赤ワニ【1】


 2007年及び2008年頃に普及ふきゅうした携帯電話・スマートフォン。いまでは生活にかかせない物となっているが――。

 便利になると同時、悲しいことに危険な使い方をするのも現れるのだ。 


 とある駅にて。女子高生の美穂みほは歩きながらスマートフォンを操作していた。

 いま話題のトークアプリで、友人との会話を楽しむ。楽しむのはいいが、彼女の視線がスマホに向けているのが問題だった。

 まったく前を向かないまま歩く美穂に、周囲の人たちがぶつかる寸前で避けていく。また、スマホに集中しているせいで歩く速度も遅くなる。そのため彼女の後ろにいる人はぶつかりそうになったり、いらついた様子で追い越していく。

 しかし、美穂は気にしない。いや気にしないと言うより、まったく気づいていないと言ったほうが正しい。スマホに夢中になっている彼女は、周りの世界が見えていないのだ。


美穂『学校だるいんだけどー』

友人『わかるー。今日の授業、体育あるんだよねー』

美穂『マジで!? あたし、あの先生嫌いなんだよねー。口煩くちうるさくて』

友人『ミホ、髪の毛の色でネチネチ言われてるよね!』

美穂『それな! もとから茶色だって言ってるのに全然信じてくれないんだよ!! 腹立つ〜!!』


 スマホのなかで、美穂は友人とたわいない会話を広げていく。


友人『そういえば、前に友だちの友だちから聞いたおもしろい話があってさー』

美穂『なになに?』

友人『あのね、“赤ワニ”って話なんだけどー』


――赤ワニ。


 最近うわさになっている都市伝説だ。

 


 赤いくぼみには気をつけろ。

 意識していれば安全だが、うわのそらで歩いていれば確実に足を取られる。

 赤いくぼみに足を取られた者、くぼみから現れる怪物に狙われる。

 目がない、皮をぎ取られた血まみれの赤いワニ。

 鋭い牙がたくさん生えた大きな口を広げて、獲物に喰らいつく。



友人『――なんて話なんだよね』

美穂『それ話って言える? なんか古臭ふるくさい歌って感じ。ぜんっぜん怖くないんですけど!』


 美穂がそこまで打ち込んだ直後、彼女は目の前に立っていた人に気づかずぶつかってしまった。


「いたっ!!」


 尻もちを着いて倒れた拍子に、手に持っていたスマホを落としてしまう。


「いった〜…ちょっと!! そんなとこに突っ立ってんじゃないわよ!!」


 どう見ても美穂の不注意なのだが、彼女はぶつかった相手に向かって怒鳴った。

 だが、その怒りはすぐにおさまる。なぜなら、振り返った相手が整った顔立ちをした青年だったからだ。


(やだ!! めっちゃかっこいいんですけど!!)


 きりっとした切れ長の眼。青みがかった黒髪のツーブロックヘア。雑誌のメンズモデルに載っているんじゃないかというぐらいの男前だった。

 ドキドキしている美穂をよそに、青年は彼女に手を差し伸べる。


「大丈夫か?」

「あっ…いえ…その…だ…大丈夫です!」


 青年の手をつかむことなく、美穂は勢いよく立ち上がる。

 一方の青年は、落ちていた美穂のスマホを拾いあげた。ふと、彼は画面に映るトーク内容に目が留まる。


「…赤ワニ」

「ゆ、友人が聞いてきたくだらないうわさ話ですよ! ていうか、他人のスマホを見ないでください!」


 美穂は青年からスマホを取り返す。本来なら他人にスマホの画面を見られたら嫌な気分になるが、相手の青年が男前のせいか美穂は照れた様子である。


(名前! 名前を聞かないと…!!)


 美穂がうきうきと浮かれていたとき、青年がぽつりとつぶやく。


「“うわさ話”じゃないぞ」

「…え?」

「“赤ワニ”は実在する」

「実在するって…」

「気をつけろ。“赤ワニ”はいつも獲物を狙っている。スマホばかり見ていると、赤いくぼみに足を取られるぞ」


 そう言い残して、青年は美穂の横を通り過ぎていく。美穂は振り返るも、すでに青年の姿は人込ひとごみのなかへ消えていった。

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