ラムネスイッチ

円山なのめ

ラムネスイッチ

おさななじみのようちゃんと、けんかした。

ぼくとサッカーするはずだった公園に、英語のレッスンバッグを持ってあらわれたようちゃん。

「悪い。おれ、今から英会話だ」

なんて言うから、カチンときた。

「また?おとといも、じゅくのふりかえがあるからって、約束やぶったばっかりだ」

ようちゃんとぼくは、同い年。

保育園からずっといっしょ。けんかしたことなんかなかったのに。

四年生になって、ようちゃんが、中学を受験するって決めたころから、なんかおかしい。

「ようちゃんなんて、もういいよ」

何か言いかけていたようちゃんは、むうっとふくれて、だまって走っていってしまった。

今日は風が強い。

砂ぼこりのたつ公園には、ぼくのほかには、だれもいない。

公園のかべ相手にボールをけっていると、くーっと、おなかが空いてきた。

ポケットをさぐると、大好物のラムネが1こ出てきた。

10円玉くらいある、大きなラムネ。

きのう、ようちゃんがくれたんだっけ。

取り出してセロハンを開いたら、ビューッ。

風が吹きつけてきて、砂が目に入った。

目をこすったはずみに、コロリ。

ラムネは、地面に落ちてしまった。

「もう。なんだよ」

ラムネにも、ラムネをくれたようちゃんにも、ずんずん腹が立ってくる。

落ちたラムネを、ボールみたいに、けっ飛ばしてやろうとしたときだ。

「ヘイ! ユー!」

うしろから声をかけられた。

「ストップ。ストーップ」

ふりむくと、見たこともないやつが立っていた。

背たけは、ぼくと同じくらい。

英語のアルファベットの大文字と小文字が、黒い虫みたいにウネウネしながらからまり合い、人間っぽい形をつくっている。

目も、鼻も、口も、アルファベットでできていて、動く文字のすきまから、むこうの景色が見えるんだ。

「ひええ。おばけ」

そいつは、ぼくのリアクションにおかまいなしに、地面のラムネを指さした。

「スウィッチ」

しゃべると、口の形がOになったり、Hになったりする。

「ス、ウィー、ッチ」

月に何度か学校に来る、英語のトム先生みたいな発音だ。

声まで、ちょっと似ている。

トム先生の教える歌やゲームはいつも楽しい。

勉強ぎらいのぼくが、いつのまにか、アルファベットが読めるようになっていたくらいだ。ようちゃんは「学校の英語は、かんたんすぎる」なんて言うんだけど。

「スイッチじゃないよ。これは、ラムネ」

おそるおそる、言ってみる。

「スウィッチ。プッシュ。プッシュ」

こいつは「このラムネはスイッチだから、押せ」って、すすめているらしい。

ばかみたい。でも、まあいいか。押すだけなら。

ぼくはしゃがみこんだ。

ピッ。

「あれっ」

ラムネを押すと、本物のスイッチのボタンみたいな音がして、ラムネが地面に引っこんだ。指をはなすと、ぽこん、ともどる。

そして。

ぐる。ぐるぐる。ぐるぐるぐる。

公園の地面が回り始めた。

地面の上の、ぶらんこも。

すべり台も。シーソーも。

ジャングルジムも。鉄ぼうも。

砂場も。ぼくも。アルファベットでできた、そいつも。

ぐるぐる。ぐるぐる。

「うわあ」

「ショウタ~イム!」

テレビの司会者みたいに、そいつが両腕をひろげた。

楽しくなってきたぼくは、こわがっていたのも忘れてさけんだ。

「遊ぼうよ。ぶらんこ乗ろう!」

「スウィング。オーケイ」

「ひゃあ、目が回る!次はすべり台!」

「スラーイド。グーッド」

地面が回っているだけで、公園の遊具はどれもこれも、遊園地の乗りものレベルにパワーアップ。

はくりょく満点だ。

「よし、次はシーソー。そっちに乗ってね」

「シィ・ソゥ。オーケェイ」

「へえ。シーソーは、英語でもシーソーなんだ」

ぼく、今まさに、生きた英語といっしょにいるんじゃないか。

ちょっと得意になりながら、そいつと競争で、ジャングルジムのてっぺんにのぼった。

「ラウンド アンド ラウンド!」

Iでできた指を回して、そいつが言った。

「ラウンド アンド ラウンド!!」

ふと、下を見たら、地面がものすごいいきおいで動いてる。

さっきより、回転が速くなっているみたいだ。

背中に冷たい汗が流れた。

ぼくは、ジャングルジムから、そろり、そろりと下りた。

目が回って、まっすぐ立っていられない。

こわい。

そう思ったとたん、気持ちが悪くなってきた。

しゃがみこんで、そいつにたのんだ。

「ねえ。公園、止めて」

「ハ。ハ。エンジョォーイ!」

そいつは、ジャングルジムのてっぺんで、クネクネおどっている。

「止めて! ストップ! ストップ!」

「ストップ。ホワァイ?」

「気持ち悪いから!」

胸をさすって、オエッと、もどすまねをして見せた。

そいつは大げさに肩をすくめて、「オウ」って、なげいた。

「スイッチ、どこ? ラムネのスイッチ」

ラムネを押したら始まった、公園の回転。

もういちど押せば、止まるんじゃないか。

でも、頭も、足も、もう、ふらふら。

ぐるぐるめまいで、ラムネスイッチがどこにあるのか、わからない。

「ハ。ハ。ハ」

「ねえ、スイッチ、どこ? ストップの、スイッチ!」

「ノンストップ!ノンストーップ!アハ!ハハハ!」

そいつは笑いながら、ジャングルジムを下りてきた。

大笑いして、がばっと開いた口の中。

とがったVの字が、ずらりとならんでいる。

まるでサメのキバみたい。

ざーっ。

頭から血の気が引いていく音がした。

気ぜつしそうになるのを、ぐっとこらえる。

気を失ってたおれたら、あのキバで「ヤミー! ヤミー!」って、ばりばり食べられてしまうかもしれない。

逃げたい。

けど、体が動かない。

もう、だめかも。

アルファベットのやつが、近づいてくる。

ぼくは、とうとう、目をつぶってしまった。

ピキッ。

小さな音がした。

回っていた公園が、足の下で、ぴたっと止まった。

うすーく、目を開けてみた。

前に立っているのは、あいつじゃなかった。

ようちゃんだ。

くつのかかとのはしっこで、ラムネをふんづけている。

ぼくは、そーっと、あたりの様子をうかがった。

あいつのすがたは、どこにもなかった。

「どうしたの」

ようちゃんが、不思議そうな顔をする。

ラムネをふんだことには、気づいてないみたいだ。

「ようちゃん。英会話は?」

「うーん。おまえと、けんかしたまま行くの、いやだ、って思って」

「ふーん」

ぼくは、ゆっくり立ち上がった。

まだ、足元が回っているみたいだ。

「おまえ、もしかして、ぐあい悪い?」

ぼくの顔色を見て、ようちゃんが言った。

「うん。ちょっと」

「うちに帰ったほうがいいよ」

「うん」

ようちゃんは、公園のすみに転がっていた、ぼくのボールを取って来てくれた。

二人いっしょに、公園を出た。

「おれさ。英会話、ほんとはやめたいんだ」

ようちゃんが、ぼそっと打ち明けた。

「先生のテンションが高すぎて、ついていけなくって」

「そうなんだ」

いろいろあるんだな。ようちゃんも。

「シーユー、アゲイン! ハ! ハ!」

あいつの声が聞こえた気がして、ふりむいた。

だれもいない公園。

粉ごなの、ラムネスイッチ。

ビューッと、強い風が吹いてくる。

粉になったラムネスイッチは、あっという間に公園の砂にまぎれて、見えなくなった。

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