残り2粒

 ほんと、何だったんだよ……。


 ようやく自宅が見え、一気に疲れが押し寄せてくる。

 そんな俺の足元に、猫たちが寄り添う。


「今は来ないでくれよ……」


 大好きだったはずなのに、今日の出来事だけで猫が苦手になった。こんなもんだったのか、俺の気持ちは。


 引っ越し、考えるか。


 彼女から一緒に住まないかと打診されている。結婚も考えてるし、お試し期間ってやつだな。

 でも俺が渋ってた。猫と触れ合いたくて。

 いや、新しい生活が怖くて、だな。


「った!」


 そうしようと決めた時、肩に猫が飛んできた。爪を立てられ、思わずカバンで払い退ける。やっちまったと思ったが、さすが猫。普通に着地した。でもそいつは茶トラで、さっきの奴かと思って気味が悪くなった。


「これやるからついて来んなよ!」


 深夜なのに大きな声を出してしまったが、そんなことを気にする余裕もない。猫を睨みつけながらポケットを漁って、カプセルを取り出してすぐ投げた。


 今はほっといてくれ!


 猫たちの様子を見ることなく、俺は全力で駆け出した。



「はぁ、はぁ……。到着!」


 この付近にいたはずの猫は、俺が投げたマタタビでいない。だから周りを確認しなくてもいい。

 ようやくひと息ついた俺は、安心して家のドアを開けた。

 

 早く風呂入って寝よ。


 疲れすぎてすぐにでも眠りたい。そう思いながら中へ入る。同時に、猫が滑り込んできた。

 しかも茶トラ。


「なん、何だよ!!」


 驚いたが、猫の首を掴んで外へ出そうとすれば、また引っ掻かれる。


「入ってくるな!」


 怒りからだんだん声が大きくなるが、残り1粒のマタタビがある事を思い出し、ポケットに手をつっこむ。


 え?

 あれ?


 必死に探すが、何もない。そして俺の指先が、ポケットから外へ出た。


「嘘だろ!?」


 いつの間にか穴が開いている。ここからマタタビが落ちたんだ、きっと。その事実がショックでボケっとしていれば、猫が完全に玄関の中に入ってしまった。


 それならもう、水鉄砲で――。


 そう思った瞬間、下駄箱の上に乗った猫が俺の顔目がけて飛んできた。


「って……」


 避けきれず、思い切り倒れる。頭打ってくらくらする。

 そんな俺の周りを、猫がグルグル回る。しっぽを震わせて。飽きもせず、ずっと。


 早く、連絡しないと。


 役所へ事情を話せばわかってもらえる。あとこの猫はおかしい。

 頭ではそう思っているのに、また体が動かない。


 なんか、目の前が歪んで――。


 あ?


 プツリと、世界が終わった。

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