餓鬼餅【5】

 本題となる『餓鬼餅』だが、これは荒神家の初代当主が『鏡餅』をヒントに生みだした餓鬼対策の秘術である。

 荒神神社のある桃抜町とうばつちょうは魑魅魍魎が出現しやすく、特に餓鬼が一番多くいる。

 戦国時代に合戦で餓死した兵の亡霊が餓鬼となってさまよっている、と剣八郎から聞かされた。

 最初は“餓鬼魂がきだま”という小さな存在だが、その餓鬼魂たちが共喰いし最後に残った一匹――通称“はぐれ”というどこにも縛られない祟り神のような存在に変貌してしまうと、どんなに強い霊媒師でも祓うことは不可能とされている。

 危険度が高い“はぐれ”を防ぐため、生みだされた秘術が『餓鬼餅』だ。

 霊力が込められた小さな鏡餅を外に供え、腹をかせた餓鬼魂が鏡餅に入り込む。それが『餓鬼餅』だ。

 翌朝、餓鬼餅を回収し、『神虫』が祀られている祠に供える。

 餓鬼餅は神虫がぺろりと平らげてしまうので、翌日にはなくなっているとのこと。



「……で、これが餓鬼魂に憑かれた鏡餅だ」


 斂の説明が終わった頃合いに、双葉が餓鬼餅をテーブルに置く。

 不気味に黒光る鏡餅を目の当たりにして、倭は「うげぇ」と顔をしかめた。


「さっきの野郎ども、これを食ったのか? 俺だったら食わねぇわ」

「酔っ払った勢いで食ったかもな」

「食ったらどうなるんだ?」

「鏡餅に入り込んだ餓鬼魂に取り憑かれ、食っても食っても満たされない餓鬼へ変貌してしまうってことだ」


 双葉は倭の質問に答えると、斂に尋ねる。


「ところで斂。こいつは誰だ? あと、タマが二匹いるように見えるが……」

「友だちの天生目あまのめ やまと。タマに似ている片方は紅影。倭と契約した夜刀神で、タマの弟だ」

「友だち……」

「うん、友だち」


 嬉しそうな斂の様子に、双葉は穏やかな表情を浮かべる。


「そっか。やっと友だちが出来たか」


 安心したような声色でつぶやくと、双葉は姿勢を正して倭に声をかける。


「倭くん」

「なんですか?」

「これからも息子と仲良くしてやってくれ。変わり者だが、根はすごくいい子なんだ」

「は、はあ……」


 見た目ヤンキーだが、根はしっかりしている双葉の姿に、倭は拍子抜けしてしまう。

 そこへタマがポンポン跳ねながら、双葉に聞いてくる。


『オイ、ヤンキー親父!! コノ餓鬼餅ハ俺ガ食ッチマッテイイカ!!』

「急に割り込んでくるな、ゴム毬!! まあ、別におまえが食っても問題はねぇけどな」

『ジャア食ウ!!』


 双葉から許可をもらうと、タマは餓鬼餅をひと口で平らげてしまった。

 満足げなタマに、双葉はあきれながらたしなめる。


「おまえ、せめて弟の分も残しておけよ」

『ベニハ“血”ノ方ガ好ミナンダヨ!!』

『俺ハ餅ヨリオハギガ好キダ』


 兄の言い分に、ベニはちゃっかり訂正する。

 餅よりおはぎが好物の夜刀神に、双葉は苦笑いを浮かべた。

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