じた。

 手をつながれている……



 相手なんか、そりゃ夫婦の寝室なのだから一人しかいない。

 政略結婚した私の夫アインだ。

 この屋敷にきて1年と少し、夫婦だからと同じ寝室を使い同じベッドで横になってきた。

 私から少しくらいはいいじゃないかと手をつなごうといったことはあったが、朝は必ず手は離れていて、アインは私に背を向けて寝ていた。



 夫婦関係はメンヘラの私に振り回される夫という感じだった。起きている間は表向き私に最大限彼なりに配慮してくれていたが。

 寝る時くらいは少しくらいホッとしたいのだと思っていて、彼が私に背を向けて寝ることに対して特に何か言ったこともなかったし、私のほうを向いて寝て! とかバカップルのようなことを望んだこともない。

 


 死にたくない、逃げたい。私の本心を知ってしまったアインはいろいろ思うことがあったのだと思う。

 1年弱かけた渾身の逃げ出す作戦は失敗、これからいったいどうしようと繋がれていない手でいつものように、長い髪をかき上げようとしてハッとした。


 昨晩切ったのだった。

 切りそろえてなどいないザンバランな不揃いな髪がそこにあった。

 昨日は興奮していたから特に気にしなかったけれど、これはすごい髪型になっているかも……



 昨夜適当にハサミで切ったのだった。美容師のようにはいかないとは思っていたけれど、かなりひどいかもしれないし。

 この分だと染めた髪もどうなっているんだか……鏡を見るのが怖い。

 先延ばしにしても髪は伸びないし、とりあえず現状確認だけでもしておかないと。

 そっと手を外して鏡を見ようと思ったけれど、アインが飛び起きた。




「あっ、おはよう」

 とりあえずいつものように挨拶したものの、ひどい頭だと自覚がある私は流石にイケメンにこれは見せられないと少しの乙女心があって慌てて布団をかぶったが、アインが息をのんだのが解る。


 相当ひどいのだろう……

「ごめん。とりあえず少し整えてもらおう」

 アインからの提案に私は頷いた。



 アインが呼び鈴を鳴らすと、メイドがやってきたが皆が私の髪をみて息をのむのが解る。

 鏡をみて私も自身もものすごく驚いた。


 淡い美しいピンクの髪は、茶色に染めたつもりがまだらに染色されているし。

 慌てて切った髪は、鎖骨位~肩より少し短いものまでととにかくガタガタ。


 貴族の女性の髪は腰につくかつかないかで整えるのが当たり前の世の中で、貴族のそれも大公家の奥方がこれにはさすがに想像外だったようで。

 皆が皆驚いた顔がする。



 アインの母親は私の未来が毒殺のように、政治的戦略ですでに亡くなっているが。もし私の今の髪を貴族の、それも大公家に嫁ぐような普通の感性の女性なら倒れていたかもしれない。


 アインは今までは形式上取り繕う感じで、私の我儘に対応をしている感じだったが、今はなんていうか心があるような気がする。



 染料は幸い洗うとすぐに落ちたので、まだらヘアーは回避できたけれど。

 適当に切った髪を伸ばす術はなく。

 私はこの身体になって小さい時以来のというか、小さな女児しかしていないボブヘアーになっていた。

 前世の記憶がある私にすると、髪を洗うのも乾かすのも楽でいいかなだけど、周りには相当悲惨な姿に見えるらしく。



 今までは私の姿を見かけると忙しそうにどこかに消えていくメイドや従者が逃げなくなった。

 きちんと私の前で頭を下げ通り過ぎるのを待つようになっていた。

 メンヘラを刺激しないようにしているのかしら……



 アインの母は政治的戦略の中で亡くなったことを知らぬ人物など、大公家に仕えるもので知らぬものなどいない。

 自身だけは大丈夫だと考え能天気に過ごすお嬢さんではなく、かつての大公妃と同じ運命をたどりたくなくて貴族の身分を捨てることをいとわず。

 貴族の令嬢の命でもある髪を短く切り、なりふり構わず逃げ出した大脱走劇は、屋敷に仕える者たちの中で、メンヘラなのちの大公妃から。

 政治的な戦略で殺されるかもしれないなかで必死に生きようとした人物へと変わっていたことに気が付くのはもう少し後。




 私が昨日上り塀を超えるために使った木は朝一で切り倒されたらしく、私は屋敷から脱出する術を完全に失った。

 というかあの木は塀に上手くいけば飛び乗れそうというのは、実は故意的にそうなっていたらしい。

 私が連日隠れ場所を探す際に、度々見回っていたのを知っていたそうで。

 そろそろ切らないといけないとわかっていつつも、意図的に逃げるときはそこを通過するようにしてもらったほうが場所を絞れると残されていた木だったそうだ。



 本気で逃げるつもりだということはわからなかったけれど、逃げるためのルートは計算されていたことを知った私は、1年弱にわたって続けてきた逃げ道隠れる私を探し出して~といううざい行動を改めた。



 もう逃げ道を探したり、逃げる道のルートを確認する必要はなくなったからだ。

 そして私は食事に手を付けなくなった。

 死因は毒殺とくれば怖くて食べられなかっただけだけれど。




 逃げだそうとした理由、そして逃げることが無駄だとわかったことでメンヘラ女のようなふるまいがピタッと止まったことで屋敷内の空気は一気に変わった。




 何よりかにより、毒殺に本気で怯える私は食事に手を付けない。 

 アインも口にする可能性のある山盛りに盛られたパンだけは、流石にランダムに毒を仕込めばアインも死ぬからともりもりと食べれたけれど。

 個別で運ばれてくる料理は、どのタイミングで毒がしこまれるか分かったものじゃない。

 すぐ死ぬ毒とは限らないし、長時間かけて殺すようなものかもと子供が産めるようになる16才まで1年を切ったこともあり、私は食事を特に警戒していた。



 周りが食事に手を付けず目だけはぎらぎらとしている私をみて思っていることと。

 とりあえず、パンがあれば生きられる。

 食べられる野草の本も読んでおいてよかったわ、これだけ広い敷地はにげるときに不便だったけれど、食べれる草や花なんかもポツポツと生えているし。

 何としてでも次の作戦を練って脱出する死んでたまるかとギラギラと生に必死にしがみついているとは思わなかったようだ。

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