第1話 見逃して

 なんでここにいるの? どうして? なんで?

 言いたいことは沢山あるのになんて言えばいいのかと口ごもる。


「リリー、夜は冷える。もうちゃんと見つけたから戻ろう。大丈夫僕はちゃんと君のことを考えているから……」

 アインの表情にはまだ動揺が強く残っていたけれど、ヤバいメンヘラの私を落ち着かせようと必死に自身の感情を押し殺しているのだろう。

 表情こそまだ動揺が読み取れるが、ひどく落ち着いた優しい声で話しかけられた。



 どうしよう、このままではまた屋敷に戻されてしまう。

 大公殿下が次に領地を長く離れるのはいつになるかわからない、屋敷に戻れば私は詰む。



 どうしようと思いながらあたりを見渡すと、幸いなことにアインは護衛の騎士も従者も連れていない。

 そりゃそうだ。それこそピンポイントでここに飛び降りてくると予想でもしてないと間に合わなかったはずで。

 従者や騎士を寝ている時間に連れてくる暇があれば、私は逃げることに成功していたと思う。



 本当の意味でアインはまさに私のことを考え、あろうことか絶対に読み取ってほしくない正解のルートに来てしまったのはなんて不運なのか。

 夫婦の愛が本当に形だけではなくなったからなのかはわからないけれど。

 このままでは私がヤバいことだけはわかる。



 どうする、どうしよう。

 今夜を逃せば私が逃げるチャンスはもうない。



 私の手は震えた。戻れば私は確実に死ぬ。

 もう逃げることは叶わないという希望の光を失った私には、先ほどまで感じることのなかった猛烈な恐怖が襲ってきた。



「アインお願い見逃して、私はまだ死にたくない」

 思わず出たのは命乞いだった。

 言葉に出すと恐怖はさらにました。

 奥歯が尋常ではない震えから音を立て、目じりには自然と涙がたまった。



「こ……殺したいほど愛してるは本当に殺したいと思って言う言葉ではないし。死ぬほど愛しているは、本当に死をもって愛を証明する必要はない。どう説明すればリリーに伝わるのか上手く言葉が出てこなくてごめん」

「今までメンヘラなふるまいしてごめん!?」

 私の心の底から飛び出した命乞いなのに、アインが真剣な顔でいかに日々の私のメンヘラな行動に困らされていたのかがわかるような返しを言葉を選ぶように返すから。

 命乞いよりも、日々メンヘラの対応させてすみませんという気持ちが込み上げて思わず謝ってしまったがそこで終わらせるわけにはいかない。


 かくなる上は正直に事情を話すしかない。



「シュタイン家は中立。敵対勢力にとって私と結婚することで無害性は示せても、政治的な躍進は期待できないことは私が一番知っている。16になれば子を作れる。だからその前に私は間違いなく始末される。死にたくない!」

 私はそういってみっともなく泣きじゃくりすがった。


 

 イケメンに下げずんだ顔で見られるとかどうでもよかった。

 ただただ、生きたかった。

 どんなにみっともなくても。



「君が死の恐怖におびえているだなんて考えもしなかった。何度も何度も無意味に繰り返される愛の確認作業も煩わしかった。だけどリリーには僕からの愛情だけが唯一殺されないための安心材料だったのか」

 アインは驚いた表情で、すがる私にそういった。



「行動には意味がある、僕はちっとも君の言葉に耳を傾けていなかった。ごめん」

 うっとうしい顔ではなく、アインは心底申し訳ない顔をしたのだ。だから思ったのだ、これはワンチャン逃げられるのではと。


「君の不安はすべて僕が何とかする。だから安心してほしい。だから、お休み」

 逃げれる助かるそう思ったのだけれど、私の頬にふれたアインの手からパチリと音がすると、私の身体から力が抜けていく。


 剣の優秀な使い手などがつかう、身体に秘められた力オーラだとわかった。

 だめ、今日を逃すと逃げられないの。

 目を閉じないで私。



「安心してお休み、リリー」

 再び頬に優しく触れられた私は、ゆっくりと意識を失った。



 

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