第2話
「ねえ君、昨日廃工場で何してたの?」
今日は所有者様に買い物を命じられて、久方ぶりにあの牢獄とも思える高い柵の向こうに出してもらえた。出るにあたって、髪をできるだけきれいに整え、服も他所行きのため、ボロ雑巾のような服から一転、可愛いフリルのついたワンピース。
いつからか、外に出ては残飯を漁ったり助けを乞うたりしていたら出られないように細工が施されるようになってた。だから、ホントに久しぶりの外。ここで何かヘマをすれば、またしばらく出られなくなるかもしれない。
そう思ってなのに、なぜかバレた……
「どうして、そんな場所に私が?」
振り向けば、昨日柵に寄りかかっていた黒髪の方の男の人がいて、顔が引き攣りそうになった。
「しらばっくれるつもり?」
「あなた、怖い……。あっ!もしかしてロリコンさんですか?だから言いがかりをつけて……!わた、私に何するつもり!!」
あえて声を大きめにする事で、周りからの注目を集める。そうすれば下手のことを言えないし、できない。はず……
案の定、周りにいる噂話の好きそうな奥様方が怪訝そうな顔でこちらを見ながらヒソヒソ周りの人と話し、子連れの保護者が子を背に隠しながら睨みを効かせている。
黒髪の男の人は、愛想笑いが若干崩れていた。焦ってるのだろう。このまま引いてくれると私としては万々歳だが、そう簡単に引くとも思えなかった。
「ごめんね、ちょっと知り合いに似てたから。人違いだったみたい」
あれ、簡単に引いてくれるの?
「でも見過ごすわけにもいかないな。君、その痣だらけの腕どうしたの?」
「………っ!」
私は咄嗟に、両腕をへ背中に隠した。そしてすぐに気づく、このワンピースは少しサイズの大きい長袖の服だ。袖は萌え袖みたいになってるから、見えっこない。
やられた……
内心舌打ちを零し、字に書き起こせないくらいの毒を吐きまくった。それはそれは口汚く罵った。
黒髪の男の人はニヤリと笑い、してやったりという顔をしている。なんとも腹立たしい。
「はあーー、もうお兄ちゃん!一人で買い物なんだから着いてこないでよ!!全く、シスコンなんだから!」
こう言えば周りは兄妹間での茶番としか思わないだろう。この心理戦とも呼べないお粗末な戦いは私の負け。ならば、潔くこの人の狙いを聞こう。捕まったって大丈夫、なんたって私は所有者様にとって人質にする価値すらないただのサンドバッグだから。
「ロリコンだのシスコンだの一体どこで覚えてくるのかねぇ」
私は先導して歩き出した。そして、人気のなくなった寂びしい公園に向かう。錆びれた時計塔の近くにあるベンチに腰を下ろした。
適当に歩いてたからあまり遠くない場所にあってよかった。と内心胸を落ち着かせたのはここだけの秘密。
「で、なに?だれ?なんのよう?」
「僕は八朔日陽太(ほずみようた)君の主人?に一方的な因縁を持ってるだけのただの高校生だよ」
「ただの高校生が危ない人間に一方的な因縁を持たないと思うけど」
それに、因縁は一緒に居た橙の人が持ってる者だと思ってた。『植え付けられた恐怖心』とか言ってたし、私があの場所に収まる前に、何かあって抜けた人なのかもしれない。
「危ない人間と分かった上で、どうして君はあの場所にいたのかな?」
「八朔日さんが言った通り、私のご主人様があそこのボスみたいな存在だから」
「逃げないの?」
私は首を縦に振った。そして、「どうして?」と聞かれる前に口を開く。
「私はまだ、死ぬ勇気がないから」
八朔日さんは一瞬大きく目を見開いた後、引き攣ったような笑みを浮かべていた。それほどまでに衝撃が強かったらしい。
「穏やかじゃないね」
「親には捨てられて、お兄ちゃんには売られて、私にはもう居場所がない。誰も可哀想な赤の他人なんて助けない。同情しかしてくれない……」
「その年でもう諦観してるんだ」
「八朔日さん、あなたもそのうちの一人なんでしょ?」
「……?」
八朔日さんは本気でわからないと言った様子で眉を顰め、首を傾げる。……わからないフリなんてしなくていいのにな。
私はうっすらと口元に笑みを浮かべながら、八朔日さんの目に瞳に初めて焦点を合わせた。
「可哀想な女の子に声をかけて心配そうに振る舞うのは、さぞ気分がいいんだろうね。他人の不幸は蜜の味、なんでしょ?」
納得したかのように「あぁ」と声を出した後、八朔日さんは私の頭に軽く手を乗せた。ポンポンと頭を撫でて、優しげに微笑んでいたが、私は目を見開くとその手を叩き下ろした。
一瞬、ほんの一瞬だけ、お兄ちゃんとの思い出がフラッシュバックしたからだ。
「ごめんね!?」
と、咄嗟に声を出して謝っている八朔日さん。
私はベンチから這い退き少し離れた場所で身を屈めて、震えることしかできなかった。湧き上がってくる吐き気に耐えながら、ただただ八朔日さんへの嫌悪感で意識を保つのが精一杯。
「ごめんね。そんな精神状態だったなんて……いや、言い訳か。本当に、ごめん。」
「……もう、満足した?なら早く、早急にどっか行って!!」
「君は一つだけ勘違いしてるから言っておくけど、僕は哀れみで声をかけたんじゃない。君を助けたくて、声をかけたんだ」
差し出された手には見向きもせず、私は声を荒げて怒鳴りつけた。
「そんなこと、頼んでない!!誰も助けて欲しいなんて言ってないんだから放っておいてよ!!こんなの、あなたの自己満でしかないんでしょ!?」
私は逃げるよう、走り出した。途中、橙色のパーカーをきた人とぶつかっても、誤りすらせずに、ただ目的もなく適当に走って走って走って走った。
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