交換
「すごいね、中川君。こんな短時間で。あ、まだ猫田君か」
目が覚めれば、さっき会った役所のおじさんが誰かと話している。まだ頭が痛んで、よく聞き取れない。何にせよ、連絡してくれた誰かに感謝だ。
でも俺、玄関で倒れてんのにそのままとか、ちょっと酷い。
それになんか、おじさん達、でかくないか? 打ち所が悪いのかもしれない。見え方がおかしい。
「これで俺、そっち側なんですよね」
役所の人、なのか?
スーツ、ボロボロすぎだろ。
猫にやられたんだな、この人も。
「うんうん、合格。君のその熱意、気に入ったよ。だから説明は君に任せるね。彼、外泊予定だったのに。可哀想に」
「こいつ、事実を知らないから、外泊証明書のカード見せたらしいですよ。それで他の奴も狙ってたみたいで。だから今後、猫にカードを見せるなって言った方がいいかもです」
俺の話、だよな?
何言ってるのか聞き取りにくいけど、やっぱ怪我酷いのか。
それなのに俺のこと、ほっときすぎだろ。
その事実に悲しくなるが、2人の会話は止まらない。
「そーなの! 猫になると猫語がわかっていいね。でもなぁ……。カードはみんなが欲しいと思うし、チャンスは多い方がいいかなって、説明省いてるんだよね」
「悪趣味ですね」
「ははっ! よく言われる」
そろそろ俺が起きたことに気づきてくれよ。
そう思いながらも、外泊どころではなくなった原因の猫はどうなったのかと探す。見える範囲ではいないので、どうにかしてくれたのだろうと安堵しながら、話し込む2人へ声をかけた。
ミャア
は?
自分の口から猫の鳴き声がする。それが聞こえたみたいで、2人がこちらを見た。
何で?
何で俺がいるの?
もう1人の顔は俺そっくりで、気味が悪い。
そいつが近づいてくる。
「驚くよな。でも今から俺が言う事は真実だ。俺達は役割を交代するのに、体を交換した。人間に戻りたいなら、記憶がはっきりしている内に体を交換しろ。それが出来なきゃ、どんどん人間の時の記憶が消えていくから、戻れる確率が下がっていくぞ」
役割? 交換?
「ここの猫がマタタビに反応する理由はな、あれを嗅いでいる時だけ、人間だった時を思い出せるからだ。まだ猫になりたてのお前にはマタタビが効きにくい。だから、油断してる奴についていけ」
マタタビが、何だって?
理解が追いつかないのに、俺に似た誰かがどんどん話し続ける。
「それと、1週間、ここを拠点にしていい。ドアも開けておく。内側からしか開かない猫の道も、外からでも開けられるようにしておく。スマホもそのままにしておく。それと、この周辺は他の猫が近づけないようにもしておく。だからほら、お前と連絡が取れなくて心配した奴なんか、狙い目だろ? それに、1週間経ったら部屋から追い出されるし、お前に関する他の奴の記憶も操作されるからな」
何だ、それ。
「正直、助かった。お前には感謝してる。だから応援してる。人間に戻れたらいいな」
そう話し終えた奴の顔が、だんだん変わってきた。
「そうだ、忘れてた。交換する時はマーキングで目標を拘束しろよ。外だと薄まるからやめとけ。家の中だとすぐに充満するからやりやすい。その後は説明しなくても、その時になれば勝手に交換してる。それと、カードを咥えて発行した奴と一緒に外に出れば、それでも交換できる。カードなしで町の外に出るなよ? 猫の姿が安定しなくなるから危険だ。交換さえ成立したら、今まで過ごしてきた姿に変えられるからな」
誰だ?
男が喋りながらゆっくりと造形を変え、見たこともない奴になる。夢か、これ? 全部夢なら納得だ。
そう思う俺に、男が顔を近づけてきた。
「俺達は何にでもなれる体を授かった。ただし、数は管理されている。平和のために。その真実を知った者はそれを調整する側にまわれる。断るのなら、記憶を消されて猫として生きろ」
何言ってんだ、こいつ。
夢は夢でも悪夢。だから話半分で聞いているが、訳がわからない。
するとおじさんが割り込んできた。
「ちょっと難しく言い過ぎじゃないかな? あのね、絵本に出てくる救いの日があるでしょ? あの時から人間は進化したんだよ。何にでもなれちゃう、素晴らしい神の力を手に入れたんだ。みんな使うよね、そんなの。そうしたらね、発見したんだよ。人間をある一定数だけに調整してあげると、争いがなくなるって」
夢なら覚めてくれ。
理解できなさ過ぎて、頭が痛い。だから思わず手で押さえようとした。でも、肉球が見える。
「今はね、姿を変えられる条件に制限が付いてるんだ。悪用されちゃうと困るからね。これは一部の人間しか知らないし、漏洩を防ぐためにナノチップに仕掛けがある。なんて、ごちゃごちゃ言っても訳がわからないよね? だからもっと詳しい話は、僕達側になるのか意思を確認しからにしようか。その後で、平和のための教育も受けてもらうから。あっ。猫田君、大丈夫? 交換したばかりだから疲れたかな。それとも、猫になれたことが嬉しくて、もう戻らなくていいのかな?」
もう十分だ。
何も考えたくない。
それに、夢の中でも猫を感じるなんて、俺はこんなにも猫が大好きだったんだな。
あごの下にある柔らかな肉球に、思わずゴロゴロと喉を鳴らす。
そして大好きな猫の存在を感じながら、まぶたを閉じた。
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