第3話
体力が尽きてもフラフラと歩き回った。できるだけ遠くに、遠くにと思いながら意識もはっきりしてない状態。人気の少ない方へ、誰も人が行きたがらない場所へと無意識に。
たどり着いた場所は、川辺にある散歩道だった。それも、山間部に近く人があまり来ないような場所。
「ここ、どこ?」
どこをどんな風に通ってきたのかもわからない。八朔日さんといた時は登っていたはずの陽はいつの間にか傾いている。それほどまでに時間が経っていた。
「帰れるかな?」
薄ら笑いを浮かべながら独りごちる。
どうせ、誰も心配なんてしないし、私がいなくても困らない。なら別に、帰れなくてもいのかもしれない。一生ここで一人きり、寂しく餓死。
そんな妄想に浸り始めるくらいには、精神的に疲れていた。
芝生の上に蹲り俯きながら、心地よく過ぎ去る風に体を委ねる。こんな穏やかな日を過ごしたのは児童養護施設にいた頃以来かもしれない。……ほとんど記憶ないけど
もし、もしも児童養護施設に居たままだったらこんな風になってなかったかな?お兄ちゃんに引っ付いてさえいなければ、もっともっと違ったの?
「お兄ちゃん、何を思って私を連れ出したの?どうして売ったの?……今、どこにいるの?」
私はこんな環境に慣れちゃったよ。慣れたくなんてなかったけど、毎日毎日繰り返される理不尽な暴力に、助けを求めることの虚しさに、生きてることの無意味さに、慣れちゃったよ。
でも慣れられて、慣れ、て……よか……
「……っ、くそが……」
もう限界だ。こんなの、こんな毎日に……
「慣れるわけないじゃん!!バアァァァァァァァァァカッッ!!!!」
慣れたわけじゃない。慣れられるわけがない!私はただ受け入れただけ。自分はサンドバッグに過ぎないと、所詮は所有者様の道具に過ぎないと、受け入れてるだけ。そうすれば幾分もマシになったから。心が軽くなったから。
「それ、なのに……。今更希望なんて、与えないでよ!」
『助けて欲しい』そう思ったことなんてこの一年で数えきれないほどあった。無いわけがないもん。でも、でもさ誰も助けてなんかくれなくて、誰かに助けを乞うたことが所有者様に露見すれば拷問紛いのお仕置きを受けて、死にたくなったけどそんな度胸もあるわけなくて、受け入れることしかできなかった。……それしか道がなかった。
受け入れることで、慣れたということを自己暗示することで、すごく楽になった。感情も表に出なくなっていった。
ねぇ、どうして?どうして今更助けようとしてくるの?なんで今まで助けてくれなかったの?
「……はやく、助けてよ……」
「じゃあ僕たちが助けてあげようか?」
「……え?」
先ほど叩いてしまった手が私の目前に差し出された。顔を上げれば、優しげに微笑んで目を細めている黒マスクをつけた男の人、八朔日さんがいた。
「うわーっ、ほずみんがカッコつけてる〜」
遠くの方には、所有者様と瓜二つの顔をした人が立っていた。ピアスみたいなの(イヤーカフ)をつけた黄と橙のメッシュの髪を持つ、橙色のパーカーを着た男の人。
「そんなつもりないんだけど?」
「そうだったな。ほずみんは無自覚天然タラシだもんなぁ」
「はぁ?なにそれ……そもそもこの子を助けることはお前の問題を片付けることにもなるんだからな」
「あーはいはい。わかってますよー」
金髪の所有者様とは違う髪色。わかってる。頭では理解してる。この人は所有者様と同じ顔をした別の人であろうことくらい、わかってはいる。でも橙パーカーの人を見た瞬間、私は背筋が凍った。視界が真っ暗になってしまった。そして、否定的な考えが頭の中を埋め尽くしていった。
もし、これが私を騙してるだけだったら。所有者様が私が逃げないように与えた試練だとしたら?でも、所有者様が態々そのためだけに髪色を変えるなんて思えない。けど、万が一にもその可能性が無いと思うのは時期尚早なのかもそれない。それに、この手を取った結果、失敗に終わってさらに酷い目にあったら?所有者様から脱しても同じことが起きたら?
考えれば考えるほど身動きが取れなくなっていった。だって、深く刻み込まれたトラウマを簡単に拭えはしないんどから。
橙色のパーカーを着た人の顔を見た瞬間、私は所有者様に対する恐怖心に支配された。そして、心が叫びながら乞うている『助けて欲しい』なんて願望を打ち消さざる終えなかった。
私はもう一度その手を振り払った。心を殺しながら
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