第五話 嵐のような”アスミセンパイ”
窓から差し込む光が茜色に変わり、大勢の生徒たちの声で賑やかなはずの校内にどこか寂しい雰囲気が漂い始める。生徒会選挙の開票も開票が終わり、その結果を一目見ようと詰め掛けていた生徒たちの海から脱出することに成功した脩と春は、突然していた会話を放っぽり投げてきたことを思い出した。
騒がしい玄関を離れて階段を急ぎめに昇り、埃っぽさの残る空き教室へ戻ると、そこには永川先生ともう一人がいた。
「人と話すときは目を見て話す、それどころか目の前からいなくなったら駄目じゃない。」
放置された張本人は特段怒っている様子はなく、少しおどけて脩たちの行動を
「そうだぞー脩、いくら気になるったっていきなり走っていなくなることないだろー」
脩が教室から飛び出した時にはいなかった
「……。」
「なんでいるんだよ涼真。」
脩が当然の疑問を投げかける。
「俺は通りすがりの一般生徒だぞ。」
「そんなわけないでしょ。私が出ていった時に入れ替わりで入ったんだよ。ついでに言うと私を押したのも涼真くんだし。」
しらばっくれた涼真を許さじと、間髪を入れずに春が事実を明らかにする。バランスを崩したように教室の扉の影から春が現れたのも涼真の仕業だったらしい。
「はぁ……、どうしてみんなして同じことするのよ。」
怒ってはいなかったものの、呆れた様子で三人のやり取りを見ていた先生はため息交じりに呟いた。
※ ※ ※
「なんだか人が集まっちゃってるし、面倒だから全部ついでに話しちゃうわね。」
呆れを継続させたまま先生が面倒くさそうに切り出した。
「会長になったからにはまずはやらなきゃいけないことがあるわよ檀野さん。」
「はい?」
「メンバー集めよ。」
まずは春に向かって話し始めた先生は、生徒会長としての初
「わかりました。私入れて四人集めればいいんでしたよね?」
「そうよ。大変だと思うけど、ひとまず頑張ってみてね。」
春への話が終わりかけるところで一本横槍が入った。
「先生さっきから担当ヅラして色々春ちゃんに指示出してるけど、どうして?」
脩も気になっていたことを涼真が聞いた。
「そうだった、発表されてないから無理もないわ。一応私が次の生徒会を担当することになってるの。だから担当ヅラじゃなくて担当よ。」
「あー、そりゃあ失礼しました。」
涼真のナチュラル失礼に溜息交じりに応えると、先生が会話の相手を脩に切り替えた。
「あなたたち三人は仲良いみたいだし、横山くんの現状も知ってるだろうから場所変えずに言うわ。横山くん。とにかく頑張って来なさいね。」
「……はい。」
「そうだぞー、来いよー。」
先程の先生への発言に懲りた様子もなく、対象を変えて茶化してくる涼真と、何も言わない春。とった行動は対照的だが、同質の雰囲気を纏っている。
「じゃあ私はまだ仕事残ってるから職員室行くけど、みんなはもう今日は帰りなさいね。そして明日から登校して、仲間集め頑張りなさいよ。」
「はーい。」
この中で唯一頑張れと言われていない涼真の返事だけが、もう夜へと移り変わりつつある空き教室に響く――。
※ ※ ※
言ったとおりに先生が職員室へ向かって空き教室を後にした後、蛍光灯の灯も付いていない薄暗い教室に三人だけが残った。
「俺らもそろそろ帰るか。」
さっさと帰ろうと帰り支度のために二年B組の教室へ向かおうと空き教室を出る。
すっかり明るさを失った世界は、校舎の外も廊下も教室も漏れなく薄暗闇に包んでいる。二人が視界のききにくい廊下に踏み出すと、背後から春に呼び止められた。
「待って。えっと――」
「……んじゃ脩、暗いんだからちゃんと春ちゃん送ってけよー」
「は? だったら別に三人で帰れば――」
「ったくほんとにしょうがない奴だな脩はー。俺は先行くからなー」
なにが「しょうがない」んだか全く身に覚えがない。そもそも春が呼び止めたのはどっちの事なのか定かではない。
同様に困惑した春と脩を残して颯爽と二年B組の教室の方へ去っていってしまった。
二人とも次の台詞が見つからずに沈黙が流れた。
「私たちも帰ろうよ。暗いし。」
「そうだな。送ってくよ、暗いし。」
「……。」
「送って行く」と告げられた後の春の表情は、光の
※ ※ ※
校内にほとんど人が残っておらず、電気もほとんどが消灯されている中で、帰り支度をしに戻ってきた二年B組はたった一点だけスポットライトに照らされたようだった。教室に入り、照らされているその一点の真っ只中で、両者ともに一言も発さずに帰り支度を進める。この空間にいる二人は、舞台の上でライトに照らされる熱と観衆の目に晒されているような緊張に襲われていた。
「ねえ、あのさ。」
「ん?」
「生徒会のメンバー集めの事なんだけど、手伝ってくれない?」
「え? どうして俺が?」
「それは……、他に頼れる人いないし……。」
理由を問われ、焦った様子で春が答える。この焦りと少し空いた間が取って付けた感をより強くする。
檀野春という人物は、底抜けに明るい性格で人当たりも良い。さらにルックスも悪くなく、交友関係はそこそこ広いはずだ。生徒会役員などという面倒を引き受けてくれる友人がいるのかどうかまではわからないが、少なくとも現状真逆の状況にある脩を頼る理由がわからなかった。
少しの沈黙を経て、春が再び問いかけてくる。
「ねぇ、どう? 手伝ってくれない?」
「うーん、即答はできないな。」
「即答はできないって、何言って――」
「煮え切らない奴ね全く。」
冷たい空気は低いところに溜まる。その原理通りにまだ蒸し暑い夏の夜に似つかわしくない冷気が地を這うように教室内に侵入してきた。
「誰?」
「あら、私校内ではそこそこ人気を集めてるって聞いていたんだけど、私のこと知らないようね。」
「すみませんが、存じ上げないですね。靴の色的に先輩ってのはわかりましたが。」
「そうね、あなたたち二年生の先輩だから三年ってことになるわね。」
「こんな時間まで何して残ってたんですか?
突然煽り全開で近づいてきた知らない
「あなたはちゃんと知っているようね、檀野さん。」
「ええ、直接的に先輩ですから。明日見副会長。」
春が”アスミセンパイ”を副会長と呼んだことで、脩も状況をようやく飲み込んだ。頭がおかしいわけではなく、本当に校内では名前が通っている人なのだと。
「失礼なことを考えてそうなあなたには自己紹介をしておくわ。私は三年C組の
「あ、これは失礼しました。」
「ほんとに知らなかったんだね脩くん。」
「……。」
「それで、現生徒会の副会長さんが何のご用ですか?」
「それは勿論……、仕事が終わって帰ろうとしたら一カ所だけ電気が点いていたから気になったのよ。」
脩のもっともな疑問に溜めて答えた割にはな理由で困惑する二人を気にも留めず、堂々たる佇まいの現副会長はさらに言葉を続ける。
「あなた達こそこんな時間まで残って何をしていたの?下校時刻はとっくに過ぎているわ。」
「先生に呼ばれて話をしていたんです。生徒会の話とか。」
「ああ、そういうこと。檀野さんはそうなのかもしれないけれど、あなたはどうなの?」
「俺も先生に呼ばれていたんですよ。話があるって。」
「そう。なら『即答はできない』なんて言ってないで早く首を縦に振りなさいよ。」
「え?」
話の内容がだいぶ前の時系列まで引き戻され、少し思考に手間取る。まさか誰かに会話を聞かれているなんて思わず、素直に「即答できない」と言ったので本心に違いないが、「首を縦に振りなさい」と言った現副会長に
「……わかりました。」
「ですってよ檀野さん。これで筋の通らない男はいなくなったわ。」
「え、あ、はい。」
「じゃあ私はこれで。出来るだけ早く下校してくださいね。」
小さく頭を下げた春と呆然と立つ脩に見送られて教室を去って行った現副会長は、まるで氷の嵐のようだった。
ただひとつ、最後の一言を除いて――
それぞれのリバイバル 坂田裕詩 @uz28sakata
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