結び結ばれ、赤い糸②

 それから今まで顔を合わせていなかったことが嘘みたいに佐藤さんとよく遭遇するようになった。明るい挨拶に同じテンションで返せなくて最初こそ佐藤さんには苦手意識を持っていたけど、もうここ最近は慣れつつあった。


 しかし一つだけ分からないことがあった。どうしてか佐藤さんを見ていると懐かしさが込み上げてくるのだ。彼女が長崎出身でノスタルジーな気分になるって言う日本人心理だろうか。でも俺は東京生まれ東京育ちで実家も東京だ。故郷を懐かしんでって心理もないだろう。



「あれ山田さんじゃないですか! こんにちは」



 噂をすれば、だ。玄関前で鉢合わせた佐藤さんに「どうも」と短く挨拶を返す。



「どっか行くんですか?」


「ああ、うん。スーパーに買い出し。佐藤さんは?」



 佐藤さんもどこかに行くところらしく、流れで俺たちは一緒にマンションを出た。ため息混じりに佐藤さんが口を開く。



「はぁ山田さんはお休みですか。私はこれから学校ですよ〜もう。土曜日なのに……!」



 佐藤さんは看護学校に通っているらしく、課題含め勉強量がとにかく多いらしい。隣で肩を落とす佐藤さんに思わず吹き出すと「笑いましたね?」と速攻でバレる。



「ごめんごめん」


「あーあ、買い物良いなぁ。私も学校終わったら買い出しいこうかな」



 そう呟いて佐藤さんはすぐに「あ」と低い声を漏らす。



「そうだ、まだいっぱい残ってるんだった」


「何が?」


「あ!」



 佐藤さんの期待に満ちた目が俺に向く。嫌な予感がした。



「山田さん、お隣さんのよしみでカレーうどんのおすそわけいりません……?」


「……え、長崎ではそれが普通なの?」


「東京じゃおすそわけ文化ないんですか?」


「無いでしょ」


「えぇ!? 冷たい! そんなぁ!」



 分かりやすい。表情がころころ変わるから、佐藤さんの喜怒哀楽はすぐに分かった。本当に「どうしよう」と困っていそうな佐藤さんに俺は少し考えてから、佐藤さんだしまぁいっか、という結論を出した。



「良いよ、おすそわけもらうよ」


「神ですか!」


「んな大袈裟な」



 談笑しているうちにスーパーについてしまう。



「じゃあ、学校終わったらお届けに参ります」


「了解」



 佐藤さんは軽く会釈して「では」と駅方面に駆け出して行った。




 その日の夜、冗談だと思っていた訳じゃなかったけど本当にカレーうどんを持ってきた佐藤さんに少し驚いた。ていうか何故鍋ごとなんだ。お前は俺の彼女か、と脳内でツッコミを入れる。



「山田さん、持ってきてなんですが一緒に食べません?」


「は?」



 さすがに驚きすぎて空いた口が塞がらなかった。一緒に食べる? 俺と佐藤さんが? なんで?



「……あの、山田さん?」


「えっと、なんで?」


「おすそわけするんだったら、どうせ隣の部屋なんだし一緒に食べた方が美味しいじゃないですか? なにか問題ありました?」



 怪訝そうにはっきりと言い切る彼女は、本気でそれを言っているらしかった。


 一気に常識とか他人との距離感とか、そういう理屈を考えるのが面倒になって俺はため息混じりに頭をかいた。



「あー、そう。一緒に食べほうが美味しいか、そうね」


「うわ信じてませんね?」


「そう簡単にはな。ていうか入れば? うちで食べるんでしょ?」



 佐藤さんが「はい!」と大きく頷く。


 背後から聞こえる「おじゃまします」の声に、聞き慣れていないせいで現実感があまり無かった。人を家に上げるのなんていつぶりだろう。



「案外片付いてるんですね」


「失礼だな。あ、鍋かして」



 カレーうどんが入った鍋を火にかける。


 鍋の蓋を取ると、二人で食べても残りそうな量が中に入っていた。なんでこんなに作ったんだ……。



「何か手伝うことあります?」


「あ、じゃあグラスに麦茶でも入れておいて。麦茶は冷蔵庫な」


「はい」



 カレーうどんも温め終わり、佐藤さんと机を囲む。佐藤さんが「いただきます」と先陣を切る。俺も続くようにして手を合わせた。湯気が出るカレーうどんは思っていた以上に美味しそうだった。



「うん! やっぱり一人で食べるより美味しい」


「……たしかにな」



 我知らず笑がこぼれる。思った以上にカレーうどんは美味くて、それは単にカレーうどんの出来が良かったのか、誰かと食べているからなのか、そのへんのことは分からなかった。



「…………やっぱり、勘違いじゃないんだよなぁ」



 カレーうどんを食べ進めていると、佐藤さんが唐突に呟いた。「なにが?」と聞くと佐藤さんは曖昧な笑みを浮かべる。



「変なやつだと思わないでくださいよ?」


「大丈夫、もうすでに変わってるやつだと思ってるから」


「えぇ!? 初耳です! ていうかそういうことを本人に言うのってどうかと思いますよ」


「褒めてんだよ」



 軽口を言い合う。しかしすぐに本題に戻った。佐藤さんは箸を置いて顎に手を当てた。



「山田さん、初めて会った気がしないんです。なんか懐かしいっていうか」



 ――カレーうどんが、喉に詰まるかと思った。


 以心伝心? まさか同じことを思ってたとは。面食らってしまう。


 しかし俺が何か言う前に佐藤さんは「ま、気のせいですかね!」と明るい調子に戻って言った。なんだよおい。肩透かしをくらった気分だ。



 結局カレーうどんは次の日分として残った分を二人で分けて完食になった。


 帰り際に「また一緒に食べましょうね」と佐藤さんが屈託のない笑みを俺に向ける。その提案に悪くないと思っている自分がいて、大分影響されてるなと思う。



 だけど確かにあのカレーうどんは美味しかったのだから仕方ない。



「そうだな」



 俺が首を縦に振ると、佐藤さんがまた屈託のない笑顔を浮かべた。

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