第5話

「よぉ、クソ兄貴。今度は幼気な幼女痛ぶって遊んでんの?相変わらず弱い者いじめが好きだな。それもそうか、対して喧嘩の強くないテメェは対等な殴り合いなんてできない。一方的に虐げることしかできないもんな!!」

「久しぶりだな。元々虐げられる側だった人間が偉そうに言うじゃんか。そもそも、オメェが逃げなければこれが俺に手を出されることはなかったんだぜ?言うなればこれは、オメェの身代わりだ。それが嫌ならまた戻ってくりゃあいい。そうすればこれを解放してやるよ。」

「ほざけっ!!俺が戻ったところで解放なんてしない癖して。」

 所有者様は鼻で笑い飛ばしました。さも、当たり前だと言わんばかりに。

「そういや、くそ兄貴!俺が逃げてから随分と趣味が変わったんだな!!」

「は?変わってねぇよ。弱いものいじめは俺の趣味にも近しい。オメェは俺のこと何もわかってねぇ癖して、偉そうに知ったかぶった挙句、牙を剥くつもりか?」

「いやいや……まさかなぁ……」

「だよなぁ、オメェが俺に刃向えるわけが……」

「まさか、ロリコンに成り下がってたなんてな。加虐趣味のロリコンとか、もう救いようがねぇよ?」

 その顔は非常にイラッとくるような表情だった。

 爛々とした楽しそうな目元に吊り上がった眉、歪な弧を描いた唇、さらにはその口元を隠すように置かれた五指の離れた手。

 ブチっと所有者様の堪忍袋の尾が切れたような音がしたのはきっと気のせいじゃないと思う。頬が引き攣ったり顔を真っ赤にして怒っているような表情こそ見せてはいないけど、目の奥がギラギラと殺気立っているのはわかった。

 なんでそんなに、挑発するの?

「オメェの達共々、仲良く遊んでやんよ。一生日の光は見れねぇと思いやがれ」

「そんなに陰鬱とした空気が好きなら、手っ取り早く、テメェをブタ箱に突っ込んでやる。なぁに、今まで散々可愛がってくれたんだお礼は無しでいいぜ」

「へぇ、尻尾巻いて逃げることしかできなかった負け犬がさっきからよく吠えやがるなぁ。やってみろよクソ餓鬼」

 この言葉を合図に乱闘は始まった。所有者様の部下、もといお仲間と思われる大勢の男達が一斉に二人に向かって殴りかかった。人によっては鉄パイプやらナイフを持っている人もいる。あんなの当たったら一溜りもない。打ちどころによっちゃ……。

 考えた側から八朔日さんの背後に鉄パイプをおおきく振りかぶっている人がいた。あの人は見たことのある顔の人だった。よく私にブラックジャック(布袋に石やコインなどを詰めて、振り回して使う武器。棍棒の一種。またの名をサップともいう)で殴打してきた人だ。殴る時、とても楽しそうな笑い声をあげてた頭のおかしい人。

 あ、危ない!

 咄嗟に叫びかけたが、所有者様に睨まれて声が出なかった。私は下を向いて、ただただ頭の中で何度も何度も繰り返し謝りながら見守ることしかできなかった。それでも、最初は多勢に無勢かと思われた人数差だったが、時間が経つにつれてその戦力が明確にわかった。

 八朔日さんと悠生さんの方が圧倒的に強い。

「止まれっ!」

 私は首元を力強く掴まれた。首元が圧迫されて徐々に視界がぼやけてくる。苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて、無意識のうちに所有者様の腕を掴んでいた。

「おい、道具が持ち主に反抗するつもりか?」

「いやっ、そ、そんにゃづもり、ない、でず」

 よりいっそう力を込められた。苦しさと恐怖で涙が溢れて止まらない。歯がカチカチと震え鼻詰まりと相まって言葉をうまく話せなかった。

「オメェ等が想像以上に喧嘩慣れしてるっつうことはわかった。だが、それ以上抵抗するってんなら、これを壊す。」

 ヒューっと乾いた音がどこからか鳴り、背筋に冷たい汗が流れ落ちる。頭の中が視界が(これは首絞められてるせい)真っ白になった。

いやだ、いやだいやだ!嫌だぁ!!

「また古典的な脅迫の仕方だな」

「言ってる場合かっ!どうすんだよほずみん。兄貴は言ったらぜってぇ殺るぞ?」

「まだ時間も稼げてないし、どうするか」

「余計なこと言うな!」

 私にも聞こえてるってことは、多分所有者様にも聞こえてると思うんだけど……。

 なんて冷静なことを考えている自分が頭の隅の方だがいることに驚きながら、半分パニックになってる私は恨み辛みを無意識に頭の中で並べていた。とても文章には書けない汚い言葉で謗りまくった。

 わちゃわちゃとそこそこ大きめの声で話し合っている二人。所有者様は自分が無視されている状況にイラついているのか、私の首から手を離し、指を乱暴に掴んで本来曲がらない方向へと力が込めた。結果、私の指は折られた。

 ボキっ

「っ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 息が整うのも待たずに、私の口からは絶叫にも似た悲鳴が響いた。

 こんな時でも真っ先に恨んだのは所有者様でなく、助けてくれない二人。私の心はどうやら醜く荒んでるらしい。

「これがどうなっても俺は構わねぇ、また次を用意すればいいだけだからな。でもオメェ等はなんの価値もねぇこれを助けるためにわざわざ殴り込みに来たんだろ?それなのに浅慮だよな。切り札があることを明かすなんて」

「あんなの、明かした内に入らない」

「要は時間をかけなきゃいいんだろ?」

「うん」

「正直かっ!」

 助けてあげる。そう言ってくれた二人には申し訳ないが、私は二人に対して怒り以上に恨みと憎しみの感情が強く湧いてきている。ホントに申し訳ないけど……

「でも、前原兄弟の口喧嘩でだいぶ時間を潰してくれたしなぁ」

「まさか俺もあんなに乗ってくるとは思わなかったし……もしかして兄貴っても思ったよりも短絡的なのか?」

 ほらまた火に油を注ぐような真似を!やめてよ、こっちはすごく痛くて苦しいんだよ!?怖いんだよ!!

 こんなに所有者様を煽り倒してる二人は、本当のところ私を助けるのはついででただ単に兄弟喧嘩をしに来ただけなのかもしれないとさえ思えてきた。それを八朔日さんが余計な茶々を入れて兄弟喧嘩をより複雑化させて遊んでるだけなのではないか、と。そう思うと余計に腹立たしくて、余計に恨み言が増えていく。もしテレパシー能力を持っている人が私の頭の中の声を見たら?聞いたら?とんでもなく心が黒いクズだと思うことだろう。

 それも、助ける価値がないと判断されるくらいには

「っち、いい加減立場を弁えろよくそ餓鬼共。オメェ等の行動一つ、言葉一つで、いつでも俺はこれを壊せるんだぜ?」

「そんなことしないだろ?」

「あぁ?何の根拠があって……

「今までやる機会はいくらでもあった、けどあんたはそれをしなかった。いいや、できなかった」

「ほずみんっ!あんまし挑発するなよ!?」

「舐め腐りやがって!!」

「図星?」

 所有者様は無言で私の腕を乱雑に掴むと、黙って歩き始めた。何も言わず、表情も窺い知れないから大体のことを察することもできない。ただ、無言で歩み続ける。かつかつと足音を響かせながら。

 八朔日さんも悠生さんも怪訝そうな顔つきで、ただ見ているだけだった。……見てないで止めてほしい

 所有者様が足を止めたのは廃工場の2階?みたいなところだった。金網の床、グレーチングが張ってある急造で作ったような場所。高さは三メートル弱ありそうな場所。

「ここから落としても死なないと思うけど」

 誰かがそんなツッコミを入れた。それでも所有者様を焚きつけるには十分だった。所有者様は二人を取り押さえるように仲間達に命令した後、誰もいない場所を狙って蹴り飛ばした。

打ちどころによっては死ねる……やっと、やっと死ぬことができる。

「死にたくない!!痛いのも辛いのももう嫌だ」

死にたいと願ってる……願ってたはずなのに、気がつけば私はそんな事を口走っていた。でももう遅い。ここまで八朔日さんが追いつくわけがない。あんなたくさんの人に囲まれてる中、どうやったってここまで来れるわけがない。覚悟を決めろ。目を瞑れ、歯を食いしばれ、蹲って痛みは最小限に。

 だけど、私の頭の中では八朔日さんが『助けてあげようか?』なんて言ってる幻聴が聞こえていた。

「たす、けて……助けて!!」

 私はその言葉に縋ることしかできなかった。

「いいよ。君がまた死にたいと願わないように、こんな思いをしなくていいように、僕たちが全力を尽くす。いつだって君を助けてあげる」

 目を開ければ、額から血を流している八朔日さんが目の前にいた。私は八朔日さんの膝の中に収まっていて、力強く肩と腰を抱かれている。

「大丈夫だった?」

 なんて、爽やかな笑顔で聞かれて、思わず泣いてしまった。

「ま〜たほずみんが垂らしこんでる」

 なんて茶化す橙色の人の言葉も耳には入らず、無邪気な子供のように泣いた。

 その後のことはあんまり記憶に残っていない。

 前原悠生さん《所有者様の弟さん》に聞いた話によると、八朔日さんは私に構ってる間に、鉄パイプで殴られかけたそうだ。ちょうど運良く助っ人の苦瀬くるせ紅瑛こうえいって人が間に合って、どうにかなってみたいだった。ちなみにその人はヤクザ潰しで有名な人らしく、何十人もいた人たちが数秒で気絶したとかなんとか。終わった後は、直ぐに帰っていったし、関わっても害しかないから特に気にしなくてもいいと言われた。

 それから私はしばらくの間、病院でお世話になることになった。

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